ベイカーマム家の男爵令嬢
■カトリアナ・カリナ・ベイカーマム(妹系ヒロイン)
ベイカーマム家は昔から、ポッターサン家と縁深い。そもそもベイカーマム家の興りがポッターサン家出身の騎士だというので、ほぼほぼ分家と本家の関係なのだ。
ポッターサン家のアルバート様とベイカーマム家の私は特に、親が兄妹の従兄妹同士で、幼い頃からよく遊んでいた。大きくなったらお兄様と結婚する、だなんて駄々を言ったのもさほど古い記憶ではない。
お兄様は何と応えたのだったか。私とお兄様の婚約が成っておらず、でも泣いた覚えもないのだから、上手く躱してくださったのだろう。
勤勉で、優秀で、一族と私の自慢のお兄様。
栄達を願うのは当然のことだ。そのためには、本人の素養だけでなく、伴侶の家格、器量、縁故が必要だった。
フィエルテ・フェン・ハッタードーテがお兄様の婚約者候補にあがったのはそういった理由だ。
同年代の令嬢たちの中で飛び抜けて学業優秀だとか。領地経営に大きな実績をあげているとか。
およそ一族の望むお兄様の伴侶に相応しい素養を持って、でもあの女はお兄様に興味を示さなかった。
そんなことがある?
婚約の打診は黙殺された。
とびきり優秀で、誠実で、お優しいお兄様と婚姻を結ぶことを、喜ぶどころか検討すらしない。ポッターサン家とベイカーマム家、係累の長となるべく厳しく育てられたお兄様は、理想の婚約者の登場によって更なる努力を強いられたというのに。
「ごきげんよう。カトリアナ様。フィエルテ・フェン・ハッタードーテと申します」
エヴァンジェリン殿下の誕生パーティで出会ったあの女は、実績を感じさせない涼やかな様子で、でも勤勉であろうことの透けた固い挨拶をした。
どうやったって好きになれない。お兄様も礼儀作法の先生も、嫌悪を態度に出してはいけないと言うけれど、あの女は別格で気に食わない。やったことを考えれば当然のこと。
それなのに、その上。
「これは何ですの」
「恋文ですわ。お嬢様」
花の添えられた薄青の封筒には繊細な透かし模様が入っていて、見た目だけならメイドの言うとおりに見える。ただしそれは裏に書かれた差出人の名前が違っていたらの話。
頭文字が大きく綴られたサインにはゲオルグ・グーテンドルメーチャーとある。気に食わないあの女の開いたパーティで、あり得ない態度を取った役者の名前だ。
おかしい。
「恋文だわ」
相手は役者。劇場への誘いかパーティへの招聘を乞う営業かも、と思った期待は裏切られた。外国語で綴られた前半と、同じ内容を訳したらしい後半。どちらもどうやら愛をうたっている。
あの女のパーティで会っただけでも気に食わないのに、あんな態度を取った男が、今更どういうことだろう。
「お返事は、国語の先生と礼儀作法の先生と詩歌の先生に添削していただきましょうね」
「なっ。そんなこと、する必要ないでしょう!」
「だめですよ。お嬢様もそろそろ人あしらいを覚えませんと」
貴族でもない相手から送られた手紙に返事をする必要性はない。返事をしないのも立派な応答になるからだ。
しかし返事をするとなれば、相応しい語句に筆致、誤解を招かない表現に、紙と装飾の選択と、考えることは山ほどある。だからこそ、メイドも先生がたもそれをさせようとするのだろうけど。
「隣国の言葉も学べたらアルバート様も感心なされますよ」
「こんなもの、走り書きで充分よ!」
封筒の宛名には『カナリアの君』と書かれていた。お兄様と同じ輝く瞳を褒められるのはよくあることだ。しかし便箋の冒頭には『花の雫』と書かれていた。これは、花から絞る食用油のことではなかったか。
もし返事をするのならまずそこを糾弾せねばなるまい。




