恋愛成就のおまじない屋
もの凄く珍しいことなのだけど、鈴谷さんから話しかけられた。しかも、彼女は偶然にわたしを見かけた訳ではなく、どうもわたしを探していたらしい。
わたしは大学の新聞サークルに所属してはいるけど、出席率50%といったところだから、サークル室で待っていても確実に会える訳じゃない。それできっと校内のわたしがいそうな場所を探していたのだろう。
もしも、佐野君が聞いたら全力で羨ましがりそうだ。彼は鈴谷さんに惚れまくっているのである。
「小牧さん。ちょっと、教えて欲しいことがあるのだけど」
わたしは大学の食堂で他の友達と一緒にお茶をしている最中だった。彼女は「後で良い」と言ったのだけど、彼女がわたしを探すというのがあまりに珍しかったし、わたしは彼女に幾つか“借り”があるから、直ぐに話を聞く事にした。
友達との席を外して、彼女と二人で座る。
「最近、この大学で“恋愛成就のおまじない屋”が流行っているって聞いたのだけど、本当?」
わたしはこの近辺の噂話の類に精通している。鈴谷さんは民俗文化研究会なんてサークルに所属していて、そういった社会現象に興味がある人なのだけど、フィールドワークは苦手だ。多分、だからわたしを頼ったのだろう。
「ええ、本当よ。瀧脇って人が恋愛成就のおまじないをするのだって。有料で」
わたしはそう返した。なんだか胡散臭い話だと思ったから記憶に残っている。
「どんなシステムなのか知っている?」
「わたしもそこまで詳しくは知らないけど、お金を貰って恋愛成就のおまじないをするのよ。金額が多ければ多いほど、叶う確率が上がるのだって。面白半分で、100円とか50円とかでやってもらう人もいれば、1万円とか払っちゃう人もいるみたい」
鈴谷さんはそれを聞くと少し考える仕草をする。
「どうして、お金を払う人までいるのか知っている?」
「成功例があるからよ。
ほら、綺麗で、雑誌にも載ったって有名な新名さんっているでしょう? 知らないかな? その子を好きな男生徒がいたのだけど、パッとしない外見だったのに、恋が成就しちゃったのよ。それで一気に有名になったの。他にも恋が実ったって話がいくつか……」
鈴谷さんはそれを聞くとまた少し何かを考えているようだった。
「その新名さんって人とは連絡が取れる?」
「新名さん? 電話番号知っているわよ」
広い交流ネットワークがわたしの武器の一つなのだ。鈴谷さんとだって、サークル同士の連絡網を利用すれば連絡が取れる。……そう言えば、どうして鈴谷さんはサークル同士の連絡網を利用してわたしにコンタクトをして来なかったのだろう?
わたしは新名さんをチョイスするとそのままスマートフォンで電話をかける。彼女が直ぐに出たので、鈴谷さんが話したがっている旨を告げた。鈴谷さんはスマートフォンを受け取ると、新名さんと“恋愛成就のおまじない”について話し始めた。
「やっぱり」と言って、彼女は電話を切る。
「何が“やっぱり”なの?」
「新名さん。そんなおまじないの前から、その噂になっている彼のことを好きだったらしいわ。
多分、その瀧脇さんはその事を知っていたのじゃないかとも言っていた」
「つまり?」
「つまり、成就して当然の恋のおまじないをしただけなのよ、その瀧脇さんは。で、それを宣伝に利用した」
わたしは少し考えるとこう訊いた。
「でも、他にも成功例があるみたいよ。詐欺だとは言い切れないのじゃない?」
それに鈴谷さんは直ぐに返した。
「ねぇ、小牧さん。おまじないを頼んだ人達に話を聞いて、上手くいっているかどうか調べられたりしない? ある程度で良いのだけど」
「それくらいならできない事もないけど……」
