表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/82

01-23.神の御前の断罪劇。

(この日が――――来て、しまった)


 気づけば数日過ぎており、学園祭はもう終わっていた。後夜祭は一日かけ、種々の会が開かれる。最後は夜会を模してのダンスパーティだ。リンディはめかし込んで、昼の会を訪れていた。


(ゲームの断罪イベントは、このタイミングのはずだ。当日までに強引に防ぎたかったが……ここ数日、なぜか皆捕まらなかった)


 ホールにはドレス姿の女生徒、燕尾服の男子生徒、あるいは男女教師が集っている。


「アンジーがいれば……なんとかなったんだが、な」


 壁の華になっているリンディは、小さくため息を吐く。アンジーの神獣は監視・盗撮・盗聴などを得意としていた。


(だが、そのアンジーからどうやってか逃げ回れているペリー……姿を消したあいつを見つけてもらうのが、最優先だ。優先、なんだが……)


 リンディは壁に背を預け、俯く。しばし、目を閉じた。


(…………あたしは何か、致命的な間違いを、している、ような)


 不安を押し殺すように、彼女は唇を引き結ぶ。

 そして深く、深く息を吐いた。

 眠るように、深く。



「先生、大変だ!」



 声をかけられ、リンディは目を開けた。いつの間にかすぐ前に、緑髪で白い紳士服を着込んだ皇子がいる。


「ウォルタード? よくあたしだって気づいて――――」

「僕はレディを見間違えないよ! じゃなくて来てくれ! ラカルとユーラニアが!」

「っ!」


 手を引かれるまま、リンディはホールを行く。人をかき分けながらウォルタードが導いたのは、大きな広場のほぼ反対の壁際だった。


(同じ会場の反対側! 油断した……! ラカル、早まった真似しないどくれよ――――)




「もう一度言う。罪を認めろ、ユーラニア・スタークラスター!」




 掴まれていた手から、力が抜ける。

 ウォルタードの手をするりと離したリンディは、立ち尽くした。


(やめとくれ…………)

「罪とは、なんです?」

「お前は公衆の面前で、アプリコットを叩き、傷つけた」


 人だかりの向こうから、ラカルとユーラニアの声がする。リンディに気づいたウォルタードが引き返してくるも、彼女は足が……動かなかった。


(嘘だ。それは、アプリコットが叩いた方で……)

「そうですね。何度か喧嘩してますし、それで?」


 ユーラニアの声がラカルの疑いを事実と認め、リンディは目の前が真っ暗になる。


(アプリコット! 違う。違うといっとくれ……!)

「開き直りか。彼女を拘束し、辱めたこともあるそうだな?」

「酷いんだよユーラニア! 私が止めてって言っても、聞いてくれないし!」


 耳を塞ぎたくなった。しかしリンディの手は、動かない。


「あのお嬢様そんな」「エンタス公爵の娘だから?」「魔王の子孫だって噂の?」「やだ、怖い……」


「それで? ラカル王子。わたくしに、何をお求めで?」

(やめるんだユーラニア! 逃げておくれ!)




「貴様はこの俺の婚約者に、相応しくない! 婚約は、破棄だ!」




 ホールが一瞬しん、と静まり返る。

 それは入園の日の、やり直しであった。


「お前の罪は、多くの者の証言で確かだ! 言い逃れできると思うなよ、ユーラニア!」


 人壁の向こうで、まさにゲーム通りの断罪劇が、行われた。


(まって、やめてまってお願い、あたしの、あたしの学園が――――)



「しっかりしてよ、()()!」



 どよめきの中。その叫びは、リンディの耳にだけ、届いた。


「担当のあなたが、ユーラニアを守らなくてどうするんだ! ラカルは僕が止める、だから! リンディ先生!」


 風が巻き、声が遠くなる。ウォルタードの言葉だけが、耳に入る。

 先生、というその呼びかけが。

 何度も、何度も。

 何度も。


「あたし、は。せん、せい――――」


 暗い乙女の、瞳に。

 60年の光が。

 戻る。


「――――指示は出す。行くよ、ウォルタード」

「学園長!」


 膝から崩れそうだった。だが足は、前に進んだ。

 力など入らなかった。だが手は拳を、握り締めた。

 視界は朧に暗い。だがすぐに弟子たちが、目に入った。


(ラカル……アプリコット。ユーラニア!)


