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ハッタードーテ家の新人メイド

■アイリス


御年十歳になられて少したった頃、ハッタードーテ子爵家令嬢フィエルテ・フェン・ハッタードーテ様は、一番若いメイドだった私に声をかけた。


「ねぇあなた。話し相手になってくれない」


ご令嬢の自室でのことだ。子供特有の真っ直ぐな細い手足に丸い頭のご令嬢は、十歳にしてははきはきとものを喋った。


「頭の中身を整理したいの。これから話すから聞いていて」


否やはない。寝間着を脱がせる私にご令嬢は語る。


「私は誰のスパイスになるべきかと思って」


何だか詩的な表現だ。


「ベアトリス様を応援するかは正直少し迷っているの。光の力と関わりを持たなければ公爵令嬢として普通に暮らしていけるから。正ヒロインで、一番難易度低いといっても現実になったらつまり政治に介入する必要があるじゃない。簡単じゃないよね。トゥルーエンドは駆け落ちだし。そりゃあ、愛があればそれでも幸せだと思うけど、まだない内から後押しをする必要はないと思う。一番簡単にトゥルーエンドを目指すならカトリアナ様ルートかな。難易度が比較的易しいのと、ルートに入るまでが簡単なのはアドバンテージだよね。ただ、カトリアナ様も他のルートだと不幸な目に合わないから、積極的に応援するのはやっぱり違うと思う。遠方領主の婚約話ってルートに入って失敗したときだけ出てくるんだよね。あれどういう理屈なんたろ。そういう意味で一番ないのはドロシー嬢のルート。消えてしまうエンドがあるし。ハッピーエンドでも逃亡生活だし。一番早く戦争を防げるルートもあるけど、デッドエンドだし、私も結婚したくないからなしかな。攻略とは別で防ぎたい。エヴァンジェリン殿下なんかも、ルートに入らなかったときのデメリットがほぼないから後押しはまあいいかなって。現実で考えたら、お姫様を娶るのに必要な試練が他のルートより難しくない訳がないよね。好感度が高かったら別だけど。結局それ。会ってみて好感度の高い対象のルートを選ぶしかない。いずれは誰かと結婚してもらわないと、私が求婚されてしまう」

「どなたにですか」

「アルバート・アイズ・ポッターサン様に」

「それはおめでとうございます」

「嫌。バッドエンドだもん」

「バッドエンド、とは」

「愛のない結婚。かな」


ませたことを言う。


「共に暮らせばいずれ愛も芽生えますよ」

「きっと無理。だってバッドエンドだし…不幸になるのは目に見えてる」

「いや、そんな。何故そんな」

「前世の業かな」

「前世、に何をされたので」

「車に轢かれて死んだの」


平民出身の私だ。教典には詳しくない。馬車の車輪に轢かれて死ぬとつく業なんてあったものか。


「あと男性向けのゲームをした」

「罰を受けるには些細すぎやしませんか」

「仕方ないよ」


胸のところにギャザーを寄せた、子供らしいデザインのワンピースをお着せする。足にはリボンのついた靴下を。


「誰と仲良くなっても、どんなに愛があっても、全力で抗わない限り、アルバート様は私と結婚してしまう。愛する人と結婚していただくためにも頑張らないとね。まずは歴史と地理からかなぁ」


十歳の話す恋物語はいまいち要領を得ない。


「それはようございますね」


最近お気に入りの髪飾りで髪をまとめて、私はご令嬢の支度を終えた。生返事をしてお見送りする。家庭教師の先生が来ているのだ。


何がどうなってかはわからないが勉強に意欲が湧いたらしいご令嬢はすたすたと部屋を去った。従僕に手を引かれて行く姿は年相応にたよりない。どこであんな、達観したような夢物語のような話を仕入れてきたのだろう。


少し前まで、ああまでよく喋るご令嬢ではなかった。


それにしても、他の誰に惹かれても何をしても結婚してしまう相手だなんて。


それは、ファム・ファタールというものではないだろうか。

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