01-20.生徒の戦い。
アプリコットとラカルが転移させられ、しばらく。洞窟に踏み入ったリンディ、アンジー、ユーラニア、ウォルタードは、早速地下へと掘り進んでいた。
ユーラニアが地属性の魔法で削岩し、リンディがすかさず木材や金属を出現させ、洞穴を頑丈な坑道へと変えた。ウォルタードが風で空気を調整し、最後はアンジーとリンディ、ユーラニアが魔力視で安全を確認。先へと進む。リンディがつける熱のない小さな火がいくつも浮かび、皆の足元を照らした。
(…………まずいな)
リンディは焦りを口にしそうになり、慎重に息と言葉を飲み込む。
(温度が上がってる。ガスは出ていたが、これはウォルタードが中和してくれた。外気温でもない。もう少しで二人の場所に着く、ってことの証左ではある……しかし、焦りすぎたか)
「……悪いな、わたしのミスだ」
隣で呟くアンジーに、リンディは首を振って見せた。
「早く行きたいあたしの気持ちを、汲んでくれたんだろう? なに、ちっとだけ出るのが難しいだけだ。このまま行こう」
「先生?」
「大丈夫だ、ユーラニア。そのまま進めてくれ。ウォルタード、そろそろ抜ける。室内に風が流れ込まないようにしてくれ」
「流れ込まないように……? わかったよ、学園長」
揺れる光の中で二人は怪訝な表情を浮かべていたが、再び魔法の行使に戻る。
(……間違いない。二人が戦っている。ガスや新鮮な空気を送りこんじまうと、間違いなく大爆発だ。そしてたぶん、二人の後ろに出る……防御魔法を展開しているだろうから、すぐの助力が難しい。奥の手は、用意しておくか)
影を揺らめかせながら、リンディは魔力を見逃さぬように目に力を込めた。
「この手応え……この先! 開けた空間に出ます!」
「よし、まずは穴をあけるんだユーラニア! 声を届ける!」
「は、はい!」
ユーラニアが前に向かって両手をかざす。奥の壁がぼろっと、崩れた。僅かな風の流れができ……ウォルタードが抑えたのか、すぐに止まる。
一方で、止まらないものがあった。
「あっつ!?」
ユーラニアが腕で顔を庇いながら下がる。崩れた壁の向こうから、赤い光と熱が覗いていた。リンディたちの方にも、僅かに漏れ出ている。
「アプリコット・スリーセブン!」
「は、はいぃ!?」
リンディの呼びかけに、赤い闇の向こうから応答があった。
「〝金〟属性補強! ラカルの防御を〝炎壁〟から〝堅牢〟に切り替えろ!」
「よっしゃあ!」
熱が引っ込み、洞窟に揺れが生じる。リンディは素早く魔法を行使し、まだ崩れ切ってない壁の周囲までの天井などを補強した。
「ユーラニア、撃ち抜け! ウォルタードは防御を張って切らすな!」
「「はい!」」
がこっと壁が崩れる。リンディは走り込み、体を滑り込ませ、いち早く先の空間へと躍り出た。灯りを放ちながら、素早く周囲を見渡す。ガラスのような分厚い壁が洞窟の奥に建っていて、その向こうには何体かの巨大な魔物が見えた。
壁の手前には。
「アプリコット! ラカル!」
「リンディ!」
「先生! 階梯13、リッチだ!」
アプリコットの応答に続き、少年の警句が飛んだ。
(リッチだって? 上から数えた方が早い、上級モンスター! 魔法使いの死体から生まれる魔物だ……なぜこんなところに)
三体の巨獣の足元に、ボロ布を纏った人骨の姿がある。
「マンティコア、レッサードラゴン、デスマンティスを……リッチが操っている、か。おい、リンディ。これは……」
「あぁ。〝闇魔法〟……魔王絡みか、こいつ」
人骨は何も語らない。だがその腕が振るわれると、黒いインクのような魔力を纏った巨獣たちが舞い、ガラスの壁にひびを入れた。
