01-18.学園長の戦い。
ユーラニアたちの試験終了から、およそ一月。リンディ一行は――――空の上にいた。
(あの子らが入園して前世の記憶が戻ったときゃ、さすがに驚いたが……ここまで大事もなくこれた、か。時間が経つのは、早いもんだ)
風の魔法に守られながらリンディは姿勢よく立ち、遠くを見つめる。
(試験までは滞りなく済んだ。あとは今日の校外学習……そして学園祭を経て、乙女ゲームの断罪イベントが待つ、後夜祭を残すのみ。ここまではアプリコットとユーラニアは仲違いせず、誰もアプリコットとは恋愛進展もせずにやってこれた。個別ルートの突入後、学園に攻撃してくるシリカ王国は……東方から押し寄せてくる移動民族の対策に、頭を悩ませ始めている。破滅回避の結末は――――近い)
「リ……園長ぉー!」
「学園長だ。どうした、アプリコット?」
リンディは首を回し、肩口から背後を見る。すぐ近くに金髪碧眼の弟子一号、銀髪赤目の弟子二号が映った。その向こうには震える足で立っている赤毛の王子と、座り込んでいる緑髪の皇子の姿もある。彼らの向こうでは、プリムラム、ペリー、そしてアンジーが何やら談義しているようだった。
「私も空飛べる子がいいなぁー! ドラゴン、最高だね!」
「そうだろう。ユーラニアはどうだ?」
「わたくしは、静かで寄り添ってくれる子が……ああ、このドラゴンがダメというわけではなく!」
二人の答えにリンディは満足げな笑みを浮かべ、振り返る。羽ばたきの音が僅かに聞こえ、空気の圧が後ろから少し感じられた。彼女たちはリンディの神獣・ドラゴンに乗り、校外学習の現場へと移動している。場所は学園南方。シリカ王国、ナイト帝国、ジャスのいずれにも属していない半島の、とある森だった。
「授業だしな。せっかくだから、おさらいだ。神獣とはなんだ? ラカル」
「受肉した魔法だ……です」
ラカル王子がよどみなく答える。敬語で言い直す様に、リンディは笑みを深くした。
「結構。ではどう習得する?」
「すでに肉を持った魔――魔物を素材にし、転生させ、契約で縛る……縛ります」
「教科書的にはそれで正解だが、あたしとしては物申したい。ペリー! 見解を聞かせてもらおう」
「はい、学園長」
議論していたらしい禿頭の教師が進み出て、ラカルの隣に立ち、彼の肩に手を置く。
「魔物や転生した神獣は、言葉を発しない。ゆえ、本来は契約できません。必要なのは縛るのではなく、結びつけること。彼らの魂の記憶に、術者の存在をしっかりと紐づける。これが肝要です」
リンディは頷き、続いて座り込んでいるウォルタードに視線を向けた。
「その通りだ。ではウォルタード。試験であんたが間違えた問題だが。神獣を従えるための本質的な方法は?」
「術者が魔物と直接相対し、これを倒すこと。僕が間違ったのはここからで……ただ倒すのではなく、魂のぶつかり合いを感じさせる戦いが、必要。で合ってる?」
(ちゃんと復習してるじゃないか。よしよし)
リンディは二度頷き、腕を組む。
「自信を持て、正解だ。端的に言えば、格下を倒して転生させても、契約が成立しない。恐怖では魔物の魂は震えないんだ、覚えておけ。では神獣の特徴について、アプリコット」
リンディが近くの弟子二人を見ると、アプリコットが元気よく手を挙げた。
「はいはい! 魔法が効きません!」
「それだけか? なら不足だ。ユーラニア」
「術者の影響を強く受けた能力を持ちます。特性、という言葉はまだ認められてないんでしたっけ?」
「よし。あれはあたしが提唱してるが、詳しいことが分かってない。神獣の合成については……またにしようか」
アプリコットがぐぬぬ、と呟き、それをユーラニアがにやにやしながら見ている。リンディは少し肩を竦め、また進行方向を振り返った。
「そろそろだ。降下するぞ!」
☆ ☆ ☆
「神獣ならともかく、魔物相手なら魔法の使い手が圧倒的に有利だ。防御魔法を切らさず、落ち着いて戦え。健闘を祈る」
「行ってくるよ、園長!」
「行ってきます、園長先生!」
「学園長だ。行っておいで」
地上に降りたリンディたちは、小さな洞窟の前にいた。中に入っていくアプリコットとユーラニア、ラカルとウォルタード、プリムラムとペリーを見送る。洞窟内は魔物の出現点になっており、そこで生徒たちが打倒。指導教員らがサポートし、魔物を連れ帰るのだ。
「さて、わたしたちは雑用か」
「相手が雑兵だけに、か? うまいことを言うな。アンジー」
本当の目的は生徒たちには内緒で、〝待機〟名目で残ったリンディとアンジー。彼女たちの足元が、盛り上がる。影から出た神獣が二人を乗せ、浮かび始めた。リンディの神獣は、先のドラゴンである。アンジーの飼うケダモノは――――大きな目玉の化け物であった。
