醜い争い
土砂降りの雨が降っている。
下手すると地下鉄の運行が停止するかも知れない。
そうなる前に帰らなくては。
改札口を抜けホームに下りる階段の手前にあるエレベーター乗り場に、ちょうど下から上がって来たエレベーターが止まり扉が開いた。
俺はエレベーターに駆け寄って、エレベーターの前で順番を待っていた車椅子の女性を押し退けエレベーターに乗り込む。
車椅子の女性の後ろに並んでいた人たちも俺と同じように早く帰りたいと思っていたのだろう、邪魔だとばかりに皆が車椅子の女性を押し退けエレベーターに乗る。
車椅子の女性が両腕を振り上げ抗議してきたが無視。
エレベーターの扉が閉まる。
此処のエレベーターは全面ガラス張りでエレベーターの外が見える造り。
だからまだ両腕を振り上げ顔を真っ赤にして抗議している女性を鼻で笑う。
エレベーターが下に降り始めた時、改札口の方から水が押し寄せて来るのが見えた。
押し寄せて来る水は人のくるぶし程まである。
と、エレベーターの電気回線に水が入ったのか突然エレベーター内の電灯が消え、エレベーターがホームの定位置のちょっと上の中途半端なところで止まった。
上から水が落ちて来るだけで無く、ホームの先にあるトンネルからも水が溢れて出て来ている。
ホームの前の線路は水の下に沈み、ホームも水に浸り始めた。
ヤバい!
エレベーターに乗っている利用者のうち扉の前にいる俺を含めた何人かで、エレベーターの扉を開けようとする。
駄目だ開かない。
そうこうしているうちにホームは水の下になり、定位置から少し上で止まっているエレベーターの下辺りまで水嵩が増していた。
水はそこで止まらずドンドン水嵩が増して行く。
エレベーター内にいる利用者の幾人かはスマホで助けを求める電話を掛け、俺を含む扉の直ぐ前にいる利用者は上着やカバンで扉の隙間を水が入って来ないよう塞ぐ。
だがその行為を嘲笑うように、水嵩を増すホームの水が扉の隙間からエレベーター内に入り込む。
扉からだけで無く、エレベーターの天井からも水が滴り落ちて来る。
エレベーター内の水位が徐々に上がって来るのを見た利用者たちは、自分だけでも助かりたいと、人の肩や背に乗って少しでも上になろうと互いに掴み合い罵声を浴びせ合いながら、醜い争いを続けるのであった。