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ざらめ・ロワイアル 〜推しVTuberと地獄のファンミーティング〜【テスト投稿】

作者: 眠れる寝具


 1年半前、大手VTuber事務所「みにらあじ」所属、チャンネル登録者数50万人を誇る有名VTuber「鈴乃音りん」の中の人、「夕張みくり」が、凶器を持ったファンに襲われ、まもなくして表舞台から姿を消した。突然の引退にファンは混乱したが、その半年後、彼女はひっそりと2.5次元個人勢VTuber「わたぬき ざらめ」として転生し、そこから今日に至る約1年、何事もなかったかのように毎夜配信活動を行い、ついに先日、チャンネル登録者数25万人を達成した……。



*****



「こんわたわたぬき〜。本日はですね、皆さまと、〇し合い!やっていきたいと思います。」


 真っ暗で、どこまで続いてるのかも知れぬだだっ広い密室の会場を、天井から吊られた大きなモニターの光だけが煌煌と照らす。そのモニターは、4方向に計4画面あり、その画面の全てに、VTuber・「わたぬき ざらめ」のかわいい上半身のLive2Dが、迫りくるかのように映っている。


 そんな会場に、俺はいた。そんなバカな。俺はさっきまで、自宅の学習机に座り、明日の1限提出の大学の課題をしながら、深夜のざらめ配信を見ていたはずだ。俺だけではない。会場に数えられないほどいる誰もが、この見たことのない光景に動揺しているようだった。


「よう、俺くん。」


 隣を見ると、そこには俺と一緒に1年ざらめを推してきた同性のリア友、ユウジがいた。


「ユウジ、これって…」

「ついに始まってしまったみたいだな。リスナーとリスナーが血で血を洗う争い、『ざらめ・ロワイアル』が。」


 〇し合い……それは、狂気に満ちた語句ではあるが、俺はこの状況を、妙に理解していた。


 ざらめは、血が大好きだ。合言葉は、「みんな・消える」。好戦的で、ゲーム配信ではいつも、強敵に何度負けても執念で追い詰め、最後には残酷なまでにいたぶり尽くす。また、幼少期から祖母にホラー映画をたくさん見せられたせいで、常人の「恐怖」という感情を、ずっと昔に捨ててしまったらしい。あまりにも人離れした存在ゆえに、自分が人間なのか、悩むこともあるそうだが、先日、チャンネル登録者数が25万人を突破したのも、かわいい容姿に潜むそんな狂気がオタクに受けたからである。


「わかった、わかったよ。確かにざらめならデスゲームだって大好きだろう。でも、それをファンに強いるか?ファンには絶えず笑顔なざらめだぜ?」


 俺はこの状況に合点がいかない。そんな中、俺と同じくここに召喚されたリスナーと思われる人々が、視線をモニターに向け、次々とざらめに言葉を投げかける。


「え、〇し合い?それ、じゃんけん大会のことだよね?そうだよね?」

「知ってる知ってる、最初にチョキ出すんでしょ?」

「違います。足元を見て下さい!」


 そうざらめに言われ足元を見ると、床の上には「福袋」と書かれた鞄が置かれている。開けると、いつしかの配信で見た気がする形をした刀が出てきた。少し触ってみた。偽物じゃない。これは、人を〇すための、本物の、武器、である。


 皆同じ武器なのだろうか。そこで、ふとユウジの武器を見ると、なんと手にしていたのは、「ほうれん草」であった。なぜこんなものが、と思っていたが、そう言えば、ざらめはかつて、ほうれん草を食べてお腹をひどく壊したことがあるらしい。いつしかの雑談配信で語っていた。なるほど、ざらめにとってこれは人を〇める道具なのだろう。しかし実際、目の前のそれは、どう見ても、何の変哲もないほうれん草だ。


