鬼ムズギャルゲの食糧事情
さて、戦争の原因だけれども。
隣国との戦争を引き起こすのは魔女のドロシー嬢だ。この国を裏から操る魔女で数百年を生きる彼女は貴族社会に紛れて暗躍し、どのルートでも隣国との戦争を引き起こす。
では具体的に、どうやって戦争を引き起こすかというと、大きく三段階に分けられる。
一段階目。この国の食糧を一手に生産している領地の領主にスキャンダルを起こさせ、没落させる。すぐさま代わりの領主が任命されるけれど、この代打領主が無能な人で、領地ひいてはこの国の食糧生産に大打撃をもたらす。結果、この国は食糧を自国の生産分で賄えなくなり、隣国から膨大な食糧を輸入することになる。
二段階目。社交界に隣国の悪い噂を流し、敵対感情を高める。一段階目のスキャンダルは隣国に仕組まれたもので、食糧の輸出で儲けているのだ、というのがその噂だ。なんてマッチポンプ。魔女であるドロシー嬢の立ち回りは主人公以外に露呈せず、あたかも自然と出てきた噂によって隣国との関係が悪化したように見える。魔女怖い。ゲームのシナリオを知っているから理解できるだけで、普通の人間はどうやったって魔女の暗躍に気付けないのだ。例外は光の力を持った主人公と魔女に力を分け与えられた下僕だけ。
三段階目。隣国から輸入した食糧を運ぶ商隊を襲わせ、食糧を隣国側にばらまく。購入したはずの食糧を奪われたということで、一気に世論が開戦に傾く。ちなみに輸入したこの国の主食となる食糧を隣国では主食としておらず、『そんなもののためにわざわざ強盗などするか』という隣国の態度も開戦論が高まる理由となる。嗜好のすれ違いが国交のすれ違いになる酷い事件だ。もちろん食糧を強奪するのはドロシー嬢に操られた人間たちである。
今日はその一段階目を潰しに来た。
王城の温室で、わさわさと大きな葉っぱを頭につけた貴族たちがダンスをしている。くるりとターンするたびに葉っぱが揺れて、踊り辛そうだ。しかし生粋の貴族である招待客たちは平然と回り、葉っぱを落とすことなくポーズを決める。こういう、社交に必要な最低限の技術が細々とあって、貴族というのは案外大変なのだ。
一番奥の席でその様子をにこにこと眺めているご婦人が、戦争を引き起こすため没落させられる領主の妻。ヘイワードカズン伯爵夫人だ。
この国の人たちは豆が好きだ。豆狂いと言ってもいい。
シンプルな塩の味付けから始まって、香辛料を使った辛い料理、砂糖たっぷりの甘い煮付け、ミルクとペーストを混ぜて煮詰めたジャム、乾燥させたものを戻して取る出汁、とレシピを数えたら切りがない。もちろん主食も豆である。
ヘイワードカズン伯爵の治める領地では、主食となるごく一般的な豆から変わり種、最新の珍しい品種まで、様々な豆を育てている。収穫量もこの国で最も多い。
そして今日は、そんなヘイワードカズン伯爵の肝いりである新しい品種のお披露目会だ。
ここで引き起こされる事件を防がなければ、このパーティの主催であるヘイワードカズン伯爵夫人とその夫、ヘイワードカズン伯爵は没落する。
本来ならば、スミスワイフ公爵家令嬢であるベアトリス様の好感度を上げて、協力してもらうのが正規ルートだ。しかしそれでは、微妙に間に合わない。スミスワイフ公爵家は主人公の活躍によって新しい領主の無能を知り、公爵家の繋がりで人材を斡旋してくれる。新しい領主が問題を起こすのはヘイワードカズン伯爵家が没落した次の年の収穫期。事が起こった後なのだ。
頭に葉っぱをつけた私は視線を動かさないように気をつけながらドロシー嬢の姿を確認する。
私と同じく頭に葉っぱをつけたドロシー嬢は澄まし顔で席についている。このお披露目会では、豆の品種をお披露目する食事会とダンスパーティがごっちゃになっている。
料理の到着までもう少しかかりそうだ。一度くらい踊っておくべきか、と立ち上がった私に近づいてくる同年代の紳士がいた。
黒髪にレモン色の瞳をした青年。
アルバート・アイズ・ポッターサン様だった。
「先日振りです。フィエルテ様。よかったら私と踊ってくださいませんか」
どうしてここに?
