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鬼ムズギャルゲの当て馬令嬢

初投稿です。

鬼ムズギャルゲの当て馬令嬢に転生してしまった。


異世界転生。よくある。私の生きていた時代は若者向けの一ジャンルだった。かくいう私も「明日仕事行きたくないなーいっそ異世界転生してみたいなー」と思ったことがないとは言わない。変身願望というか、ここではないどこかに消えたいときってのは誰にでもある。できればハワイとかドバイとかに。


当て馬令嬢への転生。まあある。主流は悪役令嬢だろうが、似たようなものだ。主人公たちの恋路に立ち塞がり、最後は振られて主人公たちの恋を彩るスパイスになる。それが当て馬というもの。


鬼ムズギャルゲの当て馬令嬢フィエルテ・フェン・ハッタードーテ。それはいけない。受け入れられない。


「こんなことってある?」


幼いときから頻繁におかしな夢をみた。燃えた油の匂いのする、黒い道の敷かれた風景の夢。


黒いのはアスファルトで、油ではなく車の排気だ。そうまで理解したのは長じてからだ。夢と前世を区別するのに分別が必要だったのだと思う。


そして気づいた。今生きている世界が、前世でプレイした鬼ムズギャルゲ『裂果の娘たち -愛を綴る魔女-』の世界だということに。


分別の付き始めた頃の私、十歳のフィエルテ・フェン・ハッタードーテは頭を抱えた。


フィエルテ・フェン・ハッタードーテはすべてのルートで主人公に惚れ、ハッピーエンドでは振られて主人公とヒロインの結婚を祝福し、バッドエンドでは主人公と愛のない結婚をする。


普通のギャルゲであったなら、ハッピーエンドを迎えれば晴れてお役御免というわけだ。しかし『裂果の娘たち』は普通のギャルゲではない。鬼ムズギャルゲなのだ。


こういうのは前世でプレイしたゲームの世界に転生するのがお約束で、私は乙女ゲームをやったことがなかった。ギャルゲはやったことがあった。『裂果の娘たち』だ。この状況がそのせいだとしたら因果が過ぎる。


プレイヤーに言われたコンセプトは『乙女ゲームの世界設定で遊ぶギャルゲ(どう足掻いても当て馬令嬢)』。求められるパラメータとフラグ管理が厳しすぎると有名な作品だった。少しでも気を抜くとバッドエンド直行で、主人公は当て馬令嬢と結婚することになる。


バッドエンドのスチルはいつも同じで、幸せそうなフィエルテ・フェン・ハッタードーテの隣に、あるときは恋人と死に別れ、あるときは恋人を政略結婚で奪われ、またあるときは領地すらも失った主人公が立つ。身体は新婦に向けているのに目線は参列者の列かもっと遠くに居る誰かを探していて、どう見ても幸せそうではない。


ゲームのフィエルテ・フェン・ハッタードーテは気づかなかったようだけど、相手が不幸だとわかってる結婚なんて冗談じゃない。でも『裂果の娘たち』は鬼ムズギャルゲなので、大体のセーブデータはそこに行き着くのだ。


目指せハピエン。難易度に負けるな。そう結論づけた私は、どんなルートでもハッピーエンドに向けて上手く立ち回れるよう、勉学にいそしむことにした。家庭教師のおばあちゃん先生には非常に喜ばれ、褒めていただいた。


そして現在。十六歳となった私、フィエルテ・フェン・ハッタードーテは眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと堪えた。