「おいユウジ…お前それ……。」

「……くそっ、こんなので、どうやって戦えというんだ!」


 ユウジは絶望しているようだ。いや、刀を手にする俺だって、決して嬉しい気持ちにはなれない。


 会場に集まった全員が武器の確認を終えると、それを見届けたざらめがまた口を開く。


「それが皆さんの武器です。この武闘会、皆さまで楽しく〇し合って下さい!」


 そう口にするざらめに、リスナーは不安げである。


「ねえどうしてこんなことするの?ここから出してよざらめちゃん!」

「こんなこと、あの人……お姉さんが許さないと思うよ?」


 リスナーの1人が忠告する。しかし、ざらめはその忠告に動揺1つせず、こう返した。


「大丈夫。姉ならもう『抹殺』しておきましたので。」


「抹殺……?」

「きゃーーーーーーー!!!!」


 そのとき、誰かが叫んだ。


「お、お、お姉さんが、落ちている!!!」 

「何だって!!??」


 俺は人々の群がるところまで行き、確認した。確かに、そこにざらめの「お姉さん」としていつだかの配信で紹介された、ピンクの人形が落ちている。お姉さんは、口にたくさんの牛肉を突っ込まれ、気絶していた。これはひどい。実に非道だ。お姉さんは菜食主義者であるというのに。


「…なんてことを……。」


 そして、再びざらめが喋りだした。


「なんでこんなことするのかというとですね?皆さんも、いつも安全なところから私の戦いを見ているだけなんてつまらないだろう、と思ったからです。皆さんだって戦いたいですよね?これは、私のできる最大のファンサービスなのです!」

「ガワなんか被っちゃって、一番安全なところで何を言っているんだ!!」


 誰かが強めの口調で口走る。


「ガワ?なんのことでしょう。あ、ちなみに私の中身なら『そっち』にいます。」

「!?」

「どこだ!」

「あいつだ。」


 俺は、皆が向く方を見る。彼女は、そこにいた。


 その可愛らしい女性は、ざらめグッズのTシャツの上にお気に入りのサメパーカーを羽織り、真っ赤なチェンソーを持っていた。そして何より、輝かせたその目には、ざらめのイラストと同じく、とてつもない力を宿している。


 これが、みくりさんなんだ……。


「うむ……確かにあいつはざらめの中の人、『夕張みくり』だ。」

「チェンソー使いか……。」

「みくりさんはバトロワを恐れて修学旅行にも行けなかったはず。それなのになぜ……。」


 そう、ガワのざらめの見せる狂気とは裏腹に、ざらめの中の人である夕張みくりは人間であり、「恐怖」という感情を知っている。なぜそういい切れるかというと、彼女は前世のVTuber「鈴乃音りん」を辞めるとき、その最期に「ファンに襲われ、命の危険を感じたため」と語ったからだ。恐怖を知っていなければ、彼女は引退なんかしなかったはずだ。


「そう、……みくりさんは恐怖を知ってるから、人なんか〇せないはずだ。ユウジ、俺はみくりを信じるよ。」

「そうだな。みくりさんには人の心がある。狂気を売りにしているざらめとは違うんだ。今はみくりさんとの初リアル対面を楽しもうぜ。」


 俺たち含め、リスナーは皆、初めて目にしたみくり本人に挨拶しようと、彼女の方へ駆け寄る。すると、彼女は「バレてしまった」とばかりに逆に彼女からこちらの方へゆっくりと近づいていきた。そして、リスナーたちが彼女の前に来たとき、彼女は言い放った。


「いただきます!」


 その瞬間、チェンソーはブゥンと音を立てて動き出し、一振りで3人を斬った。


 宙を舞う血しぶき。その血しぶき越しに俺が仰ぎ見たモニター上のざらめは、ニッコニコで体を左右にリズムよく振っている。実に楽しそうだ。


 しかし、今はざらめに気を取られている場合ではない。恐怖は俺のすぐ側にある。


「一度に3人も〇っただと!?」

「そんな、あの優しいみくりさんが人を襲うなんて!」


 あり得ない、と誰もが思い混乱していると、ユウジは口を開いた。


「俺、わかっちゃったかもしれない。」


「何。」俺は聞く。


「実はみくりさんは、俺たちリスナーのことが嫌いだったんだ!前世の『鈴乃音りん』のとき、ファンに襲われてひどい目にあったから……!!」


 みくりは、実は俺たちのことが嫌いだった?そんなはずはない!だって、いつだって俺たちは、配信で仲良く語り合ってきたじゃないか!


