この婚約は白紙になりましたわ
「殿下、……殿下」
「どうした」
「最近市井で流行の娯楽小説をご存知でいらっしゃいますか?」
「……くだらない」
「なんと」
「くだらないと言っている」
「平民が王子に見初められ、いじわるな婚約者との婚約破棄」
「……」
「その後その元婚約者の令嬢は悲惨な目に遭い、王子と平民は末永く暮らすというものでいらっしゃいます」
「くだらない」
「なぜ、そう言い切れるのでしょうか」
「平民と結婚など、無理だろう」
「無理ではございませんわ。なんでも愛があれば問題ないのでございます」
「あい」
「愛、でございますよ」
「なぜそんな話をするのだ」
「いやですわ殿下。他愛もない市井の流行りについてお話しをしただけでございます」
「平民と結婚など、無理だ」
「なら、愛妾になさるのですか?」
「……」
「わたくしこの前突然声をかけられました。クリス様を解放してあげてくださいと」
「……」
「わたくしは殿下を縛っていたのでしょうか?」
「……」
「なぜお黙りになっていらっしゃるのです?」
「彼女は、とても無邪気なのだ」
「無邪気」
「身分のことも、わかっていない。善良なのだ」
「善良」
「平民と結婚など」
「いいえ殿下。問題ございません」
「何の話だ?」
「わたくし三日三晩陛下とお父様に恐れながら直接申し上げました。わたくしは殿下を縛る悪女なのでどうか殿下の幸せを願うのであれば殿下のお心のままにしていただきたいと」
「何を言っている?」
「陛下もお父様もわたくしの話を聞き入れてくださいました。この婚約は白紙になりましたわ」
「何を言っている……?」
「申し上げましたでしょう、白紙です。なかったことになりました。破棄でもございません。婚約の事実はなかった。そういうことでございます」
「なぜだ?なぜ、そのような」
「もちろん、殿下のお幸せのためでございます」
「幸せだと?これが?」
「殿下は平民の娘との愛がお幸せなのでございましょう?わたくしのような悪女は身を引くべきと考えました」
「だめだ、そんなこと」
「白紙は決定事項です。それに何がだめなのです?愛を貫けるのに」
「だめだ、だめだ。平民と結婚など」
「そういえば殿下。最近ご体調が優れないようですね」
「……」
「娯楽小説の他に、市井では、流行り病もあるようでございます」
「……」
「体液摂取で感染するのだとか。恐ろしいことでございます」
「だめだ……」
「殿下、どうか素晴らしい愛を貫いてくださいませ。心よりお祈り申し上げます」
※ ※ ※
愛があれば何もいらない。
……そうなのだろうか。
愛があると何も手に入らない?