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21/82

01-21.60年前の因縁。

 生徒たちの奮闘から、また一月。


(捕らえたシリカ兵たちを尋問しても、洞窟の転移罠を誰が仕掛けたかは、わからなかった。目的もまったく不明だ。その上、懸念が……もう一つ。仕方ないが、こんな形でうちに理解のあるエンタス公に会うのは、気が引けるねぇ)


 リンディは薄い雲の浮かぶ空を見上げ、少しのため息を吐く。彼女は正門付近で、迎えを待っていた。


「おお、園長が乙女っぽい顔してる」

「園長先生、お酒が切れたんでは?」

「学園長だ。吊られたいのかい、あんたたち」


 声をかけてきたのは、金の弟子と銀の弟子だった。いつもの制服姿の二人は、何やら書類の束を抱えている。


「生徒会か。学園祭期間中は忙しそうだねぇ?」

「ほんとだよ! 私たちは仕事ばっかり。出し物もできないしさー」

「早く終わらせて、神獣契約したいです」


 ユーラニアの言葉に、アプリコットも大きく頷いている。


「〝無言の対話〟は続けてるね? あれが不十分だと、転生後の契約魔法に失敗する。一度ダメだと、後が無い」

「猫ちゃんがご機嫌斜めなんだよー……」

「骨がわたくしを見てくれません」

(異空間に捕らえた魔物たちとの、魔力を通じた対話は……単に倒すよりずっと難しい。この二人でも、時間がかかりそうだねぇ)


 リンディは優しく微笑み、生徒たちに頷いて見せた。


「祭りが終わったら、コツを教えてやる」

「「やった!」」

(後夜祭でユーラニアの断罪イベントが起きなければ……もう乙女ゲームの破滅は、来ないだろう。その後ならあたしも、ゆっくり教師ができる)


 喜び合う二人に、リンディは顔を綻ばせる。


「そういえば学園長先生、どこかお出かけなのですか?」

「ああ」


 ユーラニアに問われ、リンディは視線を降ろして自分の姿を視界に入れる。今日の彼女もいつものダークグリーンのドレスだが、刺繡がびっちり入っていて豪奢である。髪も結い上げており、完全に外行きの恰好であった。


「エンタス公が近くまで来るというのでね。街の迎賓館でお会いする」

「っ! 父が……」

「何か言伝はあるかい? ユーラニア」


 ユーラニアが僅かに俯く。その背を、アプリコットがそっと撫でていた。


「娘は元気でやっています、と。お伝えください」

「わかった。確かに、伝えよう」


 はにかむ弟子に、リンディは穏やかな微笑みで応える。祭りの準備に忙しい、周囲の喧騒が心地よく流れた。


「ぉ。ドレスと学園祭と言やぁ……あんたたち。後夜祭のダンスのお相手は決まったのかい?」


 リンディが尋ねると、二人の表情が固まった。


「なんだいそれは。誰にも頼んでないのかい?」

「あー……ダメならラカルか」「ウォルタード皇子にお願いしようかと……」

「あいつらだってモテるだろうに。相手いなくなるぞ? まぁそうなったら、二人で踊ればいいだろうが」


 ユーラニアとアプリコットが、目を瞬かせている。リンディは首を傾げた。


「女同士でダンスなんて……」「いいんですか? まぁわたくしはどちらもパートも踊れますけど」

「ああ。男女、教師と生徒の別もない。指導教員を誘うやつらだって――――」

「「いいんですか!?」」


 食い気味に迫られ、リンディは思わず半歩下がる。


「いいって、あたしかい? 別にかまやしないが……」


 濁した言い方をすると、二人は身を引いて、顔を見合わせた。というか睨み合っている。


「「勝負だ!」」

(なんのだよ)


 二人はリンディを見て、鼻息を荒くする。


「せっかくだから添い寝権も賭けよう!」「やってやります!」

「まだやってんのかよ。けど、今晩はアンジーがいるから……」

「「あの教頭めぇ!」」

(あいつ、生徒に恨み買い過ぎじゃないかい……?)


