『エレベーター先に立たず』
東京はビルが多い。ふと見上げると、首を痛めてしまうような高いビルだ。
昼間というのに肌寒い季節になった今日この頃、私は一人、新宿を歩いていた。
とあるビルに用があったのだ。暖房をつけるにはまだ早い季節。中に入っても外とは変わらぬ寒さだった。
古びたビルだった。ちらつく蛍光灯の光は弱弱しい。
目指すは『十階』だ。もちろん階段を上るわけもなく、エレベーターの前に立つ。
ビルの中は閑散としていて、エレベーターを待つのは先客の老人と私だけだった。
一分ほど待った。エレベーターは何度か上階で止まったのち、一階に降りてきた。
降りてきたのは、スーツに身を包んだ男二人だった。
私と老人が、彼らと入れ違うように乗り込む。
私は『十階』のボタンを押し、老人は『十一階』のボタンを押した。
間もなくドアが閉まろうとした。
「────すいませんっ!」
しかし、ドアは再び開いた。若い女が足を滑り込ませてきたのだ。これに老人が小さく舌打ちしたのを、私は聞き逃さなかった。
若い女は息を切らしながら、『七階』のボタンを押した。
エレベーターのドアが再び閉まった。
古いエレベーターの小刻みな揺れに不安を感じつつ、私は、壁際にもたれかかれった。
若い女は、老人の機嫌の悪さに気づいていないようだった。夢中にスマホをいじっている。
私は、二人を背後から観察していた。
間もなく『七階』に差し掛かろうとしたときだった。
老人の腕が、『六階』のボタンに伸びた。
エレベーターが停止した。女がスマホから顔を上げ、そのままエレベーターから降りた。
老人がにやりと笑みを浮かべる。これには私も笑みを隠せなかった。
停止した階は、『六階』だったのだ。
女が気づいた時にはもう遅い。
ドアはすでに、閉まっていた。
了
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