005 過酷な状況で……
世界最強の国と称されるサンデルク王国の国土は、デルキュリス大陸の中央部に位置していた。
広大な国土には、長大な流域を誇る河川がいくつも流れ、比較的平坦な大地が広がっており、巨大穀倉地帯を複数所持しており、これが強大な国力の基礎の一つとなっている。
王国内の気候も比較的温暖で、領地の南部の海に暖流が流れるユーメイル伯爵領は、特に過ごしやすい土地として知られていた。
だが、物事には例外が常にあるもので、サラが六歳となったこの年、王国は未曾有の大寒波に襲われることとなる。
基本的に王国全体がコレまで温暖だったこともあり、雪が降るなどと言うことは年に数日、多くて十数日という程度だった。
だが、この年は冬の初めから空を厚い雲が埋め尽くす日が多く、これまでは数日で溶けていた雪が溶けきる前に、新たな雪が降り重なり、これまでとは比べようのない寒波を齎したのである。
もちろん、王国上層部はこの寒波の襲来を予測出来なかったわけではなかった。
事前に『未来予測』『未来視』『予見』『占術』といった未来の出来事を予想・予測出来る天授技能所有者達で構成された『先見術士隊』が中心となり、『火』の天授技能を持ち、火魔法を得意とする者達が、各地に派遣されていたのである。
しかし、国民の命を守るため、各地に火魔法の使い手を送り込み、寒波対策を万全に敷いたかに見えた王国の中で、ユーメイル伯爵領だけが唯一例外となり、火魔法使いが派遣されぬ土地となっていた。
「何故だ、何故国王陛下は、我が伯爵領に火魔法の使い手を派遣してくれぬのだ……」
サラの父である当代のユーメイル伯爵、グリフィス・ユーメイルは、執務室の机の上に並べられた領地の各地から上がってくる情報を前に声を震わせていた。
そんなグリフィスの姿に、表情を曇らせながら、彼の父であり先代の伯爵でもあったローティス・ユーメイルは、傍らに控える老執事ウィルグスに視線を向ける。
「ウィルグスよ。陛下は我らが領からの報告に対して、ご判断を改めてはくださらぬのか?」
ローティスの問いに、ウィルグスは暗い表情のままで、短く「はい」と答えた。
その上で悲痛な表情で、国王からの言葉を口にする。
「『先見術士隊』の未来予測では、ユーメイル伯爵領は自力で切り抜けると出ている。王国の人材も不足しているが故、ユーメイル伯爵には今しばらく耐えて欲しい……とのことです」
老執事の口から告げられた言葉に、グリフィスは湧き起こった怒りを抑えきれず、気付いた時には握り込んだ拳を机に振り下ろしていた。
それから、怨嗟の籠もった声を発する。
「確かに、我が領の備蓄燃料を吐き出している今はどうにか犠牲者を出さずに済んではいる……だが、終わりの見えない寒波に対して、今の備蓄で、後どれほど耐えられるというのだ! 具体的な対策を示さず、『先見術士隊』の未来予測では自力で切り抜けるだと! それが出来ればっ! その方法を見いだせていればっ! 何度も何度も何度も何度も助けを求める書状を送るわけがなかろう!!」
目の前に破滅が差し迫ってる現状に対する王国の対応が、無責任で身勝手な物言いにしか思えず、グリフィスは徐々に怒りの炎を大きくしていき、最後はぶつけどころのない感情を込めて怒鳴っていた。
そして、その父であるローティスも、彼らニ代に仕える老執事ウィルグスも、グリフィスの言葉を諫めない。
なぜなら、その場の三人共が、もうあと数日で、犠牲者が出ることを現実として確信していたからだった。
「して、どう判断する?」
長い沈黙を破って、ローティスは現伯爵である我が子に声を掛けた。
対してグリフィスは疲労感の滲んだ暗い表情で「どう、とは?」と聞き返す。
それに対して、ローティスは一度深い溜め息を吐き出してから、その表情をとても冷たいものに変えた。
「どの村から切り捨てるのだ?」
ローティスの言葉に、ウィルグスは顔を伏せる。
領地を預かる者として、どれほど恨みを買おうとも、全体のために一部の犠牲を選択しなければならないことを痛感しているからだ。
そして、それは現伯爵であるグリフィスとて、深く理解していることである。
むしろ自分が切り出すべきことなのに、わざわざ声に出してくれた父に申し訳なさと共に感謝を抱いてしまったほどであった。
だからこそ、どこを残しどこを諦めるのかは、自分の判断で、自分の言葉で切り出すべきだと決意したグリフィスが口を開き掛けたところで、急に老執事ウィルグスが声を上げる。
「グリフィス様、廊下に二の姫様が見えられたようです」
ウィグルスがそう告げた瞬間、来訪者を知ったグリフィスが「なに?」と聞き返すと同時に、その目には強い怒りが宿った。