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異世界でも見える人  作者: 雨音静香
第二章 無能姫と大寒波
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008 血路を見出したならば……

「本当に……湯が沸いた……」

 自分の使った魔法に驚愕したのは、ユーメイル伯爵領軍の魔法科部隊を率いるロンデルであった。

 ウェーリアの魔法が湯を生み出せることは実証したが、それを使えるのがただ一人では焼け石に水である。

 だが、領内に多くいる『水』の天授技能持ちの魔法使い達がレンジを覚えれば状況は一気に改善すると、早速グリフィスは検証に入った。

 そして、その結果が早くも目の前で示されたのである。

「熱い湯だけでも提供出来れば、燃料が尽きるまでの日数を先延ばし出来るはずだな?」

 グリフィスは目の前の状況に目を輝かせて、自らの知恵袋でもある執事のウィグルスに同意を求めた。

 これに対して、力強く頷いたウィグルスが言葉を発するのを遮るようにサラが口を開く。

「お待ちください、お父様!」

「な、なんだ……サラ……」

 直前まで命を奪うことを考えていたこともあり、思わず動揺しながらも、グリフィスは自らの娘へ視線を向けた。

 瞬間、状況を覆せるかも知れないという希望、娘に対する申し訳なさ、娘の知恵への恐れ、打開策を生み出したかも知れない娘の父である誇り……グリフィス自身が把握しきれないほどの感情が同時に膨れ上がる。

 そうして、動きを止めたグリフィスを見たサラは、その視線を今レンジ魔法を実践したばかりのロンデルをはじめとした伯爵領軍の魔法部隊の面々に向けた。

「お湯を沸かせるだけでは、民を救うことは出来ません」

 サラの断言に、いくつもの呻きが漏れる。

 レンジの魔法は暖を取る助けになるとロンデル以下全員の共通認識であった。

 だが、その一方で、グリフィスほど魔法の効果を盲信していない。

 水を扱う魔法が得意な者が多いからこそ、水が熱を保持し続けるのに向かないことを経験で知っていた。

 それどころか、水が乾く時に熱を奪う性質があることも経験で知っていたのである。

 温かい飲み物を配ることには役立てど、それで寒波を乗り切れるほどユーメイル伯爵領の置かれた状況は甘くないのだ。

 そして、サラはそれを発明者でありながら、あっさりと断言したのである。

 希望を持たされ、その手でその希望を断たれたグリフィス達、伯爵領上層部の三人は絶句してしまう程の衝撃がその断言にはあった。

 しかし、この状況でロンデルだけがある種の確信を持って、サラに質問する。

「サラ姫様、つまり、湯を沸かす以上のことが出来れば、民を救えるということだな?」

 経験と勘でサラの言葉をロンデルは、そう読み解いたのだった。

 対して、サラは小さく頷く。

「皆さんはお湯を沸かし続けると、お鍋ややかんの中から水が無くなってしまうのは知っていますね?」

「ああ、詳しくはわからないが、氷から水に変わるように、目に見えない空気の仲間になるからだったな」

「はい、霧の魔法を使われる皆様なら、水の状態変化といえば、なんとなくおわかりいただけるかと思います」

 ロンデルの言葉にサラはしっかりと頷き、魔道士達を見渡した。

 皆が自分とロンデルの話に集中しているのを確認した上で、サラは核心に踏み込む。

「そして空気には、量の差はあれど、この目に見えない水が含まれていますね?」

「ああ、水魔法の中には、魔法を行使する為に、それらに働きかけて……」

 そこまで言ってロンデルの表情が驚愕に変わった。

 ロンデルの変化にざわめき出す魔法使い達の中で、隊長と同じことに気づき始めた魔法使い達も、驚きの表情を浮かべ始める。

 サラはその様子を確認した上で「できますか?」とだけ尋ねた。

 体を小刻みに震わせ始めたロンデルは、自分の経験に照らし合わせて確信する。

 その上で、会話の中身について行けていないグリフィス達三人の首脳陣に向き直った。

「サラ姫様は、空気の中に含まれている目に見えない水の粒に、レンジの魔法を使えるかと問われたのです……そして、試してはいませんが、俺……いや、私の経験と勘で判断する限り……可能です」

 普段グリフィス相手であっても使わない不慣れな敬語を使ってしまうほど、ロンデルはサラの示した魔法の使い方に強い衝撃を受け、体を震わす。

 驚喜と畏怖が混じった感情を、幼く小さな二の姫に感じながら、ロンデルは魔法を初めて使った日のように、試したいという気持ちでいっぱいになっていた。

 一方、サラは変わらぬ表情で、補足とばかりにグリフィスに進言する。

「湿度、つまり空気に含む見えない水の量を増やし、部屋の隙間を減らすことで、温室のような効果を生み出せるはずです。ただ、レンジの魔法は、人間の耐えられない高温を生み出してしまう可能性もありますから、必ず習熟訓練をした上で、人のいない部屋に使うことで、疑似温室を造り上げてください」

 その進言に対して真っ先に反応したのはロンデルだった。

「サラ姫様、そのお言葉に従い、民を救うためにそのお知恵を借り受けさせていただきます」

 次いで魔法使い達がロンデルに続き頭を下げる。

 その一種異様な光景に、グリフィスも、ローティスも、ウィグルスも何も言うことが出来なかった。

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