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01-12.恋する王子様。

 授業中はユーラニアとアプリコットに付きっ切りのため、リンディが学園長としての業務を行えるのは放課後からになる。とはいえ学園はきちんと組織化されており、彼女が行うべき雑務は最小化されていた。対外的なものはアンジー教頭が担当しているため、リンディの主な仕事は「学園の運営について頭を悩ますこと」である。

 目下の彼女の課題はもちろん、学園の存続――――すなわち数カ月後に迫った、乙女ゲームの破滅回避、だった。


(ユーラニアもアプリコットも、順調に成長してる。アプリコットは、あの巨大な魔力の制御に案の定苦労してるから、しばらくは足踏みだ。一方のユーラニアは、そろそろ二属性目に開花する……そうなると、後は早い)


 執務机で一人、リンディは両手を上げて背を伸ばし、行儀悪く伸びをする。


(乙女ゲームの破滅回避の方は……シリカ王国の内偵は順調。戦力増強の兆しは間違いない。把握しておいて、行動直前に潰す。理由は後で見繕えばいい。攻略対象との好感度の方は――――)


 今は空の二人の机を見て、リンディは目を細めた。


(ちっとも上がってない。アプリコットを気にしてたラカルは、先日の実習から身を引いているようだ。ウォルタード、ドニクス、ロンドルの三人は、そもそもアプリコットに興味がない。あとは、それとは別にユーラニアが断罪なんてされないように、しっかり注意しておかないと、だ)


 立ち上がり、リンディは腰を逸らす。いつものように室内を舞っていた紙が机の上に収まり、ペンが並んだ。


「ユーラニア、ラカル本人、あとはナイト帝国とシリカ王国の関係者は念のため注意……。だが本来のゲームなら、ユーラニアはアプリコットへの嫉妬で暴走し、測定会でも部活でも演習でも散々やらかした後。しかし現実のあの子は生徒会の仕事をそつなくこなし、評判も悪くない。ある意味、アプリコットの方が――――ん? 珍しいね。お入り」


 リンディは控えめなノック音に対し、入室を促した。扉が僅かに開き、赤い髪が覗く。


「ラカル。用があるならお言い。なんでも聞こう」

「む…………」


 音をたてずにゆっくりと少年が身を滑らせ、室内に入ると共に後ろ手で素早くドアを閉めた。その手に数枚の紙を持ったラカルはほんのりと頬が赤く、目が泳いでいる。


(なぜ照れる。男子の羞恥ポイントは、よくわからないねぇ……)


 思わず笑いそうになり、リンディはぐっとこらえた。刺激をしないよう、声柔らかに口を開く。


「あたしは見ての通り暇だ。焦らず、ゆっくりするといい」

「…………わからないところがあった」


 伏目がちのラカルが、おずおずと口を開いた。


(生徒会の仕事か。真面目にやってるじゃないか。できなきゃ人にも聞けるようで、感心感心。で、あたしのとこに来たのは……ああ、そうか)


 リンディは彼がわざわざ学園長室を尋ねてきた理由に、思い当たる。


「誰かに聞くにしても、ロンドルとドニクスは部活棟か。あんたも含めた四人は現場を回りながら仕事、と。で、その書類はひょっとしてペンスピン部の今年度活動申請かい? 7回目のやつかね」

「ロンドル――先輩にチェックを頼まれた。書類上不備はなさそうだが」

「だが?」


 リンディが尋ね返すと、少年はふっと息を吐き出した。僅かに、その表情が和らぐ。


「正直。イカれた連中の書く文は、理解できん」

「ペンスピン部のなら、違いない。だから何度も書き直しにさせてるんだしな。こっちに来るといい」


 リンディはひとしきり笑って見せ、机を周り込んで、窓を開ける。バルコニーに出て飲み物と菓子を招き寄せ、自分も席に着いた。やってきたラカルの手から魔法で書類を奪い取り、彼に着席を促す。紙に目をやったリンディを見届けたのか、ラカルはどこか緊張した様子で席についた。


