01-10.学園長の美貌の秘密。
二人が生徒会に入り、忙しく活動を始めて数日。
入浴後。リンディは寮の廊下を歩く。
(授業の体験も終わり、科目選択も済んだ。しばらくは座学と実技を重ね、それから試験。成績が水準を満たした者から――――いよいよ神獣契約だな。最初は素体となる、魔物の捕獲からだが)
お仕着せのエプロンドレス姿の女性を従え、気の抜けたあくびをしながら、サロンに入った。
(二人のペースなら、試験前には魔法も2系統は使えているだろう。多重属性は最初が大変だが、一度できればあとは伸びがいい。ん?)
サロンでは、めいめい生徒たちがくつろいでいる。カードゲームに興じる者、宿題に取り掛かっている者、ただお茶を楽しむ者など様々だ。リンディの二人の生徒はと言うと、一人はテーブルに突っ伏し、一人は手紙を開いて難しい顔をしていた。
「アプリコットがぐったりしてんのは……授業選択が大変だったからか」
「そうなんですよもぉー園長ぉ! …………あれ?」
「あんた書類書くの苦手だねぇ。ユーラニア、それはご実家からの手紙かい? 見覚えのある封蝋だ」
「はい園長先生、そうで……へ?」
サロンの幾人かの生徒に手を振ってから、リンディは弟子たちのそばに腰かけた。ソファーに深く体を沈め、お気に入りのハーブティーをメイドが煎れるのを待つ。
「あたしは学園長だ。差し支えなければエンタス公の話は聞かせてほしいが……なんだい? 二人とも」
「わ」「わ!」
「わ?」
「「若い!?」」
二人の裏返った声が、天井高いサロンへ豊かに響いた。いくらか、楽しげな笑い声が静かに追随する。リンディは長く艶やかな黒髪の湿気をタオルに吸い込ませつつ、面倒くさそうにため息を吐いた。
「化粧と、髪に塗ってる墨を落としたんだよ」
「は、え、お化粧と墨? なんでそんなこと……?」
「そもそも先生、どうして寮のサロンに」
サイドテーブルに置かれたティーカップをソーサーごと持ち、リンディは香りを楽しんだ。視線を上げ、息を零すように言葉を紡ぐ。
「まず。このブルー寮は、あたしの住居を改装して建てたものだ。はぐれ者の生徒が主だが、教師も住んでるのは知ってるだろう?」
「それは」「まぁ」
魔法学園ジェンティアンブルーには、四つの寮が建っている。ナイト寮、シリカ寮、ジャス寮と、国ごとのものが三つ。各国に所属しない者や、事情のある生徒が最後のブルー寮に入る。
「当然あたしも住んでる。で、あんたらもそろそろここに慣れてきただろうし、直に寮内で鉢合わせるかと思ってねぇ。自ら正体を明かしに来たという次第さ。ああ当然だが、外であたしのことをばらすんじゃないよ?」
「それはいいけど」「どういう、ことなのでしょう……」
リンディはハーブティーを一口含み、飲み下す。どこか苦みを覚え、口元を歪めた。
「あたしは、年を取らないのさ」
ちらりと顔を上げれば、二人が視線を交わしていた。ユーラニアに見られ、アプリコットは首を振っている。
「まだ詳しいことはわかってないが……魔力には、特性と呼ぶべきものがある」
「「特性?」」
「ああ。こいつは特に、神獣との契約を通してはっきりしていく傾向が強い。魔法だけだとわからないんだ。で、あたしの特性は不老不死……いや、〝不滅〟だねぇ」
リンディは、飲み切ったお茶のカップをサイドテーブルに置いた。
「魔王を倒した頃から、年をとっていない。けどそれじゃああまりに不審だから、化粧とかで年を誤魔化してんのさ。けどねぇ」
自らの手の甲を掲げ、リンディは二人に見せた。
「きれいなもんだろう? 水仕事しようとも、鍛錬しようとも、ちっとも荒れやしない。年取って見せんのも限度があるから、30代くらいに見えるようにしてる。婆の見た目にするには、ちと骨が折れるのさ」
「はぁー……先生、ちょっと触って良い?」
「アプリコットぉ!? また淑女吊りにされますよ!?」
瞳を潤ませたアプリコットが、熱に浮かされたように言葉を吐き出した。隣のユーラニアが、淑女がするには少々よろしくない顔で、彼女を咎めている。リンディはくつくつと笑い、ほほ笑んで見せた。
「構わないよ?」
「やった!」「えぇ!?」
ぱたぱたと室内履きの音を立てながら、素早くアプリコットが近寄ってきた。リンディはひとまず、手を差し出す。アプリコットが恭しくその手を握り、指でゆっくりとなぞり出した。
「すべすべ……私よりずっときれいだよ……」
「そりゃあ、あんたより60年はしっかりお手入れしてんだ。多少は磨きがかかってるさ。好きにお触り」
「え、え? じゃあほっぺも……」
「なんて破廉恥うらやまけしからんことを!? 吊りますよアプリコット!」
ふにふにと頬をつつかれながら、リンディはつい噴き出す。肩を震わせてから、頭を抱えて目を見開いているユーラニアを手招きした。
「あんたもおいで。女の肌は、見られたり触られたりした方が、より輝く。手伝っておくれ」
「はいよろこんでー!」
誘いかけると一転して、不審な歩き方でユーラニアが近づいてくる。髪や肩を撫でだしたので、リンディはしばしなるように任せた。
「おっと、そうだ。それでユーラニア。お父上は何か? この時期に早速手紙なんて」
サイドテーブルに置きっぱなしの手紙に目が付き、リンディはユーラニアに声をかける。
「大したことでは、ないんです……近況の確認とか、それくらいで」
「ほぅ? 中身を見ても?」
「はい、どうぞ」
返答を受け、リンディは宙を指でなぞった。手元に紙が引き寄せられる。
(…………確かに近況確認と連絡だが。何か、変だねぇ。子どもへというより、部下に出す指令書か何かのようだ――――指令書?)
リンディは紙の表と裏を見た上で、封筒も呼び寄せた。すべてをしっかりと見つめ……文字を少しだけ、なぞる。
(…………これは。返信用の便箋まで入ってる)
リンディは便箋を折りたたみ、封筒に丁寧に戻した。
「ユーラニア。中身を読み終わったなら、これは預かっても? 返事を書くなら、その時には見せる」
「へ? あ、はい。じゃあお返事は、学園長室で書かせていただきます。でも、何にご入用で?」
「すまないねぇ。うちは政治の話は禁止だろう? それを通すためにも、結構各国とは政治的なお話をちゃんとさせていただいてるのさ。学園に持ち込ませないようにね。そういうときの、話のタネにするんだよ。娘のあんたを預かってるのに、エンタス公にお会いしたとき、何を気にされてるのかあたしが知らなかったら恥をかいちまう」
「そういうことでしたら」
すらーっと述べたリンディの言い訳を、ユーラニアはそのまま聞き入れてくれた。リンディは手紙をメイドに差し出す。
「プリムラム。いつものように」
「はい、リンディ様」
手紙を受け取った桃色髪のメイドは、礼をとって静かに下がっていった。
「今のプリムラム先生だー!?」
「本当ですなんでー!?」
(いまさら気づいたのかい)
リンディは苦笑いを浮かべ、また二人の手にわしゃわしゃと撫でられるに任せる。
(杞憂だといいが……ゲームで無鉄砲にも見えた悪役令嬢ユーラニアの態度に、少し繋がりそうなんだよねぇ)




