003 選ぶ生き様は……
ユーメイル伯爵家の次女にして、誰もが所有する天授技能を与えられなかった不幸な姫であるサラは、前世の、異世界で生きたという記憶を有していた。
とはいっても、事故死したショックか、記憶を受け止めきれなかったのか、その全ての記憶を受け継いでいるわけではなく、思い出せる細かなエピソードや知識には、欠けや曖昧な部分が多く混じってしまっている。
むしろ、サラが強く継承していたのは、記憶や知識よりも『察する能力』であった。
人ならざるモノを見て、その存在の有り様を知り、理解し、生者と変わらぬほどはっきりと認知してしまうほどの強い感受性は、恐らく魂に深く刻まれてしまっていたのだろう。
今世においても、健在……と言うよりも消すことが出来なかった『察する力』は、サラの中でも能力を発揮し、自分に向けられる、愛情、羨望、戸惑い、嫉妬、落胆……ありとあらゆる感情を、つぶさに伝えていた。
故に、サラは鑑定を受けた直後に『天授技能を与えられなかった』という事実と、その異常さ、問題の深刻さを読み取ることができたのである。
だが、触れ合う人々から伝わってくる情報は、魂に根付く前世の知識と相まって、サラの幼い胸の内に、恐怖の感情を溢れさせた。
何しろ、サラの中の知識には、朧気ながらも、異端や異物、突然変異……そんな存在が自然界でどうなるか、あるいはどうなったか、が記されている。
いかに年齢にそぐわない素養を持つサラといえども『淘汰』あるいは『排斥』が脳裏に過れば、冷静でいられるわけも無かった。
ましてや、今はまだ一歳を迎えたばかりなのである。
まともに体は動かせないのに、脳裏には恐怖を助長するような記憶だけが鮮明に浮かぶのだ。
例えば、肌の色が、髪の色が違うと言うだけで、殺されてしまった存在、霊を見る力があっただけで凶事を収める生け贄にされてしまった霊……前世で出会った霊は皆、自分では覆せなかったと嘆いていたのである。
これで恐怖を覚えない方がおかしいのだ。
いつ家を追い出されて捨てられても仕方が無いと、サラは覚悟を決めたが、しかし、それでも怖くて仕方が無い。
これまで優しく接して貰っていたからこそ、その手の平が返される瞬間が訪れるかも知れないという思考が、サラを追い詰めた。
だが、サラの恐怖の想像に反して、伯爵家の家族も使用人も、彼女を迫害することも、拒絶することも、ましてや排除することも無かった。
哀れみの念を含んでいたとしても、これまでの期待に対する落胆があっても、自分をこれまでと変わらず……あるいはこれまで以上に気に掛けてくれる家族や使用人に、サラは感謝の念を抱く。
一方で、サラは領民に対する申し訳なさも感じて居た。
というのも、この世界の貴族というモノは、年齢的な配慮はあれども、貴族の責務として、性別の区別無く、自らの『天授技能』を駆使して、民を庇護し、民はその代償として税を納めるのである。
つまり『天授技能』を持たないサラは、自分の役目を果たせないのだ。
にも拘わらず、鑑定前と変わらない生活を与えられていることを申し訳なく思い、心ない人々達が自分を『無能姫』と評している事実を、サラは当然として受け止める。
それだけで無く、サラは天授技能で貢献出来ないならば、何か他の手段で力を貸すことは出来ないかと考え始めた。
そして、この考えこそが伯爵家の二の姫として生まれながら『天授技能』を与えられなかった『無能姫』の歩む道を決定づけたのである。
そんなサラの最初の目標『周囲を頼らずに生きる』が波紋を呼ぶのは、その数年後のことであった。