表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/82

01-02.60年越しの仕返し。

 ナイト帝国の公爵令嬢ユーラニアに、シリカ王国の王子ラカルが婚約破棄を突きつける――――そんな場面に出くわし、ショックで前世の〝ゲーム〟知識を思い出したリンディ。


(さて。悪いがこっちにも事情ってもんがある。少し派手にしつけて、場を納めなきゃならないねぇ)


 彼女は振り返り、ラカル王子と……輪の隅でこちらを見ている金髪の少女、アプリコットに視線を向けた。


「確認だが。アプリコットには何の用事だったんだい?」

「む。困った様子だから、声をかけただけだ」

(困りごと、ね。けどそれはあんたじゃなくて……ゲームの通りなら、それこそユーラニア絡みなんだよねぇ)


 リンディは横目でちらりと、令嬢を見る。彼女の制服のポケットからは、細い赤い布が覗いていた。半信半疑な様子のラカルに視線を戻し、リンディは再び口を開く。


「アプリコットは確かに遠方から来たド田舎平民だが、あんたらよりひと月早く入ってる。勝手がわからないはずはない……アプリコット、何か王子の手を借りなきゃならんことが?」

「いえ、ございません恐れ多い! …………いま私、田舎者だって下げられませんでした?」


 横から返ってきた応答に、リンディはやれやれと首を振って見せた。


「問題はなかったようだねぇ。となると用ってのは言い訳で、アプリコットは美人だし――――宮廷の女にはない魅力ってやつに、あてられたかい? ラカル」


 金髪少女の抗議を無視してリンディが水を向けると、ラカルは数度瞬いてほのかに頬を赤くした。彼の様子を見て――リンディは深く顔に笑みを刻む。


「おやまぁ! 普段なら青い春の訪れは祝ってやるところだが、台無しだよ! やはりあんたには罰が必要だねぇラカル!」

「っ!? なんだとババア! 貴様、俺を愚弄しているのか!」


 一転して別の赤を顔に昇らせたラカルが、非難の声を上げる。どこか裏切られたかのような悔しさを、瞳ににじませた彼を――リンディは遠慮なく指さした。



「婚約者がいながら他の女に懸想し、声をかけた。それを諫言されたら逆上し、婚約を破棄しようとした。あんたそう言ったんだが――わかってないのかい? 王子」



 ラカルがハッとしてから目を白黒させ、顔を赤く青くしている。さすがに言葉が詰まって、言い訳は出てこないようであった。


「政治発言はご法度だ。往来でなんてもってのほか。それがこの学園のルールで、入園時にしつこく聞かされたはずだ。疑いようもなく、ラカルが発端。ユーラニアの抗弁は致し方ないことだ。アプリコットも直接の関係はない……となれば」


 リンディはユーラニアから手を離し、一歩踏み込む。その黒い瞳で、王子を鋭く見つめた。


「あんたに落とし前をつけてもらうしか、ないじゃないか。ラカル」

「ふ、ふざけるなっ! 何の権限があって」



「おやまぁ」



 リンディはまた、笑みを深くする。観衆からいくつか「ひっ」という声が聞こえたが、無視した。


「あたしが誰だか、まだわかってないようじゃないか。心当たりがないのかい?」


 老女の迫力に気圧されたのか、ラカルが半歩下がる。瞳に涙すら浮かべながら、彼は声を上げた。


「知るか! 学園の給金目当てで教壇にしがみついてる老害だろう? そんなやつに――――」

「おっとよくできた! あたしが教師だってことまではわかってるじゃないか。しかも古株の老害だと。そぉら、あと一声だ坊や」


 リンディは手を真っ直ぐに伸ばしてから手のひらを上に向け、撫で誘うように指をしならせた。




「この魔法学園で最も古い教師の名前を、言ってみな!」




「っ!? ま、さか。魔女リン――――」

「大魔女とお呼び! そう、でもよくできたねラカル。あたしはリンディ、学園長のリンディさね」


 高らかに名乗る。リンディは青くなるラカル王子に、穏やかな笑みと言葉を手向けた。


「が、学園長がなんだ!」

(おや、意外に気骨があるねぇ)