 そろそろ迎えに来るだろう教頭を思い、リンディはため息と苦笑いを漏らした。


「何でもいいが、仕事は滞りないようにするんだよ」


 二人の紙束が目に入り、リンディは忠告する。


「はっ。早く片付けよう!」「失礼します、学園長!」


 慌て、憤慨しつつ離れる弟子たちの背中が、遠くなった。


(前に喧嘩してから、随分仲良くなったねぇ。あの二人なら、もう心配はないだろう)

「学園長。そのドレスを拝見するのは、久方ぶりですな」


 後ろから別の声がかかり、リンディはゆっくりと振り向く。


「おぉ、ペリーか。フードをしてるなんて珍しい……またラカルを連れ回しているのかい。指導担当のプリムラムがぼやいていたぞ?」

「俺がお願いしてるんです。先生」


 赤毛の少年が、今日は顔も赤い。


(こいつも丸くなったもんだ。目の下のクマはちと酷いが……さては〝無言の対話〟で苦労してるな?)


 リンディは小首を傾げ、薄くほほ笑んだ。


「そうか。魔物との対話が上手くいかなかったら、プリムラムを頼れ。神獣はあいつの方が扱いはうまい。調子はどうだ?」

「あー……よく、心配されています。俺の不徳の為すところです」

「魔物にかい? きちんとコミュニケーションがとれてるじゃないさ。なら謙遜するこたぁないねぇ。ゆっくり休んで、じっくり語らいな」

「はい、先生」


 ラカルが頭を下げる。彼の隣で、ペリーがリンディのことをじっと見ていた。


「どうした、ペリー」

「いえ。これで失礼いたします。学園長…………リンディ先生」

「なんだ?」


 禿頭の教師は、そのつぶらな瞳を少し伏せた後。真っ直ぐに、リンディの瞳を覗き込んできた。


「さようなら。どうか、お元気で」

「ん? ああ。あんたこそ、体に気を付けるように。働きすぎだぞ」


 苦笑いで頭を軽く下げるペリーが、ラカルを連れて下がる。彼らの背中を、リンディは眉根を寄せながら見送った。


(なんだ……? 二人とも、微妙に様子がおかしいような――――)

「おわっ!?」


 どんっと背中から当たられ、リンディはつんのめった。ドレスの裾をなんとか踏まずに踏ん張り、ゆっくりと振り返る。


「ウォルタード……またラカルでも探してんのかい?」

「ごめんなさい学園長! って、僕はいつもあいつを探してるわけじゃなくて……まぁ今はそうだけど」

「そりゃ入れ違いだな」


 リンディは首を回すも、ラカルとペリーの姿は、辺りにはなかった。人も多く、二人がどちらに向かったかは今一つわからない。


「確かに疲れた様子だったが……また何か気になるのかい?」

「いやそれもそう、なんだけど。あいつ昨日寮に帰ってきてなくてさ、頼んでたものまだもらってないんだよ」

(うん?)


 妙な違和感を覚え、リンディは小首を傾げた。


「寮監は特に何も言ってなかったが。許可は得てるんじゃないかい?」

「それはたぶん、そうだろうね……あいつ、またどっかで勉強してるんだと思うけど」

(魔物との対話は順調で、試験も満点だったあいつが、いったいなにを? いや稀にそういう、勉強が趣味みたいなやつもいるがよぅ。気になるな……ぉ。気になると言えば)


 以前のことを思い出し、リンディは顔を上げる。緑髪の皇子を、じっと見つめた。


「前にラカルから話を聞き出してほしいって頼んだが、ウォルタード?」


 ばつが悪そうな顔をして、ウォルタードが後ろ頭をかいている。リンディは答えを待った。


「あー……その。仲良くは、なってるんだよ。仲良くは。でもこう、聞きづらいことも、あるでしょ?」

「遊んでたんかい。そりゃあいい」

「どうも。あ、でもそう。好きな子がいるってのはわかったよ? 態度バレバレだし」

「ほほーぅ。プリムラムかい?」


 リンディがにやりと笑みを浮かべるも、ウォルタードは眉根を寄せる。


「プリムラム先生? なんで? 違うよ。誰かは口を割らないけど、あの人じゃないな」

(おぉ? 当てが外れたか。恋愛なんてロクにしたことないから、ピンとこないねぇ……)


