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01-13.早熟な魔女。

 また幾日か経ち。テーブルが片づけられた大ホールでは、運動着に着替えた生徒たちが床に座って悪戦苦闘していた。雨の音とひやりとした湿度が舞い込み、否が応でも季節の変化を感じさせる。強めの雨で外での魔法訓練ができないので、1・2年合同での魔力制御訓練と相成った。


「あら~? 学園長はお仕事ですの? ロンドルくんと、ドニクスくんも?」


 高い声にリンディが視線を上げれば、丸い物体がふわふわと浮いている。彼女も運動着姿だが、既製品にはないフリルがふんだんにあしらわれていた。基礎魔法学の担当教師、ポマットである。


「ポマット・ポマード。こいつらはもう終わったからな。二年生でも優秀な方だろう」

「循環法なら、リンディ先生にみっちり教わりましたから」


 リンディの言葉に応えてドニクスが眼鏡のずれを指で直し、柔らかく苦笑いを見せている。隣の高い位置にあるロンドルの頭が、静かに首肯していた。


(魔法を覚えた生徒に、体内の魔力の流れを理解させる循環法。効率がいいやり方ではないが、他に手段がないんだよねぇ……瞑想自体、慣れない子も多い)


 リンディは視線を滑らせる。そもそも床に座ってじっとすることが、まず思うより難しい。うまくいかず、指導教員の助言を受けている生徒が多かった。


(お……ラカルはペリーの教えを熱心に聞いてるねぇ。ペリー・ブラックシップは魔法初学者のつまづき全般に詳しい。良い指導になるだろう。プリムラムに教わると……あいつ、落ち着かないかもしれんし、丁度いい)


 なんとか集中している様子のラカルに、ペリーが何事かを囁いているようである。すぐ近くのウォルタードは落ち着きがもたないのか、たびたびプリムラムに教えを請うていた。リンディがにやにやしていると、視界の隅に丸い物体が割り込んできた。


「んー。二人とも手が空いてるなら、ちょっと手伝ってほしいのだけど~」

「指導補助なら時給出ますよね!? 行きます!」

「待て、ドニクス」

「ぐぇぇ」


 慌ててどこかへ走ろうとした眼鏡の少年を、ロンドルがその襟首を持って止めた。リンディは肩を竦め、顔を上げて授業担当教師に視線を向ける。


「ポマット。すぐ済ませる」

「ありがとうございます学園長~。そちらの二人は……完璧ねぇ?」

「ああ」


 ポマットの見る先に目を向け、リンディは少しの笑みを漏らした。アプリコットとユーラニアは、座禅を組んで目を閉じたままぴくりともしていない。


(書類仕事の合間に教えといたからねぇ。多属性は魔力の感覚を掴まないと、どうにもならない。だが一方で、魔法を覚える前からなんとなく魔力を理解し……魔道具を扱えたりする。これまでの実技指導が、実を結び始めたな)

「じゃあ二人とも。終わったら、あちらの二年生の方からよろしく~」


 そう言い残し、ポマットがふわふわと浮いて去っていく。リンディは先ごろ二人にもらった書類に、また目を落とした。


「前年度活動報告と、今年度活動申請は確かに。全部活、揃ったな」

「予算配分についても、おおよそ合意がとれています」

「渋ってるところはどこだ?」

「アメ研とファーマー部です」


 ドニクスの報告を受け、リンディは半笑いを浮かべる。


「アメイジング研究部はただのフリだ。予算全カットで。ファーマー部は、学園からの初期投資返済を引き合いに出せ。それで飲む」

「わかり……え、アメ研は全カットですか?」


 ドニクスが眼鏡の奥で、目を丸くした。隣のロンドルも、眉間にしわを寄せている。リンディは肩を竦めて見せた。


「奴らはきっちり自分らで稼いでる。あたしが把握してるから、問題ない。それでも請求してくるのは、交渉もせずに予算を通すザル会計がたまにいるからさ」

「お……っと。気を付けます」

(ま、アメ研がゴネてんのは、あたしの仕込みなんだが。若い生徒会会計は早いうちに育ってもらわないと、困るからねぇ。6年生まで……あと5年程度はやってもらわないといけない。基本はあたしがやるから支障は出ないが、手が欲しい時もある)