「みくりさんが俺たちを嫌ってるはずはない!」

「じゃあ聞くけど、それならなぜ、今日までの1年間、みくりさんはリアルイベントを頑なにしなかったんだ?需要があるのにやらなかった。それは、ファンに襲われたときのトラウマがあるからじゃないのか?わかるだろ、みくりさんは俺らをまだ許してないんだよ!」


 ユウジに指摘され、反論もできず、俺は黙ってしまった。


 俺はその場に倒れ込んだ犠牲者3人を見たあと、再びみくりを見る。どんな気持ちでこれを成し得たのだろうか。何かの間違いであってほしい。しかし、願いも虚しく、彼女はあっさりとこう言い放った。


「3人斬っても大丈夫!あと24万9千人?25万人?いる!」


 これを聞いて、俺たち確信した。──このみくり、正気ではない。


「……終わった…これで俺たちはおしまいだ……今日、俺たちはリアルに『みんな・消える』されるんだ……!!」


 俺は頭を抱え、その場でうずくまってしまった。


 それを見たユウジが、優しく俺の手を取り、こう言った。


「そんなこと、俺がさせない。一緒にこの会場からの出口を探そう。そして、みくりさんとも、平和的に話し合おう。これからも一緒に、ざらめとみくりを応援したいだろ?」


 その言葉に、俺ははっとした。


「……その通りだよユウジ。そうだな、こんなところで諦めてはいけない。俺は2人から何を学んできたんだ?100回転んでも、101回起き上がること。1%の成功率でも、それが100%になるまで挑戦を止めない、その心だろ!!」


「その通りだ俺くん、生きて、必ず一緒にここを出ような!」


 俺は立ち上がった。恐怖なんてものは、メンタル次第でどうにでもなるものと悟った。さあ、何だって来い。最後に笑うのは、俺だ!!そう考えることで、俺は、目の前で起きることに意識を集中させていった。


 そして、再びみくりが歩き始める。次の犠牲者を選ぶ、まさに神の一步だ。会場に緊張が走る。次は、誰だ。誰しもが、彼女の歩く姿に釘付けになり、彼女だけをじっっと見つめた。


 ところで、よくよく彼女を見ると、目が赤く光っている。まるで、失敗したカラコンのように。これが、彼女をそうさせているのか?そうか、そうだったんだ。


「……俺も、わかっちゃったかもしれない。」


 ……と、俺がつぶやいたそのとき、会場中のスピーカーが、「ブー」というけたたましい音を立てて鳴り始めた。


「今度はなんだ!!」

「どうして!?体が勝手に…!!」


 気づけば俺は、手にした刀の切っ先をユウジの方へ向けていた。ユウジもまた、ほうれん草の葉を、こちらへ向けている。


「違うんだユウジ、これは……。」

「安心しろ、俺もだ。どうやらこれはざらめの仕業らしい。見ろ、ざらめの目が光っている。俺も初めて見たが、この目になると、ざらめは不可視光線によって人を操ることができるらしい。」

「俺、このままユウジを斬ったらどうしよう。」

「大丈夫、理性だ。理性でこの力は抑えることができる!」


 そうユウジに言われ、俺は左脳をフル回転させると、この溢れ出る闘争本能をありったけの理性で抑えることに成功した。


「それよりおい、目を離すな!!みくりさんがまたこっちに来てるぞ!!」

「ワアッ!!!」


 みくりがタタタタと足音をたてて走って来る。俺はとっさに目をつぶり、身構えた。


「……!!」


ダダダダダダ……!


