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鬼ムズギャルゲの看板役者

開戦に向けた一段階目は阻止した。にもかかわらず、ドロシー嬢は二段階目に手を付けたらしい。こちらも次の一手を打つ必要がある。


「絶対に嫌よっ!!」


手始めにカトリアナ・カリナ・ベイカーマム様を観劇にお誘いしたが、にべもなく断られた。ダメ元ではあったけれど、思ったより嫌われている。何故だろう。


王城で行われたとある園遊会でのことだ。主催はブッチャーフッド伯爵家。華やかに色づく庭のそこかしこに敷物が敷かれ、飲み物と、先日ヘイワードカズン伯爵の食事会で好評だった乾燥豆のスープが供されている。


「そうですか…気が変わられたら是非お知らせくださいね」

「なっ、ちょっと!」

「はい」


今日のカトリアナ様はピンクの差し色が入ったピーコックグリーンのドレスだ。かわいい色合いだけれど黒髪にレモンイエローの瞳をしたカトリアナ様には似合っていない。


「そんなにあっさり引き下がるなんて、何か企んでいるんじゃないの!」

「いえ、しつこくお誘いしても嫌われてしまいますから」


企みはともかく、カトリアナ様が感づいたとおり気が進まないのは確かだ。よく見られている。


「交流もないのに突然一緒に観劇しましょうだなんて非常識だわっ」

「おっしゃる通りです。カトリアナ様とは仲良くしていただきたいと思っていたので、気が早ってしまいました。エヴァンジェリン殿下の祝誕パーティでご一緒した縁を繋げられればと思ったのですが」

「…一緒に出席された方みんなにそう言うつもり?」


主人公のアルバート・アイズ・ポッターサン様、攻略対象のベアトリス・ベティ・スミスワイフ様、カトリアナ・カリナ・ベイカーマム様、それにドロシー・ダラテア・テイラーハズ嬢と初めて顔を合わせたエヴァンジェリン・イヴ・ミラダド殿下の祝誕パーティは、朝昼夕の三回ずつ三日に分けて行われた。なので、同じ会次に招待されたことは、それなりに運命的だ。ギャルゲの主人公と攻略対象と当て馬令嬢が全員揃っていたのはさもありなん。


「だ、め、よ!」

「だめとは」

「とにかくだめよ!一度パーティに同席しただけで親しく声をかけるなんて、恥を知りなさい!」


悪役令嬢のようなことを言っている。


「それでは、今以上に親しくなる術はないのでしょうか」

「そんなの、まずは家同士の付き合いで知己になってからでしょう」

「なるほど」


こうして、私はお茶会を開くことになった。


*


ワインレッドの髪と目が愛らしいご令嬢と黒髪にレモンイエローの目が映えるご令息が連れ立ってやってきた。


「ごきげんよう。フィエルテ様。カトリアナ様。良い日和ですね」

「やあ、フィエルテ嬢。ヘイワードカズン伯爵のお披露目会以来ですね」

「どうしてお兄様がここに居ますのっ!」


先に会場入りしていたカトリアナ様が叫ぶ。


「ハッタードーテ子爵家から招待をいただいたんだ。元々、ポッターサン伯爵家にフィエルテ嬢をお招きしたいとお誘いしていたところだから、喜んで与ったよ」

「スミスワイフ公爵家でも近々茶会を予定していて、招待状のお返事と一緒に本日お招きいただいたの。カトリアナ様にもお送りしていますから、是非いらしてくださいね」


王都にあるハッタードーテ子爵家のタウンハウスでのことだ。


家令に任せたら同世代の招待客が攻略対象ばかりになってしまった。


アルバート・アイズ・ポッターサン様とベアトリス・ベティ・スミスワイフ様は、カトリアナ・カリナ・ベイカーマム様と私の座るテーブルに着席した。


「王都のお芝居を観るのは初めてなんです」


にこにこと笑いながらベアトリス様が言う。今日はタウンハウスに王都で有名な劇団を呼んでいる。カトリアナ様に断られた演劇を庭で観劇するのだ。貴族なのでそういうこともできる。