 対峙するラカルとユーラニア。ラカルの後ろに、アプリコットや、紙束を携えた幾人もの女生徒の姿もあった。


(あれかい? 署名を集めてたっていうのは。ついぞ見つからなかったというが……なるほど、これは)


 リンディは彼女たちとラカルから、仄かに黒い光が立ち上っているのを、見た。そしてユーラニアと、アプリコットが――――。


(あの子たち。そういうことかい)


 赤と青の瞳を、らんらんと輝かせ……〝魔力〟を探っているのを、見た。


「先生。どうすれば」

「先生」

(これは! 〝防音〟じゃない。より高度な〝伝言〟。さては……授業で使われているものを見よう見真似で覚えたね? ユーラニア、アプリコットも)


 ちらりと視線を向けてきた弟子たちに、リンディは頷き、囁きを返す。


「魔力は低いが、闇……いや、契約魔法が成立してる。解呪が必要だが、そのためには〝本人に契約を破らせる〟という工程が必要だ。契約魔法の起点はラカルのようだから」

「殿下の目論見を崩せばいいですか? 園長先生」

「ならもう少しお芝居続ければいい? 園長」

(この子たちは、本当にもう――――)


 出そうになる涙を、無理やり飲み込んで。

 リンディは不敵に、笑った。


「学園長だ。やってみせな、弟子ども」

「「はい!」」


「おっと失礼」


 彼女たちの決意の返答に、気の抜けた声が割り込んだ。少年が眼鏡を直しながら、女生徒の一人が持っていた紙を奪い、中身を見定めている。


「変だね、この日付。ロンドル、どう?」


 取り返そうとする女生徒の手をかいくぐり、ドニクスが背の高い少年に紙を預けた。


「時間もだな。試験期間の午前中、二人が校外実習に出ていた日……これは年度が違う、去年のだ。この書類は本当に、彼女たちの諍いの目撃証言を集めたものなのか?」

(こいつら、学年も違うのにいつの間に――――)


 リンディはロンドルの近くに、ウォルタードがいることに気づいた。彼はリンディの視線に勘づいたようで、器用に片目をつぶって見せる。


(あいつが呼んできたのかい……!)

「そもそも、私だってやり返してるよ?」


 ラカルの後ろで、アプリコットが腰に手を当てて宣う。それを受けてユーラニアが、煽るように微笑んだ。


「そうです。人のことを壊れた魔道具のようにバシバシと叩いて……みなさんもよく、ご存知ではなくて?」


「確かに、あの平民の子乱暴だし」「こないだ蹴り入れてたよ」「俺も蹴られた!」「俺も!」

(よし。アプリコットは後で淑女吊りだ)


 広がる声が、ラカルと女生徒たちに明らかな動揺を与える。


(術者だろうペリーがいない以上、契約による強制行動は……粗が出やすい。あと、少し……)

「婚約を破棄したいと仰るなら、正規の手続きを踏んでくださいまし? ラカル殿下。わたくし、受けて立ちましてよ?」


 悠然とほほ笑むユーラニアに対し、ラカルは言い返せないのかたじろいで半歩下がる。


(揺らいでる、あと少しだ!)

「俺はお前など……違う、こんなことを、したい、わけでは――――」



「そうだラカル! こんなことしたら好きな子に嫌われるぞ!」



 ウォルタードがラカルに詰め寄り、彼の肩を掴んで大声で叫んだ。


「お前、言ってたじゃないか! 派手な髪色の子は嫌いだって!」

「だが婚約は祖父が……いやそうじゃない、俺はアプリコットが」

「嘘つけ! だってお前!」


 緑髪の皇子が、大きく息を吸い込み。




「巨乳大好きなんだろ!?」




 ホールに高く、声を響かせた。魔法まで、使って。

 会場の多数の女生徒の目が、曇り、危険に煌めく。

 ユーラニアとアプリコットもまた、一瞬殺気の籠った目でラカルたちを見つめていた。


(男は好きだねぇ。女としちゃ、こんなものあっても邪魔なだけなんだが)


 リンディはため息を吐き、凝りやすい肩をほぐすように竦める。


「そう、だ……その大きさには、夢とロマンが、ある……」

「よし、しっかりしろ、ラカル! 正気に戻れ!」

(正気を疑うが、やるじゃないか男の友情。これで――――来たね)


 女生徒たちが、膝をついて床に倒れる。彼女たちから黒いインクのようなものが漏れ出て、ラカルに集まった。


「うぉっ!? これが――――」

「ウォルタード、アプリコット、下がりな! ロンドルとドニクスは会場保護! 他の者も防御魔法展開! ユーラニア!」

「はい!」

「リッチを従えた()()の出番だ! 押さえろ!」


 ラカルに集まった黒い魔力は、苦しむ様子の彼を包み込む。


「ぐ、お。俺、は」

「ラカル殿下――――」


 呟くユーラニアの長い髪が、空に泳ぐように浮かぶ。激しい魔力の奔流が、やがて白い輝きとなった。


「観念なさってくださいまし?」


 白い光が、黒い光に向かい、縛り上げていく。固め、ねじり、折り砕くように。

 だが。


「先生、この契約魔法!」

(抵抗されてる!? 魔力は段違いでユーラニアが上、術者もいない……これは、まさか)


