四郎と三郎
久しぶりに幼馴染の二人が会う約束をしました。
三郎が休みの日の夜に会います。
四郎は残業したくないのですが、会う日に残業しないといけなくなる場合もありました。
今日は残業無しで帰られると分かってホッとしました。
会ったら三郎に「結婚を申し込んだこと」を話すつもりです。
「さぶちゃん、なんて言うかな?」
不安を少し感じながら、待ち合わせている店へ向かいました。
いつも、四郎の会社の近くの店で会っています。
四郎が待ち合わせの喫茶店に入ると、待ってくれている三郎を見つけました。
「悪い! 待たせてしもうて……。」
「否、そんなに待ってないから……。」
「近くの酒屋へ行こか。」
「うん。行こ。」
二人で並んで歩きながら、四郎は何て話そうかと考えながら歩きました。
三郎の話に相槌を打つだけの様子に「何かがある。」と分かった三郎が聞きました。
「四郎、何かあった?」
「へ……… あ……あった…ちゅうたら…あったんやなぁ。」
「何や、それ?」
「あ…… あの……な……。」
「うん。」
「あの……… 俺、結婚するねん。」
「へ!?」
「うん。そやねん。結婚するねん。」
「誰とぉ?!」
「誰って、みどりちゃんやん。みどりちゃんしか、おらんやん。」
「そうやな。……おめでとう。」
「ありがとう。」
「結婚はいつするねん。」
「まだ決まって無いねん。あ……結婚式はないで!」
「何でや。」
「式挙げる金、無いねん。」
「ほうか……。」
「うん。」
「ええんと違う?」
「そう思うてくれる?」
「思うよ。……
ほんに、めでたいな。
ほな、今から祝杯や! 今日は飲もな。」
「うん。」
この頃の酒屋は立ち飲みできるスペースがあり、工場で働いた後の人々が気軽に飲める場所でした。
いつも二人で行っている酒屋に着いて、ビールを頼みました。
「ほな、おめでとうさん。」
「おおきに。……って、まだ早いで。」
「ええやん。」
「まだ、決まってないんやで。…これからや…ねんで。」
「ええやん。求婚したんやから……
求婚、おめでとうさん…や。」
「なんや、それ……。」
二人は笑いました。
喜んでくれる三郎の笑顔が、四郎は嬉しかったのです。
四郎の初任給は6,000円でした。
食費などを引いた後の半額を実家に送ってきました。
三郎の初任給は5,000円で、実家へは1,000円送っています。
三郎は食費と仕送りした後の残った給与を出来るだけ貯金しています。
それでも、貯まったのは雀の涙ほどの金額です。
三郎は聞きました。
「なぁ、結婚した後も、仕送りするんか?」
「それや! 今迄みたいなこと出来へん……思うねん。」
「そや、無理や。」
「うん。けんど『全く送りません。』は……あかんと思うとる……
少なせなあかんと思うとる。」
「せやな。」
「あぁ……… 武が辞めた気持ち分かるわ。」
「そやな……。けんど、今どこに居るのか全く分からん…わ。」
「達者で居てくれたら、ええねんけどな。」
「そやな………。」
「ほんで……さぶちゃんは、どないなん?」
「どない…って?」
「好きな娘おるんか?」
「そん……そんな…娘おらんわ。」
「ほんまかぁ~。」
「ほんまや!」
「あの譲さんはぁ~。」
「なっ……何言うてんねん! そんな……違うわ。」
「ええ―――っ?! ほんまかぁ~?!」
「ほ…んまや。」
「そうかいな。」
「そうや!」
「けんど、さぶちゃん、お前…… 顔、赤いで。」
「あ…赤こう無いわ……。」
「赤いけんどぉ~。」
「止めぇや! もう止めや。」
「ふぅ~ん。分かった。分かったから止めるわ。」
「ほんまに……敵わんやっちゃな。」
四郎にからかわれた三郎は、顔が熱くなっていて嫌な汗が噴き出していることに気づき、汗を拭きとっています。
そんな三郎を見て「なんや、気づいてないんか? 自分の気持ち……。」と思い自然と笑みがこぼれるのでした。