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海賊島の墓標  作者: 西季幽司
第二幕「五主島の黄鶴楼」
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柴崎高尚の証言(五)①

 島から逃げ出す方法なんて無い。聞いていない。水谷だって知らなかったはずだ。日野はそう繰り返した。だが、実際に水谷が居なくなった以上、白々しく聞こえた。こうなった以上、迎えの船が来るまで、自分の身は自分自身で守るしかない。

 迎えの船で思い出した。

「日野さん。亜由美の部屋のドアをマスターキイで開けてもらえませんか? あいつに荷物を預けていたので、それを回収したいのですけど」と日野に頼んだ。

「兄ちゃん。どさくさに紛れて金品を盗み取ろうっていうんじゃねえよな?」

 日野の指摘は図星だった。亜由美は結構な現金を持って来ていた。島を抜け出せば金が必要になる。俺は一文無しだ。あの金がいる。そう思った。

 部屋に水谷がいるかもしれないと言ってみたら、まあ、部屋の様子を見てみようかという話になった。

 じゃらじゃらとマスターキイを鳴らしながら日野が部屋を出た。俺たちは日野の後に続いた。

 日野に亜由美の部屋のドアを開けてもらった。

 部屋に殺人鬼が潜んでいるかもしれない。日野に先に部屋に入ってもらいたかったが、どうぞと道を譲られた。日野も誰か潜んでいると嫌だと思ったようだ。にたにた笑いながら俺の顔を見ていた。

 仕方ない。警戒しながら中に入った。

 水谷が犯人ではないとは言い切れない。水谷であればマスターキイが無くても部屋に出入りが出来るのではないか、そう思った。事務室に予備の鍵があったのかもしれない。長谷川を殺害し、亜由美の部屋に隠れている。そんな気がした。

 部屋の中は片付いていた。あの重たかったスーツケースは開かれることなく部屋の隅に置かれてあった。黄鶴楼について直ぐに外に連れ出したので荷解きをしている暇がなかったのだろう。窓のカーテンも開いたままだった。

 ゆっくりと部屋を見て回った。あまりにのんびりしていたものだから「おいおい、兄ちゃん。そんなにビビるな。こっちは三人もいるんだ。いざとなれば助けてやるよ」と背後から日野に冷やかされた。

 バス・トイレまで見て回ったが誰もいなかった。

「どうだい? 誰かいたかい?」

「いえ。誰もいません」

 そんな会話を日野と交わしていると「あの男、水谷が犯人なのさ。女を塔から突き落とし、それを見た長谷川を殺した。そして、俺たちの知らない方法で島から出て行った」と村田がぶつぶつ言っていた。

「あんたもしつこいねえ~言っただろう。この島から出る方法なんてないって」日野が呆れた。

 亜由美のバッグが窓際の机の上に置いてあった。貴重品はバッグの中のはずだ。

 窓際まで歩いて行き、外を眺める振りをしながらバッグの中身を伺おうと思った。窓から外を伺うと異様なものが視界に飛び込んできた。

 思わず、あっ! と声を上げてしまった。

「どうした? 兄ちゃん」と日野が声をかけてきた。

 何を見たのかって。

 亜由美の部屋は東側の角部屋だ。窓から豊後水道の絶景の他に、真下に玄関の庇と丸池が見える。俺の部屋からも丸池は見えるがカーテンを閉じていたし、日野にたたき起こされるまで寝ていたので景色を眺めている暇がなかった。

 村田の部屋からは玄関の庇が邪魔で丸池は見えないかもしれない。

 はは。焦らすのはこれくらいにしておくか。眼下に見える丸池の底に黒い影が見えた。水面下に、人らしき影が寝ているのが見えた。男だろう。丸池の底に仰向けに男が横たわっていた。

 どうしたんだ。兄ちゃんって日野が近づいてきた。

 あれと指をさす。日野は目を細めて俺の指さす方を暫く見つめていた。そして、「水谷・・・さん」と呻いた。

 丸池の底に横になっている人物は水谷だった。それはそうだろう。黄鶴楼にいる男の中で、ここにいないのは水谷だけだ。

 何だ? 何だ! と村田が窓辺に駆け寄って来た。

 眼下の丸池を見て、「あれ、水谷か⁉ なんであいつ、あんなところで死んでるんだ」と嬉しそうに言いやがった。

 日野がじろりと村田を睨むと「池に降りる。ついてこい」と俺たちに命令した。有無を言わせない迫力があった。力関係は日野が上だ。亜由美のバッグが気になったが、日野について行くしかなかった。

 階段を駆け降りて玄関に向かった。

 玄関を出ると左手に丸池がある。丸池を覗き込んだ。水谷は丸池の底に長々と横たわり、目を見開いたまま沈んでいた。長い髪が海藻のように水中で広がっていた。

 日野がざぶざぶと丸池に足を踏み入れた。水深は膝程度しかない。人が溺れるには浅すぎた。事故のはずはない。殺されたのだ。殺されて池に放り込まれた。そうに違いなかった。

「おい、兄ちゃん。手を貸せ」と日野が俺に向かって言った。

 正直、死体なんて見たくもなかったし、触るなんて真っ平ゴメンだった。だが、日野には逆らえない。ざぶんと丸池に踏み込んだ。

 間近で水谷の死体を見て、また驚いた。

 何故かって? 水谷はシャツにズボンというラフな格好だったが、まるで似合わない前掛けをしていたからだよ。そして、前掛けには;


――不妄語戒


 と書かれていた。やはり水谷は殺されたのだ。亜由美は長谷川と同じように、死んでから前掛けを着せられた。どうだい? あんただってそう思うだろう?

 だけど、日野は前掛けに感心を示さなかった。水谷の体を抱え起こすと、「兄ちゃん、ちょっと体を支えていてくれ」と言って脈を取った。

「ダメだな」

「どうします?」

「後で警察の世話にならなきゃならない。可愛そうだが、このままにしておこう」

「そうですね」

 そんなこと話したな。殺人事件となると、鑑識とかが証拠を採取して回るはずだ。それくらい俺でも知っている。俺たちは水谷の遺体をゆっくりと池の中に戻した。ぶくぶくと遺体が沈んで行き、黒い頭髪が、また藻のように水面に広がった。

 これで三人が亡くなった。残されたのは俺、日野、村田の三人だ。殺人鬼が島に隠れ住んでいない限り、日野と村田のどちらかが犯人ということになる。

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