031 未知の敵に……
騎士団長ガルドスが出頭するなり、ウェーリアからの情報を元に、現場の調査と領民の避難を指示したサラは続いて、魔法団長ロンデルに視線を向けた。
「魔法使いとして、炎の柱の件、どう思いますか?」
「まだ、現場へ先遣隊が辿り着いていませんので、はっきりとしたことはいえませんが……」
遠回しな表現で発言を渋るロンデルに対してサラは単刀直入に「魔法ですね?」と踏み込む。
「……可能性は高いかと……」
サラはロンデルの答えに頷いてから「人間だと思いますか?」とさらに踏み込んだ。
ロンデルは少し考えた素振りを見せてから首を振って「可能性は低いと思われます」と断言する。
対して、サラはその思考を読んだのかのようにピタリと、思考の流れを言葉にして見せた。
「他領あるいは他国の軍事行動とするには小規模なのと、領都近くまで潜入しているのであれば、わざわざそこでことを起こす意味が薄いからですね?」
「……はっ」
わずかな驚きを覆い隠すほどの『やはりサラは傑物だったのだ』という感動を噛みしめながら、ロンデルは同意して見せる。
「で、ある場合、魔法を使う魔物かそれに類するものと考えるのが自然ですね」
誰に言うでもなく、呟くようにそう言ってから、サラはガルドスに視線を向けた。
「先遣隊に連絡を、接触よりも警戒の方を優先してください。情報を持ち帰ることを何よりも優先するように!」
「直ちに」
命を優先しろと言われても領兵たちは従わないと知っているサラは、あえて情報を持ち帰ることを重要視していると伝えることで、生存率を高めようと試みる。
一方、ガルドスもその意図を汲んで、携帯式の通信機を操作して、すぐに指示を飛ばした。
ガルドスが指令を出している隙に、再びロンデルに視線を戻したサラは、真剣な顔で問う。
「考えられる敵性存在の中で、最悪なものは何ですか?」
「なんと仰られました……か?」
「考えられる中で最悪の敵とは何でしょう?」
自分が何を聞かれたのか理解できずに問い返したロンデルに、サラは改めて問うた。
サラの意図としては、最悪の状況を想定して対策を立てておけば、どんな状況にも対応できると思っての問いかけだったが、ロンデルの耳には違って聞こえる。
何しろ、サラに『最悪』と言われた時点で、思い浮かべてしまったのだ。
かつて王国の領土で暴れまわった最悪の炎の魔物、炎の魔人『イーウェイン』という最悪の存在をである。
「ロンデル、その思い浮かべたものを教えてください」
サラに要求されたロンデルは、半信半疑ながらも自らの声にそれを乗せた。
「かつて、そう……王国の建国期に、王国の半分近くを焦土に変えたという炎の魔人……『イーウェイン』」
「バカな!」
ロンデルのあげた名前に強く反応をしたのはガルドスである。
なぜなら、それが敵として、出現することそのものが、王国を揺るがす大問題であるからだ。
「考えうる可能性は全て考慮するべきではないか? ガルドス……姫様は最悪と仰られた。だから、かなり可能性は低いがそれでも考えられる最悪の名をあげたまでだ」
渋い顔でロンデルは可能性は低いと言うが、その頭では、相手が炎の魔人だった場合の対策を考慮している。
「かつて王国を焼いた炎の魔人は、我が伯爵家の始祖であるヴォルティス・ユーメイルら、当時の王国の勇士たちによって討伐され、その身は九つに打ち砕かれ封印されたとされています。その後、長き王国の歴史の中で、九つの封印の多くは忘れ去られていきました」
静かに語り出したサラの言葉に、ロンデルもガルドスも、内心の動揺を表情に張り付けながら視線を向けた。
視線を受けるサラは、静かに目を閉じ「歴史の中に隠れていた封印の一つが、今日この日、封印を解かれることをありえないと言いきれるでしょうか?」と語り掛けるように二人に問う。
だが、サラの問いに対する答えはなかった。
「確実に伯爵家の人間がいないこの時を狙われたという点については、二人も同意見だと思います」
「それは……」
「確かに」
「つまり人為的に引き起こされた魔物の襲来ということになれば、炎を操る魔物を誘引して来るより、現地で封印を解く方が容易だと思いませんか?」
サラの言葉に、深く頷いたロンデルは自らの知る情報で、その推測を補強する。
「……姫様の仰ることはもっともです。炎を操る魔物は、火災を引き起こす可能性が高く、一般的には遭遇した時点で討伐が常となっています……我が国では捕獲の事例はなく、誘導したという事例があるにはありますが、その最中に周囲に火災を巻き起こしたそうです」
