01-21.60年前の因縁。
生徒たちの奮闘から、また一月。
(捕らえたシリカ兵たちを尋問しても、洞窟の転移罠を誰が仕掛けたかは、わからなかった。目的もまったく不明だ。その上、懸念が……もう一つ。仕方ないが、こんな形でうちに理解のあるエンタス公に会うのは、気が引けるねぇ)
リンディは薄い雲の浮かぶ空を見上げ、少しのため息を吐く。彼女は正門付近で、迎えを待っていた。
「おお、園長が乙女っぽい顔してる」
「園長先生、お酒が切れたんでは?」
「学園長だ。吊られたいのかい、あんたたち」
声をかけてきたのは、金の弟子と銀の弟子だった。いつもの制服姿の二人は、何やら書類の束を抱えている。
「生徒会か。学園祭期間中は忙しそうだねぇ?」
「ほんとだよ! 私たちは仕事ばっかり。出し物もできないしさー」
「早く終わらせて、神獣契約したいです」
ユーラニアの言葉に、アプリコットも大きく頷いている。
「〝無言の対話〟は続けてるね? あれが不十分だと、転生後の契約魔法に失敗する。一度ダメだと、後が無い」
「猫ちゃんがご機嫌斜めなんだよー……」
「骨がわたくしを見てくれません」
(異空間に捕らえた魔物たちとの、魔力を通じた対話は……単に倒すよりずっと難しい。この二人でも、時間がかかりそうだねぇ)
リンディは優しく微笑み、生徒たちに頷いて見せた。
「祭りが終わったら、コツを教えてやる」
「「やった!」」
(後夜祭でユーラニアの断罪イベントが起きなければ……もう乙女ゲームの破滅は、来ないだろう。その後ならあたしも、ゆっくり教師ができる)
喜び合う二人に、リンディは顔を綻ばせる。
「そういえば学園長先生、どこかお出かけなのですか?」
「ああ」
ユーラニアに問われ、リンディは視線を降ろして自分の姿を視界に入れる。今日の彼女もいつものダークグリーンのドレスだが、刺繡がびっちり入っていて豪奢である。髪も結い上げており、完全に外行きの恰好であった。
「エンタス公が近くまで来るというのでね。街の迎賓館でお会いする」
「っ! 父が……」
「何か言伝はあるかい? ユーラニア」
ユーラニアが僅かに俯く。その背を、アプリコットがそっと撫でていた。
「娘は元気でやっています、と。お伝えください」
「わかった。確かに、伝えよう」
はにかむ弟子に、リンディは穏やかな微笑みで応える。祭りの準備に忙しい、周囲の喧騒が心地よく流れた。
「ぉ。ドレスと学園祭と言やぁ……あんたたち。後夜祭のダンスのお相手は決まったのかい?」
リンディが尋ねると、二人の表情が固まった。
「なんだいそれは。誰にも頼んでないのかい?」
「あー……ダメならラカルか」「ウォルタード皇子にお願いしようかと……」
「あいつらだってモテるだろうに。相手いなくなるぞ? まぁそうなったら、二人で踊ればいいだろうが」
ユーラニアとアプリコットが、目を瞬かせている。リンディは首を傾げた。
「女同士でダンスなんて……」「いいんですか? まぁわたくしはどちらもパートも踊れますけど」
「ああ。男女、教師と生徒の別もない。指導教員を誘うやつらだって――――」
「「いいんですか!?」」
食い気味に迫られ、リンディは思わず半歩下がる。
「いいって、あたしかい? 別にかまやしないが……」
濁した言い方をすると、二人は身を引いて、顔を見合わせた。というか睨み合っている。
「「勝負だ!」」
(なんのだよ)
二人はリンディを見て、鼻息を荒くする。
「せっかくだから添い寝権も賭けよう!」「やってやります!」
「まだやってんのかよ。けど、今晩はアンジーがいるから……」
「「あの教頭めぇ!」」
(あいつ、生徒に恨み買い過ぎじゃないかい……?)
