020 難題の解決法は……
結局、肝臓の癒着実験が成功したのはそれから三日後のことであった。
領内でも指折りの能力の使い手であるランティスですら、気持ちや集中力が高まっていたとしても、成し遂げるまでに三日を要するほど難易度の高い天授技能の使い方である。
常人であれば、失敗が続くことや皆の期待に応えられないプレッシャーで大きく精神を疲弊していただろうが、ランティスは逆に気持ち悪いほどにこやかであった。
普段は会いたくても理由なしには会えないサラと連日顔を合わせられる上に、密着とはいかないものの、部屋の狭さもあって至近での実験である。
彼の中の邪心が失敗を重ねてこの時を継続させようと囁くほどに、ランティスはこれまでに無いほどの充実した時を過ごしていた。
とはいえ、いつまでも失敗が続けば、サラの中の自分の評価も下がるし、何より自分自身のプライドが許さないので、ランティスは手を抜くことはなく、常に全力で実験に挑み続けたのである。
そして 三日間の挑戦は、鶏のお腹を裂いて、直接肝臓の状態を確認したフロストの頷きを持って終了した。
「お兄様、これで失われる命を救うきっかけを生み出せたかも知れません」
サラの言葉に、ランティスは目を丸くした。
言われるまま実験に参加し、サラの出した課題をクリアしただけのランティスは、ようやく自分の実験が何を目的したモノか考えもしなかった自分に気が付いたのである。
とはいえ、サラに何も考えず課題クリアに挑んでいた事を知られるのは、プライドが許さないので、ランティスは平然を装って質問を口にした。
「サラ、救うきっかけというのは、どういうことか教えて貰っても良いだろうか?」
ランティスはそこまで言った後で、誤魔化したいという思いに押され余計な言葉を付け足す。
「その……使い道は気になっていたが、実験に集中したかったので、今まで聞かなかったのだが……その、気になってだね」
徐々に小さくなるランティスの発言に、サラは僅かに目を細め、それから一度目を閉じ、そのままで質問を口にした。
「お兄様は『不治の病巣』というものをご存じですか?」
「聞いたことがある程度だね。罹患すると治らない……と」
ランティスの言葉を聞いたサラは、目を開いて視線をフロストに向ける。
それだけで、視線の意図を読み取ったフロストは「では、私から説明させていただきます」と頭を下げた。
サラとフロストのわかり合っている様子に、少なからぬ嫉妬を抱きながらも、ランティスは気持ちを抑えて「頼む」と告げる。
「治癒魔法は基本的に、怪我だけでなく、病気や毒などによる不全を癒やすことが出来るのはご存じですね?」
フロストに戦場に出る貴族であれば誰もが知るであろう治癒魔法に関する基本を尋ねられて、ランティスは少し苛立ちながらも、どうにか感情を抑え「ああ」と返した。
「いま話題に挙がった『不治の病巣』は、その基本に反する存在なのです」
「……というと?」
「『不治の病巣』は治癒魔法を掛けても癒やす……消し去ることが出来ないのです」
フロストの言葉に、ランティスは「なるほど、それで……」と頷く。
が、ランティスの理解はまだ足りていなかった。
そのせいで、続くフロストの言葉に驚愕することとなる。
「それだけでなく、活性化するのです」
「なに?」
「この『不治の病巣』の罹患者に治癒魔法を使ってしまうと癒えるどころか、逆に命を削ってしまうのです」
そこまで聞いてランティスはようやく『不治の病巣』がなにゆえ『不治』なのかを理解した。
そのタイミングで、不意にサラの声が響く。
「そして……不治ゆえに、これを神罰と捉える人間が多いのです」
「神罰?」
「治癒魔法で治せない病ゆえに、それに罹患したということは、天がその者を見放したせいだと考えるのです」
サラの言葉を聞き、不治の病にかかることが、そのままイコール神罰になら無いだろうと考えたランティスは「しかし」と疑問の声を上げた。
対してサラは溜め息交じりに「多いのですよ」と返してくる。
「多い?」
意味がわからず首を傾げたランティスに、サラは溜め息を吐き出した。
それから改めて説明の言葉を追加する。
「貴族、商人など、後ろ指を指されるような生き方をしている者達に、罹患する者が多いのです」
ランティスの反応を見つつ、サラは「故に不徳の証、神罰であると思われています」と結んだ。
「……なる、ほど……」
サラの言葉に、今度は納得した、しかし頷いたランティスの顔には苦さが浮かんでいる。
そんな無理に納得しようとするランティスに対して、話を主導していたサラ自身は、神罰だとは一切思っていなかった。
前世の世界の記憶で考えた結果、サラはいわゆる『ガン』みたいなものだと認識している。
その認識に基づいて考えれば、悪性のウィルスや病原菌に感染した組織や器官といった組織を治癒魔法が活性化させることで治癒を果たしているのと同じ理屈で『ガン組織』を治癒魔法が活性化させてしまうのだと推測していた。
また、悪徳と言われる者に罹患者に多いのも、不摂生な生活を送る者が多いからだろうとサラは考えている。
それゆえに、罹患の原因として『神罰』に考えが至ったとこと自体は理解出来るものの、サラとしてはナンセンスだと言わざるを得なかった。
とはいえ、現状では、医術に関わる者ですら『不治の病巣=神罰』ということを信じてしまっているので、罹患者達は口を閉ざし、医師すら診察や治療を避けているのも事実である。
自分が神罰でないと訴えかけたところで、この状況は覆らないととサラは考えていた。
実際には、サラ信者も少なくなく存在しているので、大きな影響を与えそうではあるが、本人は自分の影響力を誤解しているので、その可能性には考えが至っていない。
そんなサラが対策として考えたのが、治療法の確立であった。
神罰だと考えられている最大要因は『不治』だという事実で、そうであるならば、治せてしまえば、『不治』では無くなり、結果、神罰では無いと証明出来る。
まるで、背理法による証明のような理論展開だが、数学が前世で苦手だったサラは、その恩恵を受けていることに気付いてはいなかった。
「では、サラはこの方法なら、治せるというのだね?」
ランティスは、自分の予測よりも、考えていることのレベルが、遙かに高いことに衝撃を覚えながら、慎重に返答を求めた。
理解仕切れない可能性のあることを聞き出そうという自覚はあるので、ランティスとしては自分がサラの言うことを誤認することだけは避けなければと肝に銘じる。
その上で、目の前の想像を絶する知者の言葉を理解していると思しきフロストに視線を向けた。
「当然ながら、実験を繰り返す必要はあります。ですが、誰もが治る可能性があるのに諦めてしまうという現状は覆せると確信しています」
まずは、一症例とサラは考えている。
己の命が天秤に乗っているならば、成功例を一つでも生み出せば、貴族や大商人達は必ず食いつくだろうとサラは確信しているのだ。
そして、それを切っ掛けに研究も行われる。
当初は手探りで人体実験的側面も出てしまうかも知れないが、未来を見定めれば、受け入れられるレベルの犠牲だと、サラは割りきってもいた。
というのも、放っておけば命を落とすのは確実なのだし、人体実験的とは言え、治療であり、対象は権力者なので、無茶苦茶はしないだろうという目論見もある。
そして、このサラの目論見は、予測通りとなり、医学界においてもユーメイル伯爵家は名を馳せることとなるのだった。