更に続いて、ロンデルの情報を耳にした以上、ガルドスも頷く他なかった。
「つまり、領都付近の森で炎の柱が目撃される以前の報告がなされていない以上、姫様のおっしゃられた通り、現場付近で何かの封印が解かれた可能性が高いというわけですな」
ガルドスの言葉に軽く頷いたサラは「どちらにせよ、今は報告を待つしかありませんね」と返す。
先遣隊からの報告が入ったのは、それからまもなくのことだった。
派遣された先遣隊の視覚情報を、通信機経由で受信したメルティナは、現伯爵領の首脳部であるサラと二人の団長に即座に動画として提供した。
目視されたマネキンのような黒い人型から炎を噴き出している敵の姿を確認したサラが手短に礼を伝える。
「ありがとう、メルティナ」
「い、いえ!」
敬礼で応えるメルティナに頷いてから、サラは二人の団長に視線を向けた。
「まずは魔法団長として、ロンデルはどう思いますか?」
サラの質問は予測していたことであり、返す言葉も決めていたロンデルだったが、指名された途端声が出なくなってしまう。
それでも、頭を振るって「伝承に聞く炎の魔人と似た形状でした」と断言した。
「ガルドス、騎士団長として何かありますか?」
サラに振られたガルドスは頷きながら、自分の感じた情報を共有するため口にする。
「必要ではないかも知れませんが、観測位置の報告、距離から敵は、人間の子供程度のサイズだと思われます」
「いえ、必要です、ね、ロンデル?」
さらに話を振られたロンデルは大きく頷いた。
「子供サイズと言うことは、封印が解かれたのは九つの中でも小さい欠片……あるいは欠片の欠片かも知れません」
建国当時に討伐され分割封印された炎の魔人『イーウェイン』であるが、その欠片は均等に分けられたわけではなかった。
大きさは大小様々で、欠片が大きいほど強力な力を秘めていたと伝わっている。
ここから先は、あくまで伝承であるので、王国史の中で封印が解かれたという事実は残っていないが、封印を解かれた炎の魔人の欠片は、その欠片に相当する魔力を引き継いでいた。
大きいものは強く、小さいものは弱くなる。
それが開封直後に出現する炎を纏った人型の大きさに直結しており、最も大きい欠片は巨人サイズであった。
伝承として、それらを知るサラとロンデルは、そこから封印を解かれた炎の魔人は、脅威度で言えば最悪までは至っていないと判断したのである。
また、ロンデルの言う欠片の欠片とは、封印を解かれた欠片の炎の魔人は討伐後に、さらに砕かれより小さい欠片にされたという伝承に基づいたモノだった。
「では、ロンデル、魔法団、水、氷結が得意な魔法使いを城壁内に、城内に炎が飛び火した場合に備え、炎と空気のコントロールが得意な魔法使いを、伯爵城に配置してください」
「はっ!」
サラの指示に対してロンデルは素早く敬礼で応えると、携帯通信機に魔力を流し指示を伝え始めた。
「ガルドス、現場に出ます。警戒はしつつも敵との距離は取った状態を保つように、先遣隊には伝えてください!」
「お、お待ちください! 現場にとは、まさか姫様が出向かれるのですか!?」
慌てた様子で尋ねてくるガルドスに、サラは「当たり前です。伯爵家の人間は私しかいないのですから」と言い切る。
「そ、そうかも知れませんが、姫様にもしものことがあれば……」
「大丈夫です」
きっぱりと断言するサラに、ガルドスは顔を青ざめさせた。
その知性に関しては尊敬すら覚えているガルドスではあるが、サラは普段から行動的だとは言え、伯爵城から出ることすら禁じられている深窓の姫君である。
いきなり領都の外に、しかも魔人討伐のために出向くとなれば、全力で止めるべきなのだ。
だが、サラはどこに根拠があるのかわからない自信で胸を張ってみせる。
「大丈夫です、私にはこれがありますから!」
そう言ってサラが二人に見せたのは、父グラディスから預かった伯爵城宝物庫の鍵であった。
「城に眠る数々の魔法道具を使えば、伯爵家の役目は果たせるはずです!」
サラの力強い断言に、ロンデルとガルドスは「「はっ!」」と声を揃えて敬礼をすると、臨時執務室を飛び出していく。
その後ろ姿を見送った後で、サラは誰もいないはずの中空に視線を移し、話しかけた。
「では装備を調えに参りましょう。ガルティスさま」