 しかし、いつまでたってもこちらにこない。それどころか、足音は消えた。みくりは俺のところに来る前に立ちどまってしまったようだ。


「……。」


 俺は静かに目を開け、みくりを見る。気がつくと、みくりは赤い目が解かれ、いつもの目をしたみくりに戻っていた。と同時に、彼女はこんなことを口にした。


「あ、チェキ!チェキ撮るの忘れてた!」


 俺たちは、キョトンとした。なんだ、この急な『ゆるっと』感は。そうだ、確かにチェンソーを持ったみくりは貴重だ。もちろん、その姿を収めたチェキも欲しいに決まっている。……しかしまあ、こうも急に彼女が自我を取り戻すと、それはそれで怖いところがある。ふと上のモニターを見ると、さっきまで笑っていたざらめが、目をまんまるにし、口を開けて固まっていた。──まるで、魂が抜けたかのように。


 みくりは、パーカーのポケットからチェキ用のカメラを取り出し、レンズを自分に向けて構えた。


「撮りま〜す。ハイ、チーズ。」


カシャ

ウイーン…


「ぶれてる!」


 俺たちがよく知る、いつものみくりがそこにはいた。


「もう一枚!」


カシャ

カシャ

カシャ

カシャ

ウイーン…


「できました~。」


 結局、カメラに入っていた5枚のフィルムのうち、4枚は無駄になったようだ。これもまあ通常運転と言えるだろう。


「らくがきをします。」


 パーカーのポケットから今度はペンを取り出したみくりは、そのぶれてない1枚のチェキにらくがきを始めた。


 キュッキュッキュッと、ペン先がチェキの上を走る柔らかい音が聞こえてくる。そして、なかなかかき終わらない。どうやらいつもより丁寧に、想いを込めてかいているようだった。


「かけた!」


「あっ!」


 みくりは手を滑らせた。らくがきを終えたその世界でたった1枚のチェキは、くるくると回転して、ボトンと床に落ちた。


 俺はそのとき、そのチェキだけを見つめていた。しかし、その隣でユウジが言う。


「このデスゲームに勝ち残った者はこのチェキが手に入るということか。しかし、なあ俺くん、そんなことする必要はねえ。ほら、みくりさんが大人しくしてる間に、俺と一緒に……」


ザシュ


 俺の隣で、ユウジの血しぶきが舞う。

 俺の服は、返り血でいっぱいだ。


 ユウジを〇ったのは、みくりではない、俺である。

 理性を抑えるのを止めた俺が、速攻でユウジを斬り捨てたのだ。


「すまんな……俺にはお前を〇る理由ができてしまった……。」


 ユウジは、そのまま息絶えた。


 気づくと、モニター上のざらめは、再びニパッと笑って、楽しそうに体を左右へ傾けていた。


 そして、リスナーたちは、本気で〇し合いを始めた。みくりがらくがきをした1枚のチェキを求めて。そこからは、本当に地獄であった。正確なことは分からないが、この会場に本当に25万人がいたとして、おそらく1分間に1万人のペースで人が〇んでいったのではないだろうか。気がつくと、みくりもいつの間にか赤い目の状態に戻っており、彼女も常に次なる犠牲者求め、走り続けていた。


 〇者は1万人、2万人と増え、やがて会場は足の踏み場もないほどの屍が転がり始める。俺も、たくさんの人を〇った。俺は刀の扱い方など知らないが、ざらめのプレイしたゲームの刀さばきを思い出すことで、常に適切な動きを取ることができた。


「ふう。」


 おそらく10分が経過した頃だっただろうか。俺は周囲にいた人たちをおおかた〇り去り、一息つく。


 そのときだった。


「おはようございます!」


 背後から俺が一番好きな人の声が聞こえ、俺の身体に激痛が走る。俺は反射的に振り返った。俺を〇った犯人が、そこにいる。女性だ。それは分かったのだが、一体俺にこんなことをする女性とは、誰なのだろう。俺にはなんとなく、その女性はみくりに見えたが、きっと偽物だ。そうに違いない。俺を〇った彼女が、俺の愛するみくりであって欲しくないと強く願った。そこにいるのは、誰だ。しかし、その真相を確かめる前に、俺を〇った女性は走り去っていってしまった。


 俺のはらわたに穴が空いた。蛇口をひねったシャワーのように、ババッと血が漏れていく。痛いだとか、そんなレベルではない。体は感覚を一時的に失い、一瞬で立っていることが困難になり、ドサッと床に倒れ込んだ。