「アルバート・アイズ・ポッターサンだ」

「ベアトリス・ベティ・スミスワイフと申します」

「どうも、はじめまして。あなた方のスパイスです」

「あなた方の…?」

「記憶違いでなければお名前はフィエルテ様ではありませんでしたか」


もちろん。貴族たるもの、パーティに出席する貴族の顔と名前は把握している。同年代とあらばなおさら。


主人公と、第一攻略対象のお出ましである。


ベアトリス様はワインレッドの髪と目が愛らしい少女だ。スミスワイフ公爵家の令嬢だが、実は王家の隠し子で、攻略には王家に渦巻く陰謀を詳らかにした上でベアトリス様と主人公に差し向けられた暗殺者を退け、駆け落ち先の辺境領地の財政危機と隣国から仕掛けられる戦争に向けた軍備の立て直しを図る必要がある。ちなみにお家の事情に気づかずお付き合いを続けると主人公の持つ光の力と王家の血が混ざることを恐れた高位貴族に無理やり引き裂かれ、主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚させられる。陰謀を暴くのに失敗するとベアトリス様は殺され、辺境領地に飛ばされた主人公はベアトリス様を思いながらフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。財政危機と軍備の立て直しに失敗すると敗戦の責任を問われた主人公は領地を失い、婿入りする形でフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。


「覚えていてくださったなんて嬉しい。仲良くしてくださいね」


並んで不思議そうな顔をするお二人に笑顔で告げる。


さて、これはベアトリス様ルートかなと思った私、もとい私達に、ずんずんと近づく影があった。様々な色のリボンがついた派手なドレスの令嬢だ。


「お兄様っ!誰ですの、その女っ」

「カトリアナ」


乱入してきたのはアルバート様の従姉妹で攻略対象のカトリアナ・カリナ・ベイカーマム様だった。従姉妹だけあって、アルバート様とよく似た黒髪とレモン色の瞳をしている。幼馴染み枠の彼女の好感度はゲーム開始時点で最も高く、ルートに入る難易度は最も低い。ただし、ルートに入ってしまえば他と同じ鬼畜具合だ。幼い頃に将来を誓いあった二人だが、家としては既に血縁のある家よりも新しい家と縁を繋げたいという思惑があり、貴族学院の卒業までに領地の商工業を発展させ政治力と有用性をベイカーマム家に認めさせられない場合、カトリアナ様は遠い領地の顔も知らない領主の後妻として嫁がされ、主人公は近在の有力貴族の娘であるフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。婚約に至った場合も、カトリアナ様が嫁ぐはずだった領地から嫌がらせを受け、免除されるはずだった軍役を求められることになる。遠方の有力貴族を味方につけて圧力をかける領主との政争に勝ち軍役を回避しなければ、軍役についている間にカトリアナ様は奪われ、失意の主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。軍役を求められる原因はベアトリス様のルートで領地の軍備を増強しなければならなかった原因と同じだ。辺境の領地と違い、アルバート様の領地もカトリアナ様の領地も戦場から遠く離れているが、戦争の余波はそんな領地にも迫り、財政危機に陥る。ここでは毎回ランダムで変わる領地の資源状況を見極め、戦時中でも売れる高価値商品を開発して領地を救う必要がある。ターンごとにがらりと変化する資源量に翻弄される投資パートは全ルート通してもかなりシビアだ。失敗すると借金の補填のため主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと持参金目当てに結婚する。


「ごきげんよう。カトリアナ様。フィエルテ・フェン・ハッタードーテと申します」


アルバート様の腕に抱きついたカトリアナ様は、愛想よく挨拶した私を睨みつけた。ベアトリス様のことは無視だ。何故だ。恋敵はそっちなのに。


ルートに最も入りやすいカトリアナ様は、他攻略対象のルートにも頻繁に登場する。しかし、当て馬令嬢の私と違い、そういったときの態度はかわいい妹という感じ。明らかにアルバート様を意識しているから、これはカトリアナ様ルートだっただろうか。


「楽しそうでらっしゃいますね。私も混ぜてくださらない」


ルートを考察していた私に後ろから話しかける人がいた。


「ドロシー・ダラテア・テイラーハズと申します」


テイラーハズ男爵家令嬢のはずの彼女。大人しい髪型にまとめた地味な茶髪に紫の目の彼女が、子爵家、伯爵家、公爵家の私達に断りなく話しかけたことを咎める人はいなかった。本来なら、家格で劣る彼女が先に話しかけ、名乗ることなどあり得ない。しかし誰も、そのことに気づかないのだ。