 リンディはまだ下級生の二人を、どこか悩ましげに見つめる。魔法学園は15から入学で、7年制である。中途で卒業資格を得ることも可能だが、何の事情もなければ7年みっちり学んでいく者が多い。


「学園長。アプリコットだが」

「なんだいロンドル」


 リンディは上を向いて、ロンドルに視線を合わせる。彼が眉間にしわを寄せているせいもあるが、どうにも睨み合うような格好になった。


「チェックを素通しすることがある。あまり注意が効かない気質か?」

「ちょ、ロンドル! もうちょっとまろやかに言おう、そういうのは」


 二人の言い様に、リンディは首を傾げる。


(ドニクスもそう感じてるってことだな? あたしはそんなふうに思ったことはないが……これはひょっとすると)


 リンディはアプリコットをちらりと見た。周りの言葉が耳に入っていない様子の彼女に、少しほほ笑みかける。


「ロンドル。本当にそれが原因か? 他に可能性があるものはないのか?」

「む…………彼女の見落としは、基本的なこと、なのだが」

(基本ね。()()()、か)


 二人の二年生に肩を竦めて見せ、リンディは口を開いた。


「あたしとあんたでも今、言葉に訛りの違いが出てる。あの子とあんたの基本は同じか? その確認は行ったか?」

「彼女が平民だから、違う、のか……?」

(いやあんただって平民――――じゃない。こいつゲーム情報では皇帝の隠し子で、しかも母はウォルタードの母親と親類だっけか……。養父母だけじゃなく、元貴族の実母にも教育を受けてて……その影響がある、ってことか)


 リンディは視線を下げ、首を弱く振った。


「ドニクスはどうだ。わかるか?」


 尋ねるとドニクスは、眼鏡の蔓に中指を押し当て、くわっと目を見開いた。


「大陸出なら、そもそも文化が違うってことですか? 学園長」

「そうだ。本土と大陸じゃ、平民でもまったく違う。あたしはそこの認識を合わせながら、アプリコットに仕事を任せてる。ロンドル、あんたはどうだ?」

「認識……常識が違うかもという、想定が必要なのか」


 腕を組んだロンドルの唸りが、高いところから聞こえる。リンディは少し笑い声を漏らした。


「そうだ。前提を疑え。さっきのアメイジング研究部だってそうだろう? 部活は予算が必要だっていう、先入観がなかったか?」

「あ」「おお」


 納得したようで、ロンドルは「先入観か」と小さく呟いている。


(ふふ、世話が焼ける。……ん? なぜユーラニアを見て)

「学園長。ユーラニア嬢は……ナイト国内で聞いていたのと、随分と様子が違った」


 リンディは、急に話題が飛んだことに鼻白む。


(あー……二人はドニクスに任せたが、ロンドルも気にして見てくれてる、ということか。……いや逆だな? アプリコットのことは、ドニクスも把握してた。報告を怠ってた相棒を、フォローしているのか。なるほど。じゃあ付き合ってやるか)


 それから寡黙な生徒の配慮に納得し、頷いた。


「ナイトではどういわれてたんだ? ユーラニアは」

「わがまま放題、贅を尽くす……悪役令嬢、だと」

(ゲームかよ)


 あんまりな評価に、リンディは思わず大きくため息を吐いた。


「あくまであたしの分析だが、そりゃただのやっかみだ」

「嫉妬の類だと?」


 リンディもまた腕を組み、その右手の人差し指を立てて見せる。


「エンタス公は幾度か会ってるが、娘のためなら何でもする男だ。その話に尾ひれ背びれがついてるんだろうよ」

「自分も、そうは聞いている。だから娘を甘やかし、横暴を許した……という話ではないのか?」


 前のめりに突っ込んで来るロンドルに対し、リンディは首を振って苦笑いを返した。


「違う。人のためになんでもできる奴は、人を甘やかしたりしない。甘やかすってことは、放任なんだ。むしろ何もしてないんだよ」

「違いがよくわからないが……」

「ご両親をよく、思い浮かべてみるがいい。ロンドル」


 長身の少年が、腕を組んだまま黙り込む。


(ゲームの情報を鵜呑みにするなら、こいつの実母は奔放で放任。そのくせロンドルに無理難題を吹っ掛けると言う。一方の義父母は血のつながりを越え、きちんと教育してくれたと。ロンドルの中で、そこの分別がついてるのなら……)

「…………理解できた。ありがとう、学園長」


 リンディが見上げると、ロンドルはどこか遠くを見ていた。


「いいってことよ。きちんと後輩たちを気にかけてくれていて、あたしは嬉しいねぇ」

「――――貴女にお喜びいただけたのなら、よかった」

(ん……?)