「〝眼爺〟、〝複眼孫〟をばらまけ。親子は出さなくていい」
目玉から小さな目玉が多量に生み出され、空気に溶けるように消えていく。高度を上げるドラゴンの背で、リンディは肩を竦めた。
「様子見か? アンジー」
「わたしは顔が知られてるんだ、表立って迎撃もできんだろう?」
「そりゃそうだ。例年通り、あたしがバレないようにやるか」
「バレバレかもしれんがな」
「言うなよ……いっそ、そのまま顔を見せてやったほうがいいかねぇ」
「面白いな。是非見たい」
神獣に乗った二人は、見る間に高空に飛び上がる。森の続く光景を睥睨し、リンディは口を開いた。
「今年の〝山賊〟は、ずいぶん数が多いな?」
彼女が見ている先、遠く地上にいるのは……山賊とはとても思えない、軍勢。金属の鎧を身に着け、馬に乗って行軍している者たちだった。洞窟に迫る彼らの撃退が、リンディとアンジーの役割である。
「どうもシリカは、増強した分は東に回し、元々遊ばせていた戦力をこっちに寄越したようだ」
「他の国は来てないか?」
「今年はシリカだけだ」
(……学園の校外行事には、いやがらせのように兵力が派遣されてくる。まぁ名目上は軍を首になった、通称〝山賊〟どもだから、本当は国に関係ないんだが。まったく。魔王がいなくなって必要性の薄い常備軍を、うちを使って口減らしするんじゃないよ。60年も経ってんだから、軍縮しろ軍縮)
それでも他国に差し向けるよりマシか、と呟き、リンディは隊の先頭に狙いを定めた。
(魔物捕縛に使える場所は限られてるし、時期も知られてるとはいえ……毎年毎年やってくるのは、ちょっと気持ちが悪いねぇ。ま、適当にやるか。肩慣らしにもならねぇだろ)
「敵、680。魔法の使い手も少しはいる。今年は、どう始末する?」
「東方から来てる移動民族の鼻先に、送り届ける」
「そりゃあいい。それで早晩、開戦になるだろうよ」
リンディはひらひらとアンジーに手を振って見せてから、ぐっと腰を落とす。主人の意思を感じ取ったドラゴンが、ほとんど墜落するかのように地上を目指し始めた。元は砂粒のようだった人影が、ぐんぐん近づいてくる。
彼らは声を上げ、木々に隠れようと動き始めていた。
(……おっと、気づいたか。空は警戒していたようだな)
地上に近づいたところでドラゴンは大きく羽ばたき、翼を広げて滑空。そして力強く上昇を始める。強い風が大地を薙ぎ、いくらかの馬上の戦士たちは、馬から転げ落ちたようだった。
(ふぅん? 反応も早い。よく訓練されている。これを捨て駒とは……贅沢なこって)
空を大きく旋回するドラゴンを狙ってか、炎や風の魔法が飛んでくる。それに隠れるようにして矢も放たれているが、さすがに竜の速度には着いてこれていない。
(神獣に効かない魔法は、ただの目くらまし。本命は矢……対空神獣戦のセオリーだ。ひょっとして、シリカにしては割と本気の戦力か? だが相変わらず)
周り込んで、再びドラゴンは隊列を通過しようとする。だがその直前で、ふっと姿を消した。
「弱兵が過ぎる」
リンディは投げ出され、そのまま地上に両足をつく。膝を曲げて勢いを殺し、大地を滑って……やがて止まった。立ち上がろうとしたその胸元に、素早く近づいてきた男の剣が突きつけられる。
「魔女、リンディだな?」
「……くく。他の国の奴らなら確認などせず、あたしを一突きにしたろうよ。指揮官が惰弱とは、さすがだなぁ?」
「わ、我らパルガス王の軍勢を愚弄するか!」
(所属も軍だってことも言いやがった……装備の紋章削ってる意味ないだろうが)
リンディは隠さずあきれ顔を浮かべ、ため息を吐いた。
「う、動くな魔女め! 洞窟に入ったお前の――――」
指揮官らしき男の言葉が、耳に入り。
「あ”ぁ”?」
リンディの黒い瞳が、ゆっくりと睨み上がる。
「ひ、ひっ!?」
まず、指揮官が慄いてしりもちを着いた。次に、馬が逃げ出した。もちろん、まだ馬に乗っていた者は受け身も取れずに落馬した。さらに、歩兵の多くが方向も定めず駆けだした。木にぶつかり、泡を吹いて倒れる者も多く出た。
「人を怒らせちゃいけないって……ママに教わらなかったか? 小僧」
リンディは立ち上がり、男たちを見下す。代わりに膝の力が抜けて座り込み、倒れる者が多く出た。
(軍を首になったのに、律儀に指令を聞いて、あたしを怒らせに来るとは。憐れな奴らめ……)
「ま、ママ……」
うめき声が木霊する中、指揮官の呟きが、嫌にはっきりと響く。
「帰れなくて、ごめんなさい――――」
涙を浮かべる男の瞳を見たリンディは、勘のようなものが働き……目を見開いた。
(そういうことかよっ! さては家族や故郷を人質に、特攻を迫ったなパルガス! くそったれ……ッ!)