ドロシー嬢は、テイラーハズ男爵家の娘ということになっている。しかしその正体はこの国を裏から操る魔女だ。数百年を生きる彼女は貴族社会に紛れて暗躍している。どのルートでも転換点になる隣国との戦争もこの方が原因だ。


ドロシー嬢とのルートは戦争の回避から始まる。どの令嬢の好感度も上げすに一定の期間を過ごすと、彼女が魔女であることを暴く機会が得られる。ちなみにそれ以前にドロシー嬢の好感度を上げてしまうと、アルバート様に惚れた彼女が人知れず魔女の力を放棄し、結果これまで曲げてきた運命のしっぺ返しを受けて消えてしまう。失踪したことになった彼女を思う主人公はまた男爵家令嬢などに現を抜かす前にとフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚させられる。ドロシー嬢が魔女だと知ったアルバート様は隣国との戦争が彼女の計画によるものだと知り、開戦を防ぐために動き出すが数百年を生きる魔女が相手では分が悪く、ベアトリス様を始めとした攻略対象たちの力を借りることになる。ドロシー嬢以外の好感度が低すぎては協力を得られないが、高すぎてもドロシー嬢ルートが破綻してしまう。好感度が足りなかった主人公は敗戦した国から亡命し、亡命先の他国との縁を持っていたフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。ドロシー嬢以外の好感度が高すぎた場合は開戦を阻止するものの計画に失敗したドロシー嬢は失踪し、主人公は国の命によってフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。すべての分岐ポイントで好感度を適切に管理した場合は敗走するドロシー嬢との亡命ルートに入り、各国に散らばる手がかりから魔女の真実を知り、好感度をカンストさせるとやっとハッピーエンドになる。いずれかの手がかり取得に失敗するか好感度が足りないかでバッドエンドになり、国に呼び戻された主人公はフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。ドロシー嬢のルートは亡命ルートに入ってからが本番と言われており、長丁場になることが知られていた。


「ええもちろん」


横紙破りに気づかなかった振りをして微笑む。魔女の力も、事前に知っていれば効かないようだ。


さてこれで、四人中三人の攻略対象が揃った。そして今日のパーティの主役は、四人目の攻略対象である。


「みなさん。この良き日に、私を祝いに来てくれてありがとう」


甘やかな声でパーティの開始を宣言するのは、エヴァンジェリン・イヴ・ミラダド殿下。この国のお姫様だ。


彼女のルートは王族だけあって王道で、身分差を根拠に反対する高位貴族を納得させ、彼女を狙う他国の王子たちを退ければハッピーエンドだ。ただし高位貴族たちは派閥を持ち、カトリアナ様ルートの投資パートに劣らない複雑さを持った力関係を読み切り、進物、賄賂、口利きを駆使して後ろ盾を作る必要がある。他国の王子は六人おり、挑まれる試練にすべて打ち勝ち、その合間に並行してエヴァンジェリン殿下の好感度を高める必要がある。姫殿下だけあって、エヴァンジェリン殿下の好感度は最も上がりづらいのだ。高位貴族の説得に失敗した主人公は即フィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚させられるし、他国の王子に敗北した主人公は捕縛され、身元を引受けたハッタードーテ家に義理立てしてフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。好感度が上げられなかった場合は直々に振られ、エヴァンジェリン殿下が相応しいと進言したフィエルテ・フェン・ハッタードーテと結婚する。


「あら、こちらを見てらっしゃるわ」

「ああ、さっき廊下でお話ししたんだ」

「ねえ、お兄様っ」

「あらあら」


姫殿下は春の陽光のように振りまいていた視線をアルバート様に向けて止め、微笑んだ。他の攻略対象たちがそんな彼を思い思いに囲む。


私は誰の恋路のスパイスになればいいのだろう。

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