 リンディは妙なことを言われたような気がして、首を捻る。さらに眉根を寄せた。


「おい、ドニクスはどこだ?」



「プリムラムせんぱ……先生! お手伝いします! ついでにウォルタードくんも!」



 二人が声に振り向けば、ドニクスがウォルタードとプリムラムのところへ、突撃していくところだった。


「…………あいつ」

「ドニクス、まだプリムラムにほの字なのか。諦めが悪いな」

「自分も向かう。失礼する、学園長」

「ああ」


 長身の男子を見送り、リンディは肩を竦めた。


(個性的な奴らだ。まぁ攻略対象の好意がアプリコットに向かなくて、あたしとしちゃあ万々歳だが――――ん?)



「放任――――俺は、愛され、ては」

「…………ラカルくん。よければ、相談に乗りましょう」



 そんな声がかすかに耳に入り、リンディは視線を上げる。ロンドルが向かった近くにいる、ラカルとペリーのものだった。


(あー……さっきのあたしの話が耳に入ったか? ラカルのジジイ、パルガスはそりゃ甘やかすクチか。ペリーが気にかけてくれるようだし、任せておくとするかねぇ)


 ため息を吐き、リンディは自分の弟子たちに向き直る。彼女たちはいつの間にか、瞑想を終えて楽な姿勢をとっていた。


「ユーラニアさん、すごいねぇ」「アプリコットさんも。よく集中できるね? 私、二年になってもダメでさぁ」


 しかも人に囲まれているようである。何度トライしてもダメだった生徒たちが、暇を持て余したようだ。


「いえいえ、私なんてまだまだでー」

「またまたー」「ユーラニアさん、コツとかってあるの?」

「コツ、ですか?」


 じっと見ていたリンディと、ふと顔を上げたユーラニアの目が、合う。


(ユーラニアの先の集中ぶり。もし()()を言語化できれば……あるいは)


 リンディは口元を歪め、目を細めた。


「あんたの言葉で聞いてみたい、ユーラニア。魔力の流れとは、どんなものだ?」

「…………旅、です」


 リンディの問いかけに対し、ユーラニアがぽつりと漏らし、その赤い瞳を瞬かせる。リンディは大きく頷き、問いを重ねた。


「どんな旅だい?」

「小舟に乗ってるんです。明るい洞窟の中、河のようになってて。そこを小舟で、流されていくんです」

「それでも旅なのかい。自由が利かないようだが?」

「そうです、利かないんです。舵もない、船頭もいない。だから――――道を変えます」


 リンディが見守る中、銀髪赤目の少女は、じっとその手のひらを見つめた。その目は焦点が合っておらず、ずっと遠くを見ているようで。もっと細かいものを見ているようで。


「魔力は動かせません。魔力の通り道を変えるんです。力を抜いて、流れやすい道を作って。そうすると小舟が、正しく流れていきます」

「するとどうなる?」

「水がお湯に変わります。湯気が出て、流れも速くなる。そうするとさらに、道が開きます。流れるべき道が、少しずつ」

「小舟はどうなる?」

「どこかへ行きます。どこにでもあるような気がします。でもそうなるともう、流れにだけ意識が向いて。ああこれが、魔力なんだなって。わかるようになります」


 彼女の答えを聞き。リンディはにやり、と笑顔を見せた。


「そうか、わかったのかい」

「はい――――ぁ」


 顔を上げた赤い瞳が。

 リンディを見て、驚きに膨らんだ。

 アプリコットを見て――――。


「っ!?」


 彼女は、息を呑んだ。


「どうしたの? ユーラニア」


 アプリコットが心配そうに尋ねるものの、ユーラニアは目を合わせないまま首を振っている。


「いえ、なんでも……」


 リンディは二度頷き、二人を交互に見た。


(やはり〝観た〟のか。この子の魔力を……。ふふ。魔力は七年かかっても、見えるようにならない者が多いというのに。もう、か)


 視線を泳がせるユーラニアを、リンディは薄く笑って見つめた。


(新たな魔法使いを……早熟な魔女を。導いて、やらなくては)


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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