「リンディー!」
「ハッ、アプリコット! 今――――」
「手ぇ出さないで!」
「……………………は?」
リンディは弟子からの予想外の申し出に、呆然と立ち尽くした。その横を、ユーラニア、ウォルタードが通り過ぎていく。
「お、おい。あんたたち」
「ちょうど四体。わたくし、あの骨が欲しいです」
「僕はカマキリかな? 緑って、親近感湧くんだよね」
「ドラゴンはラカル! あっちのマンティコアは私んだから!」
リンディは伸ばしかけた手を、所在なげに降ろす。その視線の先には、四人の生徒たちの背中があった。思わず足を踏み出そうとしたところ、肩に細い手が置かれる。振り向けば、アンジーがにやにやと笑っていた。
リンディは大きくため息を吐いて、肩を竦める。
「…………おい、アプリコット。ドラゴン派じゃなかったのかよ」
「と、飛べればいいし! あとじゃんけんして負けた!」
「あんた運が悪いからなぁ……というか、あたしを呼んだのはなんでだよ?」
「え、呼んではないよ? 来てほしいとは思ったけど」
リンディは小さく、あ、と呟いた。確かにそのように言ったのはユーラニアであり、別にそれはアプリコットから伝言されたわけではない。何がおかしいのか、隣のアンジーが腹を抱えて笑っていた。
「ね、リンディ」
「なんだよアプリコット」
リンディはぶすくれながらも、アプリコットが宿し始めた多彩な魔力に、魅入られる。
「私たちのこと――――見守ってて。先生」
アプリコットの言葉を皮切りに、戦闘が始まる。炎の王子と風の皇子を左右に連れ、令嬢が前に進み出た。アプリコットは下がり、一人大きな魔力を練り上げる。
「無茶だ。階梯10越えの魔物四体……7年生でも四人じゃ敵わないぞ」
「そうかリンディ。じゃあ、お前のお気に入りの――――あの四人なら?」
懸念を示す声とは裏腹に、リンディは顔に喜色を浮かべた。彼女はアンジーの方を振り向かず、差し出された手を握る。
「勝つとも。ああ……アプリコットがいるなら――――勝てる」
★ ★ ★
三人の張った魔法の障壁に、三体の魔物が迫る。魔法と魔物なら、魔法が圧倒優位だ。特に、防御魔法を魔物が抜くのはかなりの困難を伴う。
しかし。
「ちょっとこれきっつ!?」
ウォルタードが真っ先に弱音を吐く。彼の分厚い風は、カマキリの鎌に切り裂かれようとしていた。ラカルの炎、ユーラニアの土の壁も同じである。彼らは踏み込んで来る巨獣たちを、なんとか魔力で無理やり押しとどめていた。
「ユーラニア、しばらく踏ん張って!」
「早くしないと、わたくし一人で倒してしまいますよ? アプリコット」
「そーしてちょーだい! ウォルタード、最大出力!」
「へ、え?」
戸惑う様子を見せながらも、ウォルタードの操る風が強くなる。だが嵐に巻かれようとも、カマキリは止まらない。それはラカルに向かうドラゴンも同じであった。
「準備完了! いくよ!」
魔力を練り上げ、仄かに輝きを纏ったアプリコットが、踏み出す。
「転生――――氷風目・天雷科・空属」
アプリコットは僅かに振り返り……唖然とする師、リンディを一目見て。
ウォルタードの背中を、押した。
「さぁウォルタード、名前を!」
「は? ええっと――――〝大渦〟!」
風が、変わる。それはまるで、光の獣。緑の閃光。渦のような風が、イタチに似た姿を象っていた。デスマンティスの振るった鎌が、巻き込まれ――――砕かれる。
「魔獣魔法!? あんた、それをどこで!」
「魔獣魔法? リンディの〝三位一体〟ってやつの、見様見真似だよ!」
「あっ――――呆れた、やつだ」