どうも鈴谷さんは何かを思い付いたようだ。彼女は妙に勘が鋭くて、ちょっとした謎を解いてしまう事がよくある。今回も“おまじない”のトリックを見抜いたのかもしれない。
「こーいう事で、お金を稼ぐのはどうかと思うわよ?」
新聞サークルのサークル室にわたし達は瀧脇さんを呼び出した。
彼女は太々しい態度で、鈴谷さんがそう追及してもまったく反省の色を見せない。
わたしが聞き取り調査をしてみると、十数人中恋が上手くいったのは、たったの一人だけだったと分かったのだった。
彼女は失敗例は隠し、成功例だけをアピールする事で印象操作を行い、まるで恋愛成就のおまじないに効果があるかのように喧伝していたのである。
鈴谷さんが言うには、これはマスコミなどでも使われる印象操作の常套手段なのだそうだけど。
被害者の中には「この程度の金額じゃ効果がないのよ」と彼女から言われ、大金を支払ってしまった人もいたらしい。これでは悪質だと言わざるを得ない。
「知らないわよ。騙される方が悪いのじゃない?」
瀧脇さんがそう言うのを聞くと、鈴谷さんは軽く息を吐き出し、「それ、よく聞く詭弁の一つね」と言った。
「用心するべきだ、という意味ならそれは正しいけど、“良い悪い”で言うのなら、騙した方が悪いに決まっているでしょう?
騙した人が罰せられる社会じゃないと治安も秩序も保てない。だから世の中はそういう仕組みになっているのよ。子供みたいな理屈を言うのはやめなさい」
瀧脇さんはそれにも動じない。
「だから、どうだって言うの? 捕まえられるものなら捕まえてみなさいよ」
ただ、どうもそれは強がりだったようで、少しだけ声が震えていた。
「これだけの材料があれば、充分に詐欺罪で訴えられるわよ?」
それを見抜いているのか、鈴谷さんは厳しい口調でそう言う。瀧脇さんは明らかにたじろいでいた。
「あなた、自分のやっている事にリスクがあるってちゃんと分かっているわよね? しかも、今の時代、こういった悪事はSNSなんかを通じて一気に拡散するわよ? 就職だってし辛くなるわ」
その鈴谷さんの言葉で瀧脇さんは黙る。少しの間の後で「脅す気?」と小声で言う。効果は覿面だったようだ。
「脅すつもりはないわ。これは警告。もっとも、今後もこんな事を続けるのなら、相応の行動に出るけどね」
鈴谷さんはそれから淡々とそう言った。冷静な口調がかえって怖い。
またしばらくの沈黙があったのだけど、やがて瀧脇さんは観念したのか「分かったわよ」とそう返した。それから彼女は立ち上がると、サークル室を黙ったまま出ていってしまう。
彼女の悪事の証拠は消しようもなく残っている。わたし達が被害者達に真実を伝えれば、それだけで彼女は社会的信用を一気に失う。嘘もつけないし、誤魔化せない。まぁ、放置しても大丈夫だろう。
「ところで……」
瀧脇さんが出ていった後で、鈴谷さんは訊きにくそうに尋ねて来た。
「……佐野君は、瀧脇さんにおまじないを頼んでいたりしないわよね?」
わたしはそれに驚いてしまう。
どうやら、彼女が今回の件に首を突っ込んだのは、佐野君が詐欺に引っ掛かっていないかと心配したかららしい。わたしを探すのにサークル同士の連絡網を使うとそれがバレてしまうから使わなかったのだろう。彼女も意外に可愛いところがある。
「していないと思うわよ。いくら彼でも、鈴谷さんと付き合いがあれば、この手の詐欺には騙されないのじゃない?」
まぁ、心配する気持ちも分かるけど。
彼なら或いはと思ってしまう。
それくらい彼は鈴谷さんに惚れているから。
「佐野君に鈴谷さんが心配していたって伝えたら、大喜びすると思うわよ」
そう言ってみたら、鈴谷さんは「やめて」と言った。
どうやらちょっと照れているらしい。