瞳を血走らせるリンディの影から、竜、狼、巨兵が現れる。
「 三 位 一 体 !」
三体が咆哮を残し、とぷんと黒く溶けた。影が、混ざる。
「転生――――風雷目・人竜科・狼属、名を〝尻紅〟」
渦巻く影が霧のようになって、広がった。
「祈りな…………〝神〟の御前だよ」
波紋のように広がるリンディの声を受け、本当に手を組んで祈り出す者たちまで出る。
「もっふ」
赤い毛に覆われた巨獣が、影の中から現れた。犬と猿をちぐはぐに取り違えたようなそれは、つぶらな瞳で兵士たちを眺めている。短い前足後ろ足で器用に座禅を組んでおり、風に座っているかのように、リンディの肩くらいの高さで浮いていた。
「は?」「え」「しん、じゅう?」
「獣より至るモノ、〝神〟だ。見るのは初めてかい? 小僧ども」
リンディの声に押されたかのように、犬のような巨大な猿が風に坐したまま、ゆっくりと空を滑っていく。
「二度目がないといいねぇ。〝尻紅〟、送ってやんな」
「もっふ」
「へ――」「あ――」
声を残し、兵士たちが次々に消えていく。
「な、なんだこ――」「ひっ、くる――」
「もっふっふ」
神は淡々と、風に乗って空を滑る。やがて兵士たちは声も上げなくなり、ただ座り、あるいは祈り、自分の番を待った。
――――10分ほどして。
「リンディ。どこへ送った?」
〝神〟も還り、リンディ以外誰もいなくなった元戦場に、老女を乗せた目玉が空から降りてきた。
「ママんとこに帰りたいとか言うからよぉ……興が削がれちまった」
「家に帰してやったのかい?」
「馬鹿言え、どうせ家族を人質にとられてんだ。帰したらもろとも殺されちまう」
「じゃあ、いつものとこか? 移動民族の鼻先じゃなく」
リンディは大きくため息を吐いてから、首を弱く縦に振った。
「甘ったれで、自分が嫌になるねぇ。この年になっても、絆されちまう」
「いつも思ってるが。それは甘くないだろう、リンディ」
「どこがだよ? アンジー」
目玉から降りてきた教頭は、リンディの隣に並んだ。頭に彼女の手が、乗せられる。
「軍人ならそりゃ甘いさ。だがお前はなんだ? 学園長」
「教育者なら殺すな生かせってわけか? ただ命を拾うだけじゃ、無責任だろう」
「拾うだけなもんか。お前は教えてるよ」
「何をだよ?」
拗ねたように言うリンディの髪を、アンジーの手が優しく撫でた。
「命の尊さってやつだ。リンディが殺気を浴びせて、捕えた奴ら。今のところ、更生率100%じゃないか」
「…………脅しで救われる命があるなんて、ちょっと納得いかないねぇ」
頬に滑ってきた手に、甘えるように顔を寄せて。
リンディはもう一度、ため息を吐いた。
「そうだ。連中、こちらの動向を知っているようだった。洞窟に戻ろう」
「わかった、リンディ」
学園長と教頭は再び、空へと舞い戻る。教え子たちの、ために。




