故郷への仕送り
四郎も三郎も…仕事を覚えるのに必死でした。
毎日、クタクタになって入浴後は直ぐに寝てしまうほどでした。
工場勤務の四郎は、髪が長くなってきたので工場の敷地内にある理髪店へ行きました。
「いらっしゃい。初めてだんな。」
「はい。」
「どっから来はりました?」
「福岡です。」
「そうだっか……。九州のお方、多おまっせ。」
「そうですか…。」
「今は大阪弁に慣れてはらへんけんど、そのうち慣れはります。」
「はい。」
「で…今日はどないさせて貰いまひょ?」
「丸刈りで……。」
「丸刈り!!……もう、学生さんやあらしまへんさかい。
丸刈りやのうても ええんちゃいますか?」
「そうですか?」
「七三分けで ええんちゃいますか?」
「そうですか?」
「もう働いてはるんやし……大人の髪型で…。」
「そうしたら、それで……お願いします。」
「へえ。」
髪を初めて七三分けにした四郎は、同室の山本武にからかわれましたが、工場に行くと上司や先輩からは「ええやん。その方が ええわ。」と言われました。
髪型一つ変えただけで少し大人になったような気がします。
上司が「写真、撮ったるさかい。現像出来たら、福岡のご両親のとこへ送りぃな。」と言って、仕事が終わり風呂上りにわざわざ寮に来てくれて写真を撮ってくれました。
写真は四郎だけではなく、この春入社した新入社員全てを撮ってくれました。
「出来たら渡すさかい。送りや。」
「ありがとうございます。」
「そこは、おおきに! 言うとこ…か…。」
「おおきに!」
寮の皆は写真が出来たら両親へ送るのを今から楽しみにしています。
初めての母親からの手紙は、初めての給与を送った後に届きました。
次は、写真を送れるのです。
嬉しくて堪りまらず、待ち遠しい四郎でした。
料亭に就職して頑張っている三郎は、店の掃除、食器洗い、使い走りだけではなくなり始めました。
店が終わった後に包丁を使わせて貰えるようになっています。
先輩の勝男はもう少し先を教えて貰っています。
包丁だけではなく焼き方になるために教えて貰っています。
「早く、もっと先を教えて貰えることが増えるように頑張ろう!」と思っています。
《ぼうず》の勝男と三郎ですが、近いうちに勝男は《焼き方》になれそうです。
「さぶちゃん、どないや?」
「大阪弁は難しおます。」
「まぁ……そやけんど……。
私が言うてんのは、店のことや。
店に、ちぃとは慣れた?」
「へえ。大分と慣れました。」
「ほうか…良かったわ。」
「おおきに。ありがとうさんでございます。」
「大阪弁も上手うなったわ。」
「へえ、おおきに。ありがとさんでございます。」
「さぁ、ちゃっちゃと片付けよか。」
「へえ。」
鍋を洗う時に、少し鍋に残っている……付いている……が正しいかもしれませんが、その鍋に残っている僅かな出汁を口にするのです。
そうして味を覚えます。
それが、最初の頃の《ぼうず》にとっての修行でした。
三郎は初めての給与を送った後に母から来た手紙を何度も何度も繰り返し読んでいます。
その手紙が一番の励みになっています。
四郎も、三郎も………集団就職した若者の多くが実家に給与の一部を送りました。
それは、半分送った人、3割送った人など様々です。
そのお金が福岡に居る家族の生活に役立つお金だったのです。
ぼうず…は追廻のことです。