そろそろ迎えに来るだろう教頭を思い、リンディはため息と苦笑いを漏らした。
「何でもいいが、仕事は滞りないようにするんだよ」
二人の紙束が目に入り、リンディは忠告する。
「はっ。早く片付けよう!」「失礼します、学園長!」
慌て、憤慨しつつ離れる弟子たちの背中が、遠くなった。
(前に喧嘩してから、随分仲良くなったねぇ。あの二人なら、もう心配はないだろう)
「学園長。そのドレスを拝見するのは、久方ぶりですな」
後ろから別の声がかかり、リンディはゆっくりと振り向く。
「おぉ、ペリーか。フードをしてるなんて珍しい……またラカルを連れ回しているのかい。指導担当のプリムラムがぼやいていたぞ?」
「俺がお願いしてるんです。先生」
赤毛の少年が、今日は顔も赤い。
(こいつも丸くなったもんだ。目の下のクマはちと酷いが……さては〝無言の対話〟で苦労してるな?)
リンディは小首を傾げ、薄くほほ笑んだ。
「そうか。魔物との対話が上手くいかなかったら、プリムラムを頼れ。神獣はあいつの方が扱いはうまい。調子はどうだ?」
「あー……よく、心配されています。俺の不徳の為すところです」
「魔物にかい? きちんとコミュニケーションがとれてるじゃないさ。なら謙遜するこたぁないねぇ。ゆっくり休んで、じっくり語らいな」
「はい、先生」
ラカルが頭を下げる。彼の隣で、ペリーがリンディのことをじっと見ていた。
「どうした、ペリー」
「いえ。これで失礼いたします。学園長…………リンディ先生」
「なんだ?」
禿頭の教師は、そのつぶらな瞳を少し伏せた後。真っ直ぐに、リンディの瞳を覗き込んできた。
「さようなら。どうか、お元気で」
「ん? ああ。あんたこそ、体に気を付けるように。働きすぎだぞ」
苦笑いで頭を軽く下げるペリーが、ラカルを連れて下がる。彼らの背中を、リンディは眉根を寄せながら見送った。
(なんだ……? 二人とも、微妙に様子がおかしいような――――)
「おわっ!?」
どんっと背中から当たられ、リンディはつんのめった。ドレスの裾をなんとか踏まずに踏ん張り、ゆっくりと振り返る。
「ウォルタード……またラカルでも探してんのかい?」
「ごめんなさい学園長! って、僕はいつもあいつを探してるわけじゃなくて……まぁ今はそうだけど」
「そりゃ入れ違いだな」
リンディは首を回すも、ラカルとペリーの姿は、辺りにはなかった。人も多く、二人がどちらに向かったかは今一つわからない。
「確かに疲れた様子だったが……また何か気になるのかい?」
「いやそれもそう、なんだけど。あいつ昨日寮に帰ってきてなくてさ、頼んでたものまだもらってないんだよ」
(うん?)
妙な違和感を覚え、リンディは小首を傾げた。
「寮監は特に何も言ってなかったが。許可は得てるんじゃないかい?」
「それはたぶん、そうだろうね……あいつ、またどっかで勉強してるんだと思うけど」
(魔物との対話は順調で、試験も満点だったあいつが、いったいなにを? いや稀にそういう、勉強が趣味みたいなやつもいるがよぅ。気になるな……ぉ。気になると言えば)
以前のことを思い出し、リンディは顔を上げる。緑髪の皇子を、じっと見つめた。
「前にラカルから話を聞き出してほしいって頼んだが、ウォルタード?」
ばつが悪そうな顔をして、ウォルタードが後ろ頭をかいている。リンディは答えを待った。
「あー……その。仲良くは、なってるんだよ。仲良くは。でもこう、聞きづらいことも、あるでしょ?」
「遊んでたんかい。そりゃあいい」
「どうも。あ、でもそう。好きな子がいるってのはわかったよ? 態度バレバレだし」
「ほほーぅ。プリムラムかい?」
リンディがにやりと笑みを浮かべるも、ウォルタードは眉根を寄せる。
「プリムラム先生? なんで? 違うよ。誰かは口を割らないけど、あの人じゃないな」
(おぉ? 当てが外れたか。恋愛なんてロクにしたことないから、ピンとこないねぇ……)
リンディは体の前で手を組み、視線を逸らして思い悩んだ。視界の隅に、何かに気づいた様子のウォルタードが映る。
「むしろリンディ学園長でしょ」
「はぁ?」
突拍子もないことを言われ、リンディは思わず半眼でウォルタードを睨んだ。彼はリンディを上から下まで眺め、二度頷く。
「好みばっちりだし。合ってる」
「合ってるわけねぇだろ。あたしゃ78歳の婆だぞ?」
「そしてラカルを甘やかさない教育者」