 リンディは体の前で手を組み、視線を逸らして思い悩んだ。視界の隅に、何かに気づいた様子のウォルタードが映る。



「むしろリンディ学園長でしょ」



「はぁ?」


 突拍子もないことを言われ、リンディは思わず半眼でウォルタードを睨んだ。彼はリンディを上から下まで眺め、二度頷く。


「好みばっちりだし。合ってる」

「合ってるわけねぇだろ。あたしゃ78歳の婆だぞ?」

「そしてラカルを甘やかさない教育者」

「言ってろ。聞いたあたしが、馬鹿だった」


 リンディはしっしっと手を払う。ウォルタードは肩を竦めて、下がった。


「おっと、急がないといけないんだ。また探してくるよ」

「ああ。あたしの方でも見かけたら、声をかけておく」

「よろしく! 学園長、その恰好すごく可愛いね!」


 言い残して去って行った皇子が、また他の者にぶつかりそうになった。リンディは、頭を下げる彼を苦笑いで見送る。


「……年寄りをからかうんじゃないよ。まったく」

「可愛いのは可愛いだろう? よく似合ってる。リンディ」

「リンディ様、お待たせいたしました」


 正門の方からの声に振り向くと、メイドと教頭が立っていた。二人ともめかし込んでおり、リンディはほのかに頬に熱を感じる。


「あー……あんたはほんと、老いてもなお煌めくようだねぇ。アンジー」

「くく。魔性の女ってやつかね。行こうか」

「ああ」


 三人は正門外に待つ馬車に、乗り込んだ。



 ☆ ☆ ☆



「そうですか……娘は。ユーラニアは元気でやっていますか」


 迎賓館の一室。リンディとアンジーはローテーブルを挟んで、恰幅のいい貴族の男と差し向っていた。


「ああ。そろそろ本題に入りたいが、エンタス公。今日訪ねてきたのは他でもない。あなたがその娘に出している手紙、だ。あの()()()、どこの誰に習った?」


 リンディが尋ねると、エンタス公爵は断りを入れて優雅にお茶を含んだ。だがその手が、僅かに震えている。


「先に言う。国際法上も、ナイト国内法でも、学園規定でも問題はない。あんたが娘可愛さに、元気づけてやりかったのも理解している。そこは合っているな?」

「ええ。ええ、学園長。その通りです」

「だが問題がある。わかるな?」


 リンディの追求に、公爵は深く頷いた。


「悪用が出来てしまう、ということですね? あの僅かな魔力を用い、暗示をかける手紙は。誓って言いますが、ワタクシは誰にも方法を話していません」

「では、あんたに話したやつが、もっとばらまいているとしたら?」


 エンタス公が目を丸くし、カップをサイドテーブルに置く。手で丸い顎と撫でてから、厚みのある眉間にしわを寄せた。


「難しい。これはとても難しい問題なのです。学園長」

「皇帝に繋がるわけでもあるまいに。それほどのおおごとか?」


 リンディが食い下がると、公爵は数度言葉を呑み……最後にほうっと息に乗せて、言葉を紡いだ。


「繋がるのは――――学園です」

(なんだと?)


 驚きを顔から隠せないリンディに、公爵の赤い視線が向く。彼は体を傾けて身を乗り出し、慎重な様子で口を開いた。


「断っておきますが、推測です。ワタクシは情報を受け取っただけ。相手は知りません。しかし……どうしても()ならばやるし、可能であろうとよぎってしまう」

(可能……動機……)


 リンディは首を弱く振る。脳裏を掠めたのは……彼女より早く、闇魔法規定の抜け道に気づいていたという、男。かつて学園を卒業後、宮廷魔術師になり、妻子を得たものの……追放の憂き目に遭った、彼のこと。


「彼はナイト帝国を憎んでいるでしょう。魔法学園を愛し、貴女を信じているでしょう、学園長。彼は帝国の闇を暴き、学園との不和を招く……そう意図しているようにしか、ワタクシには思えません」


 それはまるで、別の角度から聞く〝乙女ゲームの破滅のシナリオ〟だった。シリカ王国ではなく、ナイト帝国との争いの間で……学園が崩壊する。リンディは口の中がからからに乾いていくのを感じ、なんとか固唾を飲んだ。


「先代公爵に連なる、彼は。何のためにワタクシに情報を送りつけたか、不明でしたが。ばらまいているのであれば……おそらく」

「先代。魔貴族だと疑われた、エンタス公爵か。大戦後すぐ亡くなった方だし、あたしは面識がないが」


 リンディは記憶をさらい、それをゆっくりと口にし、首を振った。先代エンタス公爵についてはナイト帝国が情報を抹消したらしく、知られていることが非常に少ない。

 禿頭の教師に繋がっているとは、思えなかった。

 否定、したかった。


「はい。ですが……孫が、いるのです」

「孫? 血縁が、生きているのか?」


 黒いインクが、滲みだすように。

 線が、繋がっていく。


「ええ。あのブラックシップの血筋は……魔王に呪われたと言われる一族は、生きています」




「なんだと?」




 ペリー・ブラックシップの「さようなら」という言葉が。

 リンディの頭の奥で木霊し、離れなかった。


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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