 血は、流れ続ける。俺がまだ見たことない、俺の鮮血だ。


 ああ、俺は本当に、終わるのだ。まだ手にしていないものが、この会場にあるというのに。



 ……そのときだった。俺は何も見えなくなった。それは、俺の目の問題ではない。会場から光源が消えたのだ。どうやら、会場を煌々と照らしていたモニターの画面が消えたらしい。そのモニターに映っていたざらめも、もちろんいなくなった。


 俺は冷静に考えた。──きっと、みくりの飼い猫のムムかモモ……おそらくムムが、そのモニターのコンセントを抜いたのだろう。


 そして誰かが、こう告げた。

「おい皆、今なら武器を捨てられるぞ!」

「皆武器を捨てるんだ!」

「出口が開いた!」

「今のうちに逃げろ!」


 その途端、生存者の誰しもが武器を捨て、一斉に光の射す会場の出口をめがけて走り出した。しかし、俺の体はもう思うように動かない。倒れ込んだままの俺。床にぴったりと張り付いたままの俺は、皆の走りによる床の振動を、手の先から足の先、そして穴の空いたはらわたに至るまで、体中で感じていた。


 ……そして、沈黙が訪れる。物音一つない、まさに無音。会場に残されたのは、25万個の武器と、たくさんの死体と、そして俺。


 みくりもここから脱出したらしい。誰もいなくなった真っ暗な室内で、俺だけがただ1人、最後の力を振り絞り、めいいっぱい手を伸ばす。見えたのだ。……チェキが、あのチェキが落ちているのだ。遠くの方に。俺は全身に痛みを感じ、はらわたから血を流しながらも、床に転がる屍を避けながら、這って、這って、なんとかチェキのあるところまでたどり着く。そしてようやく掴んだそのチェキを、俺は震えた手で、己の心臓の近くまで引き寄せる。


 チェキを、見た。そのチェキに写るみくりは、期待通り最高に美しい。それはもちろん一目で分かることだ。が、俺はチェキを二度見し、衝撃を受けた。


……らくがき、していないじゃないか!


 いや、そんなはずはない。間違いなく俺はこの目で見た、彼女が熱心にこのチェキにらくがきする姿を。そう思って、ふとチェキの裏を見てみると、やはりこちらの面にらくがきがあった。


 らくがきにはこう書かれていた。


『25万人のリスナーの皆さま、いつも応援ありがとうございます!!本日も楽しんでいただけましたか?これからも皆さまとともに、末永く楽しい時間を共有できたら、私も幸せに思います!!!』


 そうだ、俺はこのチェキ『が』欲しくて戦ったわけじゃない。このチェキ『も』欲しくて戦ったのだ。俺は、彼女の与えてくれるものなら、全て手に入れなければ気がすまない。だって、俺はいつだって本気で推し活をしてきたのだから。生きて、生き残って、配信を全部見て、グッズも全部手に入れて、イベントにも絶対に参加して、これからもみくりとざらめを最前線で応援したい。その気持ちこそが、俺をここまで戦わせていたんだ。ましてや、俺の前において『ざらめの光線が俺を戦わせていた』なんていうのは、ただの都合のよい言い訳にしかならなかった。


 俺は、震えた声でこう言った。


「……これでチェキは俺のものだ。絶対にだ。絶対に手放したりなどするものか……。」


 俺はもう意識も朦朧としていた。手に力も入らない。それでも「最期に、」と再びチェキを表にし、チェキに写ったみくりをまじまじと見る。と、そのとき、俺はそのみくりの背後に、俺が小さく写り込んでいるのに気づいた。そして、その隣には、俺の友人がいた。



 この男はユウジ。彼は1年ほど前、俺に、みくりがVTuber「わたぬき ざらめ」のチャンネルを開設したことを教えてくれた、まさに命の恩人であった。彼とはあの日、こんな会話をしたことを覚えている。


「俺くん、あの日々が戻ってくるぞ!これでもう、夜が寂しくて泣くことなんてなくなるな!」

「ユウジ……。ありがとう……。」

「どうした?お前。もっと喜べよ。こんなに嬉しい日があるか?ねえよなあ?」

「……なあ、ユウジ。」

「おん?」

「……俺、推すっていう行為が怖いんだ。だって、推しっていうものは、それこそこれまで推してきた『鈴乃音りん』のように、いつか突然、自分の前から消えちゃうんだって知ってしまったから……。」