目の前のアルバート様を見据えながら、ドロシー嬢の動向を確認する。頭に葉っぱをつけたドロシー嬢は席に座ったままだ。魔女なので、他の出席者に気づかれることなくダンスをサボタージュするつもりかもしれない。
アルバート・アイズ・ポッターサン様は、鬼ムズギャルゲである『裂果の娘たち』のシナリオが開始してすぐに、光の力に目覚める。
この国で暗躍する魔女に唯一抵抗できる光の力は数世代に一人の割合いでしか出現せず、それを巡る数奇な運命を引き寄せることとなる。
ベアトリス様ルートでは光の力と王家の血が混ざることを恐れた高位貴族に無理やり引き裂かれ、主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚させられる。
カトリアナ様ルートでは光の力によって出世の見込める主人公に新しい縁を結ばせたい家の思惑で、結婚の約束をしていたカトリアナ様と引き裂かれ、主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚させられる。
ドロシー嬢ルートでは光の力によって彼女が魔女であることを知り、逃避行の末各国に散らばる手がかりから魔女の真実を明らかにするため奔走する。旅が失敗すると、失意の末にフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚することになる。
エヴァンジェリン様のルートでも、主人公がお姫様に見初められるきっかけになるのが光の力だ。光の力を国のため役立てるよう念押しされた式典にて、言葉を交わすのがきっかけになる。カトリアナ様に求婚する六人の他国の王子が与える試練を乗り越える際にも光の力は鍵となり、力を扱い切れなければ試練に失敗しフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚することになる。
けれどまだ、どのシナリオでもゲームが始まっていない時系列。光の力は目覚めていない。
「あら、奇遇ですね。アルバート様も新作料理にご興味が」
「ヘイワードカズン伯爵が開発した新種とあらば。この国の食糧事情はかの領地に支えられていると言っていい」
ドロシー嬢以外の攻略対象はこのお披露目会に来ていない。ベアトリス様のお家からはベアトリス様のお兄様が来ていらっしゃるし、アルバート様の従姉妹であるカトリアナ様はアルバート様が出席されているので参加不要とされたのだろう。ポッターサン伯爵家とベイカーマム子爵家は血縁が強く仲がいい。エヴァンジェリン様は細やかな交流会である今回のお披露目会に参加されない。
「ポッターサン伯爵家でも、最近良質な収穫が続いていると評判ではありませんか」
「品質は最高級である自信がありますが、規模はヘイワードカズン伯爵の領地と比べ物になりません。それに、ハッタードーテ子爵家こそ、最近人気のサラダを発信したのは他でもないそちらとか」
「あら、もしかして、我が領の秘密を暴こうとお声かけくださったの。期待しましたのに」
アルバート様の言うことは事実だ。我が領では数年前から少し変わった品種を育てていて、最近それが軌道に乗った。貴族の間でかなりの人気が出たのは想定外だったが、食べれば美味しいのでいいかと思っている。栄養もある。
「まさか。あなたの美しさに本来の目的を忘れてしまったのです。お手を取っていただけますか。麗しきご令嬢」
「お上手。ですがごめんなさい。もう料理が来てしまったようです」
音楽がゆったりとしたものに切り替わり、給仕が入場したのを見て、私はそのまま元の椅子に座った。アルバート様は、私の隣の空き席に座った。席次は自由なのだ。
いや何故?
問い詰めることもできず大人しく料理が運ばれてくるのを待つ。
前菜を省略して、始まりは豆のスープだ。色とりどりの豆が沈んだスープには良い出汁が使われている。寒い地方で作られる乾燥豆を戻した出汁だ。味付けはシンプルに、塩と燻製豆。
「具材の豆は我が領地で採れたものを使っています。今年はとても大きく成りましたの。出汁の乾燥豆はブッチャーフッド伯爵家から、味付けの燻製豆はシェイファールート子爵家から提供いただきました」
ヘイワードカズン伯爵夫人は料理に添えられたメニューを嬉しそうに紹介する。自領の作物を自慢する機会と協賛の多いパーティを両立できた喜びで一杯だ。紹介された家の貴族が立ち上がって会釈する。豆の第一人者であるヘイワードカズン伯爵の食事会で自領の作物を使われることは、これも名誉なことだ。
ポアソンに出てきたのは川魚だった。白身の大きな魚から薄く切り出された身を美しく蒸している。ペースト状の豆とバターを練ったものが添えられ、魚の身に乗せるとそれがゆったりと溶ける。口に入れるとぷちぷちとはぜる食感があった。
「バターペーストのベースはポッターサン伯爵家から提供いただきました。我が領でも稀に見る極上の品ですわ。中に入った小さな粒は同種の早生豆ですの。こちらは我が領から。新しい品種ではありませんが収穫の仕方を変えることで味や含まれる栄養素に差が出ないかという実験です。今のところ上手くいっています」