 踏み出して喚く王子を、リンディはくつくつと笑いながら見つめる。


「なんだとはなんだい。この老いぼれを、どうかしようって言うのかい?」

「そうだ、もう許さん! 俺は優秀なんだ! 侮辱するやつには容赦しない!」


 ラカルは大仰に腕を振った。その手先に炎が灯る。――――魔法だ。


(血の気が多いこって。能ある姉たちに囲まれた、甘やかされた末子……女に舐められたと思うと、すぐ頭に血が上る、か。哀れな子だ)


 だがリンディは……ほほ笑んで見せるだけ。


「なんとまぁ怖いねぇ。それで?」

「あとは、そ、祖父にも報せて!」

「知らせて?」


「こんな学園、滅ぼしてやる!」


 ラカルの悲鳴のような叫びの後。



「へぇ」



 リンディはそう、呟いた。

 朝の広場が、しんと静まり返る。

 誰も動けず。

 息もできない。

 リンディ以外の誰もが、肌を焼くような空気に身を竦ませた。


「かっ、あ……」


 血の気を失って白くなったラカルが、苦しげに呻く。彼の魔法の炎も、吹き消されたようになくなっていた。リンディは小さく息を吐き、肩の力を抜く。


「いま、の。いったい……」


 リンディの背後から、荒い息と共にユーラニアの声が届いた。


(やっちまった……78にもなって。あたしもまだ未熟だねぇ。いくら地雷を踏み抜かれたからって、子ども相手に殺気が漏れちまうとは。ごめんよ、みんな)


 少し年季の入った校舎を、リンディはそっと眺める。そして左足の爪先を上げ、石畳をとんとんと叩いた。


「うちを攻めるか……ラカル。ここ、元はシリカだったって知ってるかい?」

「それ、は」


 まだ息の整わない様子の王子が、あえぐように返答する。理解はしていると見て、リンディはにっこりとほほ笑んだ。


「あたしが周りをぼっこぼこにして、かすめ取ってやったんだよ。それがきっかけで、シリカ帝国はバラバラになって王政に戻った。だから可哀そうじゃないか、ええ?」


 老女がぱちん、と指を鳴らす。


「王に頼んで学園を滅ぼすってこたぁ……あんたんとこの弱兵を」


 綺麗に響いた音の波紋の後、門の、校舎の、そして本人の影が……揺らいだ。


「この学園の神獣たちと、戦わせようっていうのかい?」


 現れたのは、青黒いオオカミのような巨獣、赤茶けた重厚な金属の巨人、そして……白銀の鱗をきらめかせた、ドラゴン。

 彼らは影を抜けると、各々咆哮を上げた。


「な、な!?」「ひぃ、出たー!」「やだもうおうちかえる!」「悪いことしてません許してー!」


 広場を悲鳴が彩る。ラカルは腰が抜けたのか、しりもちをついた。


(おっと。普段から脅かし過ぎたかね……上級生たちは今度、優しくしてやらないと)


 リンディが王子を一睨みすると、その襟首を赤茶の鉄巨人がつまんだ。


「ひ、ひぃー! お助け!?」


 間抜けな悲鳴を上げる彼の姿に、凛々しかったその祖父……かつてのパルガス皇子が、重なって見える。


(この子の情けない姿を見ても、弱い者いじめみたいで……スカッとはしないね)


 リンディは優しく艶やかに、ほほ笑んだ。


「取って食ゃしないよ。いつもの懲罰コースに放り込んどいとくれ」


 命令に首肯した巨人が、王子をつまみ上げたまま歩き出す。


「懲罰……」「あいつ終わったな……」「生きて戻ってこれないんじゃ……」

「ほら散った散った! 見世物は終わりだよ!」


 リンディの声を合図に、顔を青くして慄いていた生徒たちが道を開ける。巨人は避ける生徒たちの合間を縫って、ずーんずーんと音をさせながら立ち去った。


(入学し立ての子にはちと罰が重いが。破滅したあたしが建てて、50年守ってきたこの学園を引き合いに出されちゃ……加減はできないんだよねぇ)


 春の風に少しかさついた頬を撫でられながら、リンディは因縁の片鱗を見送った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