「評判がいい演目らしいね。ほら、カトリアナも観たいと言っていただろう」

「それは」

「まあ。それは幸運でした。楽しんでいってくださいね」


カトリアナ様はこちらを睨んだ。どうにも嫌われている。


そんなカトリアナ様の様子を笑顔で見つめていたベアトリス様だが、庭に組まれた即席の舞台をちらと見て言った。


「本当に幸運でした。機会を失ってからでは遅いですもの」

「と、言いますと」

「よくない噂が」


ドロシー嬢の流した噂だ。


開戦に向けた一段階目。ヘイワードカズン伯爵の没落は阻止した。にも関わらず、開戦を望む彼女は二段階目を進めようとしている。


何ならゲームシナリオよりも少し早い。


「国境のあたりで動きがあると」

「まさか。理由もなくそんなこと」

「怖いわ。お兄様。…お兄様は戦場に行ったりなさらないわよね」

「ああ、どこかで聞きました。食糧難らしいですね。でもきっと、そこまでのことにはなりませんよ」


庭を歩く演者たちを眺めながら私は言う。今日はその噂をはねのけるのが目的なのだ。


食糧難というのは、あながち間違いでもないらしい。隣国で作られている主食が不作なのだそうだ。ゲームシナリオでももしかしたらそういった背景があってドロシー嬢の流す噂を信じる人が増えたのかもしれない。


「今年は特に収穫がいいから、隣国の人にも豆を食べてもらったらいいかもね」


アルバート様がそう言ったところで、劇団の座長が舞台の前にやって来た。開演だ。


『ああ僕の運命。愛すべき人。君はいったいどこの誰』


とうとう開演までに目当ての役者を見つけられなかった私だけれど、舞台の真ん中で演じていれば間違うはずもない。


そっとカトリアナ様の様子をうかがう。


ベアトリス様が嬉しそうに、アルバート様に耳打ちした。舞台の感想だろう。アルバート様は笑顔で小さく頷いた。仲睦まじい様子だ。カトリアナ様はそれを見ても特に何も言わなかった。


つまりもしかして、公認ということだろうか。


ルートに最も入りやすいカトリアナ様は、他攻略対象のルートにも頻繁に登場する。しかし、当て馬令嬢の私と違い、そういったときの態度はかわいい妹という感じ。私への当たりが厳しいから、カトリアナ様ルートの可能性があると考えていたけれど、ベアトリス様ルートなら。


私は舞台脇で控える座長に目線を送った。


座長は頷いて、舞台に立つ役者に合図した。


舞台に階段が取り付けられる。役者は舞台を飛び出した。


『見つけたよ運命の人!』


舞台にほど近いテーブルで、年配の女性に、と見せかけてその隣にいた夫に求婚する。ご婦人は困惑する夫を見てきゃらきゃら笑った。


続いてメイドが軽食を運ぶのを遮り、跪いて愛を乞う。メイドは微笑んで頬を張る振りをした。これは仕込みだ。


大げさに仰け反って肩を落とし、当代一の人気役者はこちらを見た。主催たるハッタードーテ家の娘。私の着席したテーブルをだ。


射抜かれた、と見せつけながらよろめいて、髪を撫で付け大股で歩み寄る。私のことに気づいて、観客が歓声をあげた。


再度跪いた主演男優が、見事に通る声で言う。


『どうか僕と踊っていただけませんか』


差し出した手が向けられたのはカトリアナ様だった。


もちろん。主催たるハッタードーテ家の娘。私の意向である。


演技だけれど見事に求愛の礼を取る美丈夫を、カトリアナ様は鼻で笑った。


おや。


招待客たちが笑う。


何を隠そう、ベアトリス様ルートとドロシー嬢ルート、エヴァンジェリン殿下ルートでカトリアナ様と結ばれるのが、この役者なのだ。


カトリアナ様に感づかれたように、乗り気でなかったのはそのせいだ。彼とカトリアナ様が結ばれればドロシー嬢の企みを防ぎたい私の助けになるが、まだどのシナリオでもゲームが始まっていない内から勝手にカトリアナ様のルートを潰すような真似をするのは気が引ける。でもまあそれはそれは格好いい男性だし、結ばれるどのルートでも仲睦まじい様子だったし、と内心で言い訳していたのだが。


カトリアナ様は手を取らなかった。


すでにルートに入っていたということだろうか。それともいくらなんでもシナリオの始まる前では早すぎたのだろうか。


打ち合わせでは一緒に舞台に戻り、劇を続けるはずだった。これでは話が進まない。立候補して舞台に上がるか、心底楽しそうにしているベアトリス様に声をかけるか。カトリアナ様と同じテーブルから選ぶのは角が立つだろうか。


