終わりつつある世界
『ベストを尽くしてはいますが、このままではやはり一ヶ月後の世界崩壊は免れないでしょう』
たった今テレビ放送されている会見の中で神妙な面持ちで白衣を着た男性がそう言った。この人は世界でも有数だと言われる学者の内の一人らしい。
仕事の昼休み。いつも通り流れているテレビを見ながらコンビニ弁当を食して休憩していた。
チャンネルを変える。
今度はワイドショーで『良いんや。どうせ世界終わってまうんやから』なんて有名な芸人がネタにしている。
言葉に差異はあれど、もう何度色々なところで同じようなことを聞いたか。
今から一ヶ月後、五月末に起こる世界の崩壊。
今やテレビの情報番組やCMでもそんなようなことを何度も報道している。
最初は昔はよくあった予言や都市伝説の類いの超常現象系の番組感覚で見ていたし、聞いていた。
だが、そこから何日経っても毎日のようにテレビで取り上げられ、他にもラジオや有名雑誌など様々なメディアでも扱われている。言われ始めてもはや一ヶ月経つ。
複数の巨大な隕石がぶつかる衝撃で、ほぼ地球全土で地震と津波が起こり九割の街が崩壊するだろうと他にもどこかで名前を聞いたことのあるような有名な学者も声明を発表している。
どうやら日本に至っては、ほぼ全滅は確定的。ほとんどの住人が死に至るだろうということだ。
隕石の衛星軌道上ほぼ確実らしい。
更に詳細な根拠を述べるなどその必死さが伝わってくる。
そんな突然、そんな大きな規模の災害が来ますと言われて、あっそうなんですねと、なにも疑わず本気で信じ人がいたとしたらどうかしている。冗談だろうと言いたくなるような話だ。
人間にはどんなに起こり得るとは分かっていても自分の身には危険はないと思い込んでしまう心理傾向がある。しかもこんなとんでもない話だ。
当然、最初は皆戸惑いながらもやはりそんなことを口にしていた人が大多数だった。
だというのにここまで来ると、最初の半信半疑はどこへやら。逆転してほとんどの人が来るものだと信じて疑っていない。
数年前の大地震の記憶が残る中というのも大きい。
人は突然、何が起こるか分からない。
本当に昨日笑顔で別れた人ともう二度と会えなくなるなんてことが起こりうる。
今日の朝だってこの街は震度三程度だったが、他の県では震度五弱を記録した地震も起きていた。ここ最近頻発している小規模な隕石の衝突によるものらしい。
数年前の大震災の時から度々、また数年後に大きな地震が発生するかもしれないと言われてきた。だけど、まさかこのままならそんなもの起きる以前に隕石で世界が滅びることになるなんて想像出来たものは誰もいなかっただろう。
起こる起こらないに関わらず、起きるものだと思っていた方が良いに決まっている。
一応そんな前代未聞の事態とはいえど、国を挙げて対策チームを作ったり必死に抗う動きも見せてはいるらしい。
首相も、国会に出るような他の偉い人達も、ましてや日本だけでなく世界中の大統領などお偉い方々も。
『諦めないで。死んで終わりだと思わないでください』とテレビなどで声を挙げている。学者の会見から切り替わり、今は総理の会見の映像が流れている。
橋本由希子首相。十年前に首相になった日本では初の女性総理。
当初はしばらく大きな注目と話題を呼んだが、今は綺麗で凛とした顔立ちとカリスマ性から多くの国民からの指示を得ている。
その橋本首相もテレビに出たり率先して動いてくれているが、進捗状況は芳しくないようだ。
「しかしこの件が影響しているのでしょうかね。近年増加傾向にあった自殺者数や殺人事件の数が、ここ一ヶ月は大幅に減少傾向にあるのは喜んで良いことなのでしょうかね」
ここ数年の自殺者の大幅な増加は大きな社会問題として取り上げられていたから、その反動からか減少もやたらと報道されている。
まあそりゃな。仮に死にたがってるやつがいるとして、もうちょっとでどうせ死にますって言われてんのに、わざわざ自分から苦しんで死にに行くような人はいないだろう。
殺人も同じだ。今すぐにでもと思うぐらい恨んでるなら話は別だが、手を汚してまで今これからすぐっていうのは少ないだろう。
それにもしかしたら世界の崩壊による自分の死を前に他人へ関心を持つ余裕がない、つまり怒りを持つことも減っているのだろうか。
あるいは、失うと知ってようやく他人の存在の大きさに気付き始めたか。
勿論どうせ死ぬからと好き放題やる輩や一部の過激な方達が暴動を起こしたと当初は聞くこともあったけど、徐々に少なくなってきていると感じるのは気のせいではないだろう。まあ情報操作なんかがある可能性もなくはないが、それをこっちが知る由はない。
それぐらい社会は穏やかになっていると俺は感じていた。
「あー、もう一ヶ月後か。どうっすかな……」
「どうかしたんですか?」
「いやー、家族と前行った温泉旅館でもいきてーなと思って。あそこすげー外観とか中とか綺麗だったし、料理美味かったし、また行きたいって言ってたんだよなー。休み取っちゃうかなって」
「厚志さん、休み全然取らないんですから、別に隕石どうこうは関係無く行った方が良いんじゃないですか?」
「おお、良いこと言ってくれるじゃないか、健人! そう言ってもらっちゃうとマジで考えちゃうぞ?」
「どうぞ、どうぞ。今なら全然問題ないと思いますよ」
熱血漢といった感じの顔と雰囲気をした体格の良い先輩の厚志さんが、俺の向かいに座りながら弁当を掻き込んでいる。
世界が滅びると言っているのに、まあ当然だが仕事が休みになる訳でもなく、土木作業員としての業務をこなす日々。
とはいっても発注は確実に減りつつあり、こういう現状により会社も休みに関しては今までよりも寛容になっている。
「ていうか健人も全然休み取ってないだろ。また行きたいとか思う場所は無いのか?」
「あー……無くはないですよ」
人は死ぬ時走馬燈を見るという。
まあそれは本当に死ぬ直前の話だが、しかしそうでなくとも自分の死を悟ると大方過去を遡ると聞く。
本当なんだな、と思う。
世界の多くの人が死ぬかもしれないと言われている今、仕事中でも家に帰っても度々過去に思いを馳せる。
遠い過去に手放さざるを得なかった故郷と関わり。
「絶対また会おう」
そう言って別れたあいつはまだ昔と変わらずにいるのだろうか。
もし本当に一ヶ月後死ぬことになるのなら。
あれ以来会っていない彼女に、もう一度会いたいという想いがどんどん強くなっていた。