 多くの者が、見守る中で。

 闇のような光の中に。

 一つ、また一つと。

 歪んだ瞳が。

 開く。


「魔王の眷属! 契約違反の際に魂を抜き取る、執行者だ! ラカル!」


 ユーラニアの白い魔法が弾かれ、消えた。リンディは思わず踏み出し、走り出す。


「せんせい」


 苦しみもがく中。

 彼の頬に、瞳が開こうとしていた。




「たすけて」




 リンディは、その手を伸ばして――――。


『――――契約違反だ…………んん?』


 奇妙に震えた声を上げる、闇から伸びた何か手のようなもの……掴んだ。


『おい、邪魔をするな人間』

()()! 魔王の手先が!」

『彼女は顧客で、別に我らの王じゃないんだがネェ』


 黒い光の中から、手に続いてぞろりと何かが這い出して来る。大量の目を宿したそれは、人のような形をしていた。半身だけが闇の中から出ていて、手をラカルに伸ばそうと力を籠めている。リンディはその手を強く握り締め、魔力で押しとどめた。

 広場にざわめきや、悲鳴が広がる。


「皆、下がっていろ! あとはあたしがなんとかする!」

『人間にしては力が強い……契約違反の執行を、邪魔しないでほしいネェ』

「契約は不成立、無効だ!」

『成立してるとも』

「なら同意証明を出せ!」


 リンディが瞳の一つを睨んで叫ぶと、手の力が緩んだ。


『…………そんなもの、いくらでも出せるが?』

(怯んだ! この隙、こじ開ける!)


 リンディの影が、蠢く。竜、狼、兵の三体の神獣が。


「――――証明要求を拒否したな? 不同意手続きを執行する!」


 溶けて、混ざり出した。


『執行? 人間如きが、何を――――』

「祈れ」


 混ざった影が、リンディを包み込んでいく。






「 神 魔 合 体 」






 影の中から、白く光に包まれたかのような、リンディが姿を現した。


「転生――――法務部・契約課・精査係。神名……」


 結っていた髪は白銀となって流れ、纏う衣はドレスではなく紳士のスーツのようであった。服に緑のラインが入り、紺碧の髪留めが銀の髪を一本にまとめる。



「〝リンディ・グラネート〟」



『か、神に転生!? キサマ本当に人間か!? フギッ!?』


 白い衣を纏ったリンディが、その手に力を込める。動揺する悪魔の手が、ガラスが割れたように、砕けた。


「今日のあたしは、疑わしい契約の見直しが仕事だ。そのあたしの前で、同意証明ができないと抜かしたな?」

『ま、マテ! 時間をッ』

「嫌だね、残業はお断りだ!」


 リンディは両肩のポケットから、ペンのようなものを取り出す。


「契約の無効を確認! 契約違反の執行は違法だ! よってお前を――――」


 迷いなく悪魔の目に差し入れ……力を込め、左右に引いた。


『ギ、ギィィィィ!?』


 悪魔が、縦に裂けていく。


「排除する!」


 同時にラカルの身から、引き剥がされていった。


「あたしの生徒に手を出す奴は、地獄に落ちろ」

『ガ、ぁ――――』


 悪魔も、黒い魔力も、燃えカスのように宙に消えていく。


 大ホールには、静けさが戻った。



「かっけぇ!」「リンディ様ァ!」「神々しぃ!」「だ、誰か画像を、記録を!」



 しかしすぐに、大歓声に包まれる。


(なんとかなった、か。魔王の呪いは、大戦後に何度も解呪したからねぇ。しかし、騒がしい奴らだ……おっと)


 崩れ落ちそうになったラカルの体を、リンディは抱き留めて支える。


「魔力の残滓もないね。もう大丈夫だよ、ラカル」


 赤毛の少年は頬を染め、目を輝かせてリンディを見つめていた。

 だがハッとし、その口元を引き結ぶ。


「先生! ペリー先生が危ないんだ!」

「危ない、だって? でもあいつは、あんたに契約を……」



「あの人は魔王の怨念ごと、死ぬ気なんだよ!」



(まさ、か)


 彼の「さようなら」の言葉がリンディの心に。

 剣のように、突き刺さった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
えぇ・・・たしかにこれなら契約系には強いだろうけどwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