「ひとしきりこちらで見てから、あんたに見方を教える。それまで、そいつをつまんでな」

「…………質問を、いいか」

「いつでも」

「これは、なんだ」


 ちらりと視線を上げると、ラカルはグラスの中身と皿の上のものをしげしげと見ていた。リンディはにやりと笑い、目を細める。


「年頃の紳士へのもてなしってやつさ。王侯貴族といえど、平民に人気のソーダとチップスの味を知らなきゃ、今後は統治もままならないからねぇ?」

「俺を担いでいるのか?」

「まさか。大陸じゃあ、市民……平民が政治の一端を担うようにすらなってきている。向こうと違ってこっち……本土じゃまだ早いがね。しかし、あんたらの頃にはどっかの国は、政変してるかもしれない。その前に、平民の動向を把握する足掛かりを、作っておかないと――――」


 リンディは薄く揚げた芋のスナックを一枚つまみ、口に放り込む。しばし口の中が、良い音を立てた。彼女は冷えたグラスの中身を喉に注ぎ込み、刺激を味わう。


「……ふぅ。とって食われちまう。平民だって魔法は使えるんだ。アプリコットのような例もある。王族の権威があれば安泰……なんて時代は、魔王が出た頃にもう終わったのさ」

「それは道理、か……んんっ!?」


 ソーダの刺激に驚きの声を上げ、ラカルがまじまじとグラスを見つめている。リンディは肩を震わせ、目を白黒させている彼の反応を楽しんだ。


「苦手かい? 飲みにくいなら、チップスを食べてから、静かに口に含むんだ。その油や塩気を押し流すようにな」


 ラカルが言われた通りに揚げ芋を食べ、そしてまた驚き、炭酸水を口に含んでまた目を見開いている。素直な少年の反応に、リンディは目を細めた。彼女はついっと宙を撫で、一冊の本を呼び寄せる。


「それで、ペンスピン部の申請書だが。こいつが読みにくいのは、専門用語が多いからだ。内容は問題ない。あんたも後学のために、この公式ガイドブックを読みながら、あとでもう一読してみるといい」

「公式……?」

「こいつは魔法使いの間じゃ、流行りの競技だ。オフェンスとディフェンスに分かれ、ペン状の棒を回しながら、相手方のゴールまで運ぶ。ペンの回転が止まったら攻守交替。シンプルでプレイしやすく、観客はペンじゃなくて選手同士のエキサイティングなぶつかり合いに沸き立つ。ジャスではプロリーグもある。が……イカれてるってのも、だいたい合ってる」

「そんな世界があるとは……」


 ラカルはチップスとソーダをまた口にし、自嘲気味にため息を吐いた。


「いや。俺が知らないだけか」

「ここに来るとみんなそう言う。王侯貴族でも、平民でもな。魔法の世界は広いだろう?」

「ああ……本当に、その通りだ」


 少年の穏やかな笑みを見て、リンディも頬が緩む。


(激昂してユーラニアに婚約破棄をし、魔法まで使ったのが随分前のことのようだ。なら……少しは笑い話に、できるかねぇ)


 リンディは資料をテーブルに置き、両肘を天板について手の甲にあごを少し乗せた。じっとラカルを見つめると、なぜか目を逸らされる。


「どうしたね」

「――――先日は、申し訳ないことをした」

(おっと。先に言われちまったよ)


 彼はしばし目を閉じてから向き直り、改めてリンディに向かって頭を下げた。リンディは数度目を瞬かせてから、ほっと息を吐いた。


「安くない頭を下げられちまったねぇ。ユーラニアには?」

「口頭で詫びた。こうした話題は禁止だというので、詳しくは話せてないが」

「そうか。じゃあ、あたしの方で預かろう。しかし……どういう心境の変化か、気になるところだねぇ? ラカル」


 少年はまた口元に自嘲を浮かべ、すぐに引き締めた。今度は真っ直ぐに、リンディを見つめる。


「敵わないと、そう思った」

(天狗の鼻は折れたってことか。あたしにプリムラム、アプリコット……ひょっとしたら、ユーラニアもだな。良い刺激になったようだ)


 リンディはぐっとソーダを飲み、グラスを手で弄ぶ。


「では逆に、なぜ衆目の前で婚約破棄などしたのか。振り返れるかい?」

「増長、していた。婚約は……祖父には、いつ破談してもいいと言われ、周りのことも考えず――――おっ」


 ラカルが慌てて口を塞ぐ、リンディはほほ笑んで、テーブルを指でなぞった。風が巻き、遠くの音が聞こえなくなる。


「言葉を狩りたいわけじゃない。諍いが起きないのなら、罰の対称ではないさ。ちゃんと規則に書いてある。それで?」

「……言わせるのか」

「アプリコットに惚れて、ユーラニアはとっとと自由にしようと思った、と?」

「…………そこまでは、考えてない」

(そこで目を逸らしちゃあ、口で言ってるようなものさね。不器用な坊やだ)