アルバート様が立ち上がって優雅にお辞儀する。豆に誇りを持つヘイワードカズン伯爵家でも稀に見るという表現は、最上級のものだ。ポッターサン伯爵家の評判は一段上がるだろう。
続いて供されたのは肉料理だ。発酵させた豆のソースがかかった牛のカツレツに泡立てたクリームが添えられている。口に入れるとカツの衣にも豆が使われていることがわかった。
「ソースの材料はスミスワイフ公爵家から。皆さんご存知の蔵元のものですわ。衣には我が領の、品種はいつも私たちが主食にしているものです。茹でる以外にもこうして新しい食べ方が広まればいいと思って」
ベアトリス様のお兄様が立って会釈する。本日最も高い爵位の家らしい、伝統ある蔵元の調味料を提供したようだ。
ぼう、と前を見る振りをして、ドロシー嬢の動向を探る。カツレツを少し残しているが細めのご婦人としてはおかしなことではない。
アルバート様はそつなくすべての料理を腹に納めている。ゲームではフルコースを正しく食すミニゲームがあって、タイミングの厳しいリズムゲームをクリアしないとベアトリス様の周囲やエヴァンジェリン様の好感度が下がったんだった。この世界の現実はそこまでシビアでないため、私も特に問題なくすべての料理を平らげる。美味しい。
口休めが運ばれてきた。ミルクと砂糖のたっぷり使われたジェラートだ。砕いた豆の入ったアイスに薄緑のソースがかかっている。
ソースの色を確認する。見慣れた色合いだった。
「ジェラートのフレーバーと中の豆が、今日ご紹介したい新しい品種ですわ。この種は長い間、食用には向かないとされてきました。それというのもこの品種、味は極上なのに毒があることで有名で…」
「ああっ、誰か!」
給仕が叫ぶ。
こうなれば、見ない振りをする方が不自然だ。ドロシー嬢の方を見やると、胸を押さえてゆっくりと倒れるのが見えた。
近くに座っていた招待客たちが立ち上がって叫ぶ。
「まさか、料理に?」
「毒!?」
「手を止めて!食べてはいけない!」
ヘイワードカズン伯爵夫人が呟く。
「まさか…そんなはず」
そうだ。そんなはずはない。
慌てふためく招待客たちに、私はすっと手を挙げた。
「すべて食べてしまいました」
「何だって?」
「私もだ」
私の隣に座っていたアルバート様もそれに倣う。ジェラートの小鉢は空だ。ミニゲームをフルコンボしたのかもしれない。
「しかし、彼女はそれを食べて」
「どいた。どいた。運べ運べ」
担架を持った王城の職員が到着した。王城に勤める人たちが体調を崩したときのために控えている、衛生室の人員だ。一番先頭で人を追い払った年嵩の職員が担架に乗せられたドロシー嬢の瞼を返し、口の中を覗いてから招待客に尋ねる。
「患者の口にした皿は」
「あっ」
「あなた何を!」
指された皿のジェラートを、スプーンですくって口に入れる。
「問題ありません。可食です。中毒の様子もありませんし。貧血でしょうな。若い人は調子が悪くても休まないからいけない」
年配の職員はそう言って、ドロシー嬢を運び去った。
「食べたぞ…」
「毒かもしれないのに…」
「俺あの人知ってる。戦時中からずっと毒と薬の研究してるって。王族の毒味もあの人が責任者だって」
「なら本当に大丈夫だったのか」
ヘイワードカズン伯爵夫人が一番に落ち着きを取り戻して言った。
「ええ、この品種。味は極上なのに毒があることで有名で、食用には向かないとされてきました。でもご安心なさって。無毒化に成功しましたの。完成した新種は葉にしか毒素がありません…そう。皆様の頭に飾っていただいているそれですわ。もちろん、口に入れず飾るだけなら全く問題ありません。ソースには、ハッタードーテ子爵家に提供いただいた豆の葉を使っています。今人気の、豆サラダに使われている品種です。豆の葉を食べるなんて独創的ですわ。それを知ったらこちらも毒があるからと捨ててしまうのはもったいなくて、今日は飾りに使わせていただいたの。いつか、葉も食べられるよう改良して見せますわ」
視線を受けて、立ち上がった私はゆったりと会釈する。これで、ヘイワードカズン伯爵家の没落は回避された。
それというのも、このお披露目会でヘイワードカズン伯爵家が没落する原因が、豆の葉だったからだ。
元々、お披露目される品種は毒のある葉を避けて豆だけ厨房に搬入されていた。しかしそこで、魔女であるドロシー嬢にそそのかされた料理長が創造力を発揮する。豆の葉を使った料理なんて新しいんじゃないか?と、会場に運び込まれた見本の余りから葉を切り取り、ジェラートのソースに混ぜるのだ。結果、食事会の招待客の過半数が体調不良を訴え、責任を問われたヘイワードカズン伯爵家は没落する。
事件が毒のある葉を混ぜたせいで起こるなら、毒のない葉を用意すればいい。
提供したのは何のことはない、豆の苗だ。前世のスーパーに売っていたスプラウトを思い出して、なるべく柔らかく苦味の少ない品種を探してもらった。数年前から取り組んで、今では豆のサラダと言えば豆の葉を使ったサラダのことになっている。料理長は無事にささやかに創造力を発揮し、会場の見本や飾りを拝借するよりもサラダ用の葉っぱをソースにすることを選んだようだ。新しくなくてもいい。美味しければ。
「さあ、次は鴨のローストです。香り付けに…」
そうして、お披露目会の残りはつつがなく進行されたのだった。




