01-17.添い寝権は誰の手に。
魔法学園ジェンティアンブルーの試験は、主に年二回。おおよそ一月かけて、じっくりと生徒の実力を試していく。魔法と、関連の枝葉のみを教える専科学校であるがゆえ、その教育は狭く――深い。
(開始から一週間経つから、今日ので何人かは試験終わりだな)
一年棟の一階、廊下を歩きながらリンディは生徒たちを眺める。皆は壁に張り出された試験結果速報を見て、一喜一憂していた。
「すげぇ、全教科かよ」「学園始まって以来じゃないか……?」
生徒と若い教師の呟きが聞こえる。
(お……あいつか)
張り出された紙の一番上を眺めている赤毛の少年を見つけ、リンディは彼に近づいた。
(7年生まで満点しかとらなかったアホがいるから、史上初ってわけじゃないんだけどねぇ。まぁ、すごいのはすごい)
「やった。これで俺もあの人に――――」
「よくやったね、ラカル」
「うぉあ!?」
リンディが声をかけると、ラカル王子は変なポーズで跳び上がった。
「ががが学……り、リンディ、先生」
顔を急速に耳まで真っ赤にしている彼に、リンディは微笑みかける。
「おう。選択可能全教科網羅、すべて満点か。実技を含め、申し分ない。今度、校外演習に連れていく。ペリーやプリムラムに、魔物に対する立ち回りをよく聞いておくといい」
「お、俺を。先生、が。連れて行って、くださるので?」
(なんでこの子こんなに緊張してるんだい? 慣れない敬語なんて使って)
不遜な振る舞いが目立っていた少年の変化に、リンディはついくつくつと笑い声を漏らした。
「あたしが指導してる子らも一緒だからな。級も、特級と地級で近いから、丁度いいだろう」
「ああ……アプリコットと、ユーラニア、か」
落ち着きを取り戻すラカルに向かって、リンディは笑顔を振りまいた。
「そういうことだ。教師は4人着く。直接介助するのは2人になるがね。楽しみにしてるといい」
「は、はい!」
(この子も、ずいぶん印象が変わったねぇ。確かに疲れ……目の下にクマが見えるが。ここまで来るのにしただろう苦労を思えば、こんなもんって気がするよ。ウォルタードの危惧を、無視するわけじゃあないが)
リンディが向ける視線の先で、緑髪の皇子が頬をひくつかせている。
「全部、負けた……僕だってちゃんと、やったのに」
「本気ってなぁ、常に出しておかないと錆び付く。あんたはケアレスミスが目立った。爪は別に隠してもいいが、よく研いでおくんだよ。ウォルタード」
リンディは歩み寄り、ウォルタードの肩を叩いて通り過ぎた。呆然とする彼と、頭を下げるラカルに見送られ、リンディはゆっくりと歩く。
(そういやあの子たちはどこだ? 受けた試験の順からすると、いるとすればこの先……)
「うぉぉぉぉぉ! やった! 勝った! ユーラニアに勝ったぞぉぉぉぉぉ!」
「きぃぃぃぃぃ! あと2点! あと2点だったのにぃ!」
(あ。これ、まずいんじゃないかい……?)
聞こえた声に、リンディは足を速めて角を曲がる。彼女の脳裏には、乙女ゲームの展開――――プライドを傷つけられたユーラニアと、自分を曲げないアプリコットの対立が過っていた。
「あんたたち――――」
視線を走らせたリンディは、言葉を失った。
頭を振り乱してがくがくと揺れ、喜びと思しき奇声を上げるアプリコット。うずくまって床に頭を叩きつけて、悲嘆の濃い雄たけびを上げているユーラニア。周りにはドン引きしている教師や生徒たち。
二人を見て、学園長はにこりと笑う。
「淑女吊りだ」
「「え?」」
☆ ☆ ☆
「また吊られた……」「お嫁にいけません……」
(ユーラニアは結婚したくねぇって言ってたろうに。しかし)
学園長室のバルコニー。赤い顔をして俯く二人を交互に見て、リンディは小首を傾げた。
(こないだのアレを思えば、もっと荒れてそうなもんだが……いつも通りだな、この二人)
リンディは、廊下から彼女たちを引きずり回し、ここに至るまでの過程を思い出す。中庭で見かけた喧嘩の様子と今の二人の仲は、少々かけ離れているように見受けられた。
「それであんたた――――」
「ストップ学園長ぉー! 1つ、1つでいいから言わせて!」
「おぉ? おお」
突然挙手して顔を上げたアプリコットに気圧され、リンディは思わず首肯した。勝ち誇ったような顔をした彼女は立ち上がり、ゆっくりと深呼吸をしている。見ればユーラニアは涙を流しており、充血した真っ赤な目でアプリコットを睨んでいた。
「よぉし、いきますよー!」
「ああ」
「言いますからねー!」
「おぅ」
「あ、でもごめんちょっとまってちょっと」
「早く言えよ」
百面相するアプリコットに、さすがのリンディもしびれを切らす。低く唸りを上げたアプリコットが、意を決したように口を開いた。
「私と一緒に! 寝てください!」
リンディは一つ息を吐き、カップを手に取りゆっくりとお茶を飲んだ。このところ感じなかった豊かな香りが、鼻の奥を抜けて満たしていく。満足げに頷いてから、リンディはお茶をもう一口。
「なんとか言ってよリンディ!?」
「うるさいねぇ、この馬鹿弟子が。むしろなんで来なかった?」
「え、え?」
喚くアプリコットを、リンディは半眼で睨みつける。隣のユーラニアがぽかんとしているのが、目に入った。
「あたしが一人寝で死ぬの、あんたにも話してあるだろうが」
「あ、うん。でもユーラニアがリンディと一緒に寝てるって……」