考える私を差し置いて、役者は泣き真似をしながら舞台に戻り、端役を一人相手に仕立てて演技を続行した。見事なものだ。


そうして、舞台は好評の内に終わり、私の企みは失敗したのだった。


*


「本日はお招きありがとうございました。ぜひ劇場にもお越しください」


劇の後しばらくしてから座長と主演男優がテーブルにやってきた。私が呼んでおいたからだ。


「とても楽しい舞台でした。お客様がたも楽しまれたようです。ありがとうございました」


看板役者でゲームに立ち絵のあった主演男優は主人公のアルバート様と同じくらい麗しい顔をしているが、見れば座長も整った顔をしている。元役者であるのかもしれない。


目論見は外れたので、そのまま座長がベアトリス様と話し込むのを見守る。領地の劇団と比べて一度に舞台に上がる人数が多いとか、衣装が現代風だとか。


会話からあぶれた主演男優は片手を上げてカトリアナ様に挨拶した。


「やあ、派手ドレスのご令嬢」


今日のカトリアナ様は自身の瞳の色に合わせたレモンイエローのドレスだ。裾のひらめきは華奢なカトリアナ様の印象によく合っているけれど、色味の派手さが軽薄にも見える。


ベアトリス様は凹凸のある生地で仕立てた茶色の訪問着を着こなしている。数世代前に流行ったデザインは落ち着いたかわいさで、公爵家が持つ多数の衣類からベアトリス様のために選ばれただろうことがわかる。


アルバート様はヘイワードカズン伯爵のお披露目会で着ていたのと同じグレーのジャケットに、かなりラフなタイだ。


こじんまりとした集まりなのもあって、招待客の装いは全体的に控えめだった。カトリアナ様の着る明るい色のドレスは目立っている。


しかしそれを、指摘するとは。


ベアトリス様の話に相槌を打っていたアルバート様がカトリアナ様を見た。貴族たるもの、こういったときのあしらいには慣れていないといけない。


カトリアナ様は激高した。


「何をおっしゃいますの!」

「カトリアナ」

「舞台衣装よりも目立ってる」


謝罪は当然。もしくはどうにか誤魔化すべき。という場面で役者は追撃した。そういう、恋の駆け引きだろうか。座長の顔は真っ青だ。


「揚げ菓子みたい」

「なっ」

「芋とか好き?」

「芋など食べるように見えて!?」

「んーん?好きってこと?」

「何をおっしゃいますの!?」


白熱する会話に座長が割り込む。


「すみません!すみません!こいつっ、この国の言葉はまだ慣れてなくて!」


そう。当代一の人気役者ことゲオルグ・グーテンドルメーチャーは、隣国の出身なのだ。


ゲームでは、ヘイワードカズン伯爵家の没落によってこの国は食糧を自国で賄えなくなり、隣国から輸入することになる。


そこで社交界に悪い噂が流れ、隣国との関係が悪化する。ヘイワードカズン伯爵家の没落は仕組まれたもので、食糧の輸出で儲けているのだ、というのがその噂だ。


ドロシー嬢ルートではカトリアナ様の好感度をそこそこに上げてゲオルグに協力してもらうのが噂を払拭する唯一の手段だった。好感度を上げすぎるとカトリアナ様ルートに分岐してしまうため注意が必要となる。


「俺、また何かやっちまいました?」

「劇の台詞以外喋るなと言っているだろうっ」

「だってそれ声かけらんないですよ座長」

「この国追放されたらお前の国で公演するしかなくなるんだからな!」

「まぁ。それなら是非スミスワイフ領にも寄ってらして」

「カトリアナ。もう少し」

「だって!お兄様!」


ゲームでは主人公やカトリアナ様と問題なく会話していたけれど、今はシナリオの始まる前。勉強中の時期があったということだろう。恋の駆け引きなどではなく、母国の言葉を無理に訳そうとしておかしな言葉選びになっているらしい。流暢な発音はさすが人気俳優といったところ。


「ええっと、そうだな。つまり」


ゲオルグが跪く。


「どうか僕と踊っていただけませんか」

「お断りですわ!!」


それは劇よりも見事な求愛の礼だった。カトリアナ様の返事を待つことなく、座長に引きずられてゲオルグは去った。


「何なんですの…」

「大変な失礼を…」

「いいんです。いい社交の練習ですよ」


憔悴するカトリアナ様を差し置いて、アルバート様が言う。他のテーブルを挨拶に周りだしたゲオルグを警戒するカトリアナ様には聞こえていないようだった。


「そうならいいのですが」

「まあ、いきなり愛を囁いたのは、驚きました」

「きっと運命というものです」


今回は失敗だったけれど、ゲームシナリオでは過半の割合で結ばれた二人だ。


「あなたが求愛されたらどうしようかと思った」


アルバート様の言うことにそれはそうだなと思う。お芝居でも一度カトリアナ様に求愛したゲオルグが私に乗り換えれば、カトリアナ様はきっと激怒された。立候補をやめたのは正解だったらしい。


「これからもっと仲良くなっていけたらと思います」

「それは、ええ。そうしてやってください」


ベアトリス様はにこにこと笑っている。


「次はポッターサン家へのお越しを。お待ちしています」

「ええ。楽しみです」

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