 リンディはもう一枚チップスを口にし、かみ砕く。静かな間が、しばし続き。


「今も狙ってるのかい? アプリコットは。あるいはユーラニアを?」

「まさか。婚約は、俺がきちんと誠意を尽くせるようになったら終わらせる。アプリコットにも、付きまとう気はない。あいつらは、口うるさい友人くらいが、ちょうどいい」

「おやまぁ。何があんたを、そんなに変えたっていうんだい?」


 想像もつかず、リンディは気怠げに少年を見つめる。なぜか彼は、頬を赤く染めた。


「――――絶対に、手に入らないものを見つけた」

「へぇ。それで?」

「その人は、俺を対等に見てくれる。おもねらず、甘やかさない。だから……手を伸ばしてみたく、なった」

(なんと。しかもその相手、ユーラニアやアプリコットではない、と? はて)


 リンディは椅子の背もたれに深く体を預け、腕を脚をゆっくりと組んだ。どうしてか顔まで背ける少年に、小首を傾げて見せる。


「時間が、ないかもしれない。わき目を振っている暇は……ない」

「それで真面目に働き、学ぼうと?」

「正直、どうすればいいのかは、わからない。だが」


 赤い顔の少年は。

 赤い瞳に。

 燃えるような光を、見せた。


「必要ならば、きっと国だって捧げて見せよう」

(なんだそりゃ。そんな傾国の女に惚れたってことかい? あー……)


 リンディは順番に数人の女性を思い浮かべ、最後にほくそ笑んだ。


(プリムラム、か。美人だし、ラカルはとても敵わない。絶対手に入らないってほどじゃなかろうが、まぁ言い寄られても頷かないだろう……王子や王の権力をもってしても。あの子も浮いた話の一つもないし、見守ってやるかねぇ)

「……大変馳走になった。そろそろ、仕事に戻りたい」

「ああ、日が暮れちまうね。悪かったよ」


 ラカルがぐっと一息にグラスの中身を飲み干し、目を白黒させて咽かけ、無理やり刺激を飲み込んでから立ち上がる。リンディは彼をじっと見つめ、笑いかけた。


「ほかに大事はないかい? 王族で側近や使用人と一緒の入学でない場合、寮で馴染みにくかったりもするが」

「…………学園長に心配をかけるほどでは、ない」

(ああ、こりゃダメなクチかねぇ。国内事情を鑑み、周りが委縮して、どうにもならないこともある。別寮への移動も含めて、少し気にしといてやるか。ブルー寮か、他に友達でもできればそちらか……)


 硬くなったラカルの表情を見て、リンディは目を伏せる。


「そうかい。また来るといい。質問でも、課題でも持って。次は甘いものでも用意しておこうか?」

「いや……」


 少年が立ち上がり、テーブルを見下ろす。リンディが見上げると、彼は柔らかな笑みを返した。


「また、これがいい」

「わかった」


 リンディは資料と冊子を手渡す。受け取ったラカルは一礼し、バルコニーを後にした。


(若いねぇ。今度こそ、その青い春……祝ってやろうじゃないか。あたしはそんなもの、とっくに忘れちまったが……)


 リンディは彼の消えた扉に向かってグラスを傾け、それから中身を飲み干す。


「ただいま戻りました、先生」

「ただいま園長ー! ――――あぁ! チップスとソーダ! 一人でずるい!」


 ノック音がし、ほどなく扉を開けて二人の弟子が入ってきた。すぐにアプリコットが、バルコニーに乗り込んでくる。


「学園長だ。あたしが自分で用意したもの飲み食いして、何が悪いんだい。アプリコットはいらないようだし、ユーラニア。一緒にどうだい?」

「いだだきます!」

「そんな!? 私だって食べたいです学園長様!」

「ちゃんと手拭きを使うんだよ、二人とも」

「はい」「やったぁ!」


 行儀よくテーブルに着く二人を、リンディは目を細めて眺めた。


(ラカルも問題ないとなると、いよいよもって順調で――――)


 その瞳の奥に、強く光を宿して。


(――――これは絶対、一波乱あるね)


 老学園長は、不敵な笑みを浮かべるのだった。


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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