学園長の驚きの声を聴き、アプリコットはくすぐったそうに笑った。
それはリンディが開発した、転生魔法の一種。魔物を神獣に転生させるが、神獣を三体合体させ、〝神〟にする際にも用いられる。そしてその本来の使い方は……魔法の転生。すなわち、ただの現象である魔法を、魔獣という生き物に作り替えるのだ。
「指示はウォルタードが出して! 次、ラカル!」
「遅い。待ちわびたぞ」
ラカルの身から立ち上る熱波はなおも強くなるのか、レッサードラゴンを押し返しつつある。
そこへ。
「転生――――金炎目・熱木科・陽属。さぁ、お名前をどうぞ!」
ダメ押しとばかりに、アプリコットが魔法をかける。
「往くぞ、〝赤熱〟」
ラカルの炎が化けたのは、赤い赤いトカゲ。その鱗はどれほどの熱を放っているのか、ドラゴンが明らかに身を引くほどである。人を丸のみできそうな爬虫類は、静かに竜に向かってにじり寄り始めた。
「よっしゃ、二人とも任せた! お待たせユーラニ……ア?」
ユーラニアの方を振り向いた、アプリコットが見たものは。
「それ、なに?」
マンティコアと格闘している、虎のような獣だった。翼をもがれて地面に落とされた魔物は、謎の獣に噛みつくも、歯が立たないのか苦しげな声を上げている。
「地水火風を混ぜて、適当に作りました。名前はありませんから、どうぞ?」
「おぉ!? 私が使っていいのかよ! 転生――――」
アプリコットが魔法の獣に、新たな魔力を届ける。
「以下略! 〝砂場〟! がんばれ猫ちゃん!」
虎が、砂か岩の塊のようになった。マンティコアの牙が折り砕け、虎はぬるりぬるりと液体のように動きだす。魔物に絡みつき、ばしばしと叩いた。意外に威力があるようで、マンティコアの傷が目に見えて増えていく。
その脇をユーラニアが悠然と歩み、通り抜けた。
「ユーラニア!」
「――――わたくしが一人で、ボスのあいつを倒せば」
彼女は、杖を構える人骨と向き合った。リッチの身からは、黒いオーラのようなものが立ち上る。通常は視認できない魔力が、インクのように揺らめいていた。
「あなたに負けた二点分、取り返せるでしょう?」
「器ちっさ」
「ふん……言ってなさい。あとで悔しがるのが、目に見えるようです」
二人、僅かな時間。不敵な笑みを、交わす。
巨獣たちが暴れ、揺れの激しい地の底で。
令嬢が艶やかな銀の髪を、肩口から払った。
「初めまして。どこかで野垂れ死んだ魔法使いよ」
彼女の口元には、上品とはとても言えないような……歪んだ余裕が刻まれていた。
「お前の魂――――従えて、あげましょう」
ユーラニアの体から。
白い魔力が、立ち上った。
☆ ☆ ☆
およそ、30分後。
(とんでもないものを見せられた……もうそろそろ夕方だな)
暗がりから出たリンディは、眩しそうに眼を細める。
「リンディ様!」「学園長! みなさんは……」
「そこだ」
リンディは脇に寄り、道を開ける。胴の長い四つ足の神獣が、洞窟からゆっくりと歩み出た。獣の長毛が、その背に四人の生徒を括りつけている。皆、精も根も尽き果て――――。
「やりきった、って顔ですね」
「無事は何よりですが……中で何があったので?」
安らかに、眠っていた。
二人の教師の問いかけを受け、リンディは獣の背後に視線を送る。肩に目玉の神獣を乗せた老女が、笑みを浮かべて頷いた。
「学園に戻ったらアンジーの撮ってる記録の上映会……いや、反省会だな。いろいろダメ出ししてやりながら」
リンディは気持ちよさそうに眠る、四人の少年少女たちに満面の笑みを向ける。
「健闘を褒め称えてやると、しようか」