「おいおい、俺くん。お前つまんねー奴だな。」

「え?」

「お前はそんな懸念のために、これから始まる楽しい日々を無かったことにするのか?それはもったいない。後で後悔しても知らないぞ?なあ俺くん、この言葉を知ってるか?推しは推せるときに……」

「推せ。」

「そうだ。だからさ、推そうぜ?一緒に。それでももしこの決断を後悔することがあったら、そのときはこのユウジが……」

「ユウジが…?」

「……このユウジが、お前の悲しみを、一手に引き受けてやるぜ!!!」


 ……そんな彼は、もういない。俺が〇めてしまった。気づけば、俺は泣いていた。どうして?俺はここ1年、あの日から1度だって、涙を流し、悲しむようなことはなかったのに。


「ごめん……ユウジ、本当にごめん……。」


 こぼれ落ちた涙の一滴はチェキの上に落ち、その水滴はじんわりとフィルムに広がり、そして……



 己の意識とともに消えた。



*****



「お猫様たちにご飯あげてきました〜。」



 今朝も、大好きな、あの人の声がする。


 気が付くと、そこは自宅であった。そして、俺は机に手のひらを付き、体は椅子に座っている。目の前にはざらめの配信が開きっぱなしのパソコン。つまり俺は、寝ていたというのか。


 時計を見る。もう7時過ぎである。今日は平日。俺はパソコンを閉じ、大学の課題を持って、ダッと席を立つ。タイムリミットはあと30分。大学の1限に間に合うようにするには、その時間に家を出ていくしかない。


 今日は5限まであり、早々に帰宅して昼寝ができない日だ。従って、今朝の寝不足は、夜まで引きずることとなる。みくりは、ほとんど寝なくても大丈夫ないわゆる「ショートスリーパー」で、毎日のように夜が明けるまで配信し、配信が終わると姉とどこかへ出かけていく。俺もショートスリーパーになれたらと何度思ったことか。さっき起きたばかりだというのに、早速俺を睡魔が襲う。せめて、「通学の電車で寝られますように。」まあこの通勤通学ラッシュで、たった一つの座席だって手にすることはなかなかにあり得ない話だが。そう思いながら、家を出て、駅へ歩き始めた。


 俺が歩いていると、後ろから誰かが声をかけた。

「よう、俺くん。」


 振り返ると、そこにいたのは、……間違いない。ユウジだった。


「あーユウジじゃん。おはよう。」

「おはよう。今日も眠いな。」

「な。」

「ざらめの配信、また一晩中見てしまったわ。お前も?」

「いや、まあ……ところでユウジ、永眠する夢とか見たりしてない?」

「は?」

「ごめん、何でもない。」


 寝ぼけた頭では、なんとなくイメージで浮かんだ淡い幸せしか感じることができないだろう。そして俺は、そんな日々に満足しているのだ。


 ところで、今日は一つだけ、脳みそが俺に確固とした欲望を抱かせてくる。


 何って?決まってる。俺はわがままにも、まぶしい太陽の下でこうつぶやいた。



「……あのチェキ、欲しかったな……。」



*****



 さてさて。この物語は、ここで終わり……と、言うとでも思った?


 否。物語は、これからも続く。だって、俺の推し、「夕張みくり」「わたぬき ざらめ」は、俺がこうして君に語って聞かせている今も、あのチャンネルでひっそりと配信を続けているのだから。


「……あ、そうだ、俺くん。」

「ん?」

「お前、寝落ちちゃって知らないと思うから言うけど、今度初のリアルイベントをやるってよ。チャンネル登録者数25万人達成記念で。」

「え!?そうなの!?」

「ざらめが言ってた。遂にだよ、遂に!」

「まじか〜イベント、何やるのかな?」

「それももう言ってたぞ。ざらめ、……」




「〇し合いがしたいって。」




(完)

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