「言ってろ。聞いたあたしが、馬鹿だった」
リンディはしっしっと手を払う。ウォルタードは肩を竦めて、下がった。
「おっと、急がないといけないんだ。また探してくるよ」
「ああ。あたしの方でも見かけたら、声をかけておく」
「よろしく! 学園長、その恰好すごく可愛いね!」
言い残して去って行った皇子が、また他の者にぶつかりそうになった。リンディは、頭を下げる彼を苦笑いで見送る。
「……年寄りをからかうんじゃないよ。まったく」
「可愛いのは可愛いだろう? よく似合ってる。リンディ」
「リンディ様、お待たせいたしました」
正門の方からの声に振り向くと、メイドと教頭が立っていた。二人ともめかし込んでおり、リンディはほのかに頬に熱を感じる。
「あー……あんたはほんと、老いてもなお煌めくようだねぇ。アンジー」
「くく。魔性の女ってやつかね。行こうか」
「ああ」
三人は正門外に待つ馬車に、乗り込んだ。
☆ ☆ ☆
「そうですか……娘は。ユーラニアは元気でやっていますか」
迎賓館の一室。リンディとアンジーはローテーブルを挟んで、恰幅のいい貴族の男と差し向っていた。
「ああ。そろそろ本題に入りたいが、エンタス公。今日訪ねてきたのは他でもない。あなたがその娘に出している手紙、だ。あの書き方、どこの誰に習った?」
リンディが尋ねると、エンタス公爵は断りを入れて優雅にお茶を含んだ。だがその手が、僅かに震えている。
「先に言う。国際法上も、ナイト国内法でも、学園規定でも問題はない。あんたが娘可愛さに、元気づけてやりかったのも理解している。そこは合っているな?」
「ええ。ええ、学園長。その通りです」
「だが問題がある。わかるな?」
リンディの追求に、公爵は深く頷いた。
「悪用が出来てしまう、ということですね? あの僅かな魔力を用い、暗示をかける手紙は。誓って言いますが、ワタクシは誰にも方法を話していません」
「では、あんたに話したやつが、もっとばらまいているとしたら?」
エンタス公が目を丸くし、カップをサイドテーブルに置く。手で丸い顎と撫でてから、厚みのある眉間にしわを寄せた。
「難しい。これはとても難しい問題なのです。学園長」
「皇帝に繋がるわけでもあるまいに。それほどのおおごとか?」
リンディが食い下がると、公爵は数度言葉を呑み……最後にほうっと息に乗せて、言葉を紡いだ。
「繋がるのは――――学園です」
(なんだと?)
驚きを顔から隠せないリンディに、公爵の赤い視線が向く。彼は体を傾けて身を乗り出し、慎重な様子で口を開いた。
「断っておきますが、推測です。ワタクシは情報を受け取っただけ。相手は知りません。しかし……どうしても彼ならばやるし、可能であろうとよぎってしまう」
(可能……動機……)
リンディは首を弱く振る。脳裏を掠めたのは……彼女より早く、闇魔法規定の抜け道に気づいていたという、男。かつて学園を卒業後、宮廷魔術師になり、妻子を得たものの……追放の憂き目に遭った、彼のこと。
「彼はナイト帝国を憎んでいるでしょう。魔法学園を愛し、貴女を信じているでしょう、学園長。彼は帝国の闇を暴き、学園との不和を招く……そう意図しているようにしか、ワタクシには思えません」
それはまるで、別の角度から聞く〝乙女ゲームの破滅のシナリオ〟だった。シリカ王国ではなく、ナイト帝国との争いの間で……学園が崩壊する。リンディは口の中がからからに乾いていくのを感じ、なんとか固唾を飲んだ。
「先代公爵に連なる、彼は。何のためにワタクシに情報を送りつけたか、不明でしたが。ばらまいているのであれば……おそらく」
「先代。魔貴族だと疑われた、エンタス公爵か。大戦後すぐ亡くなった方だし、あたしは面識がないが」
リンディは記憶をさらい、それをゆっくりと口にし、首を振った。先代エンタス公爵についてはナイト帝国が情報を抹消したらしく、知られていることが非常に少ない。
禿頭の教師に繋がっているとは、思えなかった。
否定、したかった。
「はい。ですが……孫が、いるのです」
「孫? 血縁が、生きているのか?」
黒いインクが、滲みだすように。
線が、繋がっていく。
「ええ。あのブラックシップの血筋は……魔王に呪われたと言われる一族は、生きています」
「なんだと?」
ペリー・ブラックシップの「さようなら」という言葉が。
リンディの頭の奥で木霊し、離れなかった。