「うん? 何でユーラニアのこと、知ってるんだ?」
リンディは首を傾げ、ハンカチで目元を拭っているユーラニアをじっと見る。
「あの。前にアンジー先生がいらっしゃったとき」
「ああ、遊技場の」
「はい。あの時アプリコット、奥にいて……話、聞いてたらしくて」
「はぁ。まぁそこまではわかった。でも最近あんたたち、部屋にはこないじゃないか」
「「ん?」」
彼女たちに疑問の声を上げられて、リンディは言葉を詰まらせた。どう理解していいのかわからず、ただ黙って二人を見つめる。アプリコットがおろおろとしだし、ユーラニアは顔に強く困惑の色を浮かべた。
「ユーラニアが行ってたんじゃ?」
「さすがにあんなこと言われたんじゃ、止めます。私にとってリンディ先生は、小さい頃からの憧れなんですっ。それを穢すような――――だから少なくとも、決着がつくまではって」
「穢すってなによう。悪いっての?」
「別にアプリコットの気持ちは否定しません。わたくしはそうじゃない、って言ってるんです」
「うそつき」
「なんですって?」
推移を見守っていたリンディもだんだん面倒になってきて、深いため息を吐く。
「どういうことなんだい、二人とも。あんなことって、なんだよ」
「あー……」「うー……」
(わからん。何がしたいんだ、この子たちは……)
二人が頬を朱に染めて答えないので、リンディは甘めにしたマドレーヌをつまむ。食した後に紅茶を含んで、生地がほろほろと溶ける感触を楽しんだ。食べ終わってもまだ二人が赤い顔で黙っているので、リンディは仕方なく口を開く。
「何に遠慮してんだか知らないが、あたしはいつでも来てほしいし、別に何人でもいい」
「え、何人でも?」「そんな先生! 破廉恥です!」
(ユーラニアは何を想像してるんだい……?)
目から耳まで真っ赤になったユーラニアの隣で、アプリコットが椅子にすとんと座り、全身の力を抜いてもたれかかった。
「はぁぁぁぁぁ……よかったぁ。私、ユーラニアかリンディか、どっちか選ばなきゃいけないのかと」
漏れ出た言葉の意味がまったくわからず、リンディは首を傾げる。
「どういう理屈だかさっぱりわからないんだが。結局あんたたちは、何を競っていたんだい?」
「「リンディ先生添い寝権」」
「本人を無視して争うんじゃないよ。大安売りしてるから、とっとと買い上げろ」
きつめの言葉を投げかけ、リンディは再び紅茶に口を付けた。香りを楽しみながら、ほうっと息を吐き出す。
(いまいちわからないが……そうか。仲違いしたわけじゃ、ないんだな)
あれからたびたび見えていた、破滅の光景が遠くなるようで、リンディは目を細めた。視界の端に、両手を繋ぎ合ってぶんぶん振ってる二人が見えて、リンディは小さく「あ」と声を漏らす。アプリコットの青い瞳と、ユーラニアの赤い瞳がゆっくりと彼女の方を向いた。
「ああでも」
リンディはぼんやりしていた意識がはっきりするのを感じながら、思い出した予定が間違いないか、頭の中をさらう。三度精査し、それから頷いた。
「今日はアンジーが帰ってくるんだ。あんたらは寮の部屋で寝ろ」
「え?」「え?」
「ん?」
リンディが顔を上げると、二人が揃って光を失った目を向けていた。
☆ ☆ ☆
「く、くく……ふふふ……あっはっはっはっは!」
布豊かな寝台の中、リンディは夜に響くには少々大きな笑い声を聞かされた。
「なんだよ、そんなに笑うこたねぇだろう? アンジー。あんた、他の子がいるのを嫌がるじゃないかよぅ」
リンディは拗ねたように抗議の声を上げ、いまだ体を震わせるアンジーから身を離す。
「いや……ふふ……悪い。お前がおかしいんじゃないんだ」
「はぁ?」
「わたしからも、今度小娘どものがんばりを労ってやるよ……くく。傑作だ」
「はぁ」
笑いがおさまったようなので、リンディは遠慮なくアンジーに抱き着く。薄い夜着越しに、薄い肉の感触、年齢を感じさせる香り、深い安心が伝わってきた。
「ああ、おねむだったか。わたしがいない間、寝なかったのか? 他の子らだって、いるだろう」
アンジーの問いかけに、リンディは頬を擦りつけるように首を振る。
「上級生は出てるのが多い。学園に残ってる教師の中だと、ここの立ち入りを許してるのはプリムラムだけだが……」
「寝相、悪いしな」
リンディは、はぁっと息を漏らす。先日の酒宴の後が、苦く思い起こされた。
「あいつの提案に甘えて、ベッドサイドで起きててもらったんだけどねぇ」
「うまくいかなかったのか?」
「なんかガン見しやがって、気になるんだよ。寝つけねぇ」
「そうか」
瞼が上がらなくなり、リンディはゆっくりと息をする。アンジーの手が髪を撫で、かき分けるように差し込まれ、後ろ頭に直接触れた。
(これは、ダメだ。ていこう、できない。じーんと、あたまの、おくから、ねむけが……)
「安心しな。あの娘たちなら、きっと大丈夫だ。わたしらみたいに間違えないし、わたしらみたいに」
ぐっと引き寄せられ、体を強く抱かれる。リンディは両の手をアンジーの背中に回し、めいっぱい引き寄せた。のびをするように背筋を震わせ、柔らかさの薄い老女の身の中に、心を沈ませていく。
「ずっと――――――――」
(アンジー、なんて、言って)
★ ★ ★
「おやすみ、わたしのリンディ」
誰にも届かない言葉が、寝室の闇に消えた。




