012 少しでも悩みを……
「まさか、あんな方法で作っていたとは思わなかったわ」
珍しく驚いた様子を見せたサラに、クレアは内心で戸惑っていた。
サラが生まれた時から数えて既に十年も傍にいるクレアとしては、彼女が驚くことの方が驚きなのである。
「サラ姫様にもご存じないことがあったのですね」
「クレアは私をなんだと思っているの? さすがに知らないことの方が多いわよ」
「は? 伯爵領内の学者達から真なる賢者と言われてるサラ姫様がですか?」
クレアの言葉に、サラは心底嫌そうな顔をしてみせた。
それから溜め息混じりに「勝手に賢者とか言わないで欲しいのだけど……」と肩を落とす。
対してクレアは「ではそのように申し伝えておきます」と頭を下げた。
サラはそんな恭しいクレアにジト目を向ける。
「言っておくけど、口に出さないだけで心の内で思っていたり、私の知らないところで使っているのも本当はダメなんだからね!」
「そう仰られましても、心の内のことまでは法で縛れないですし、また、縛ってはいけないと、私はある尊きお方に教わりましたので」
シレッと言い放つクレアが言う尊きお方とは、当然、サラのことだ。
つまりは自分で過去に発した言葉が、ブーメランのように返ってきたのである。
その事をわかった上で、サラは溜め息を交えながら口を尖らせた。
「余計なことを言ったわね、その尊きお方って人は……こんなことなら、ついでに、例外があるって付け足しておいて欲しかったわ」
「ところで、先ほどは何に驚かれていたのですか?」
クレアにそう尋ねられて、サラは手にした本を小さく掲げて見せた。
「本、ですか?」
「そう……私が驚いたのはこの本……正確には写本の作り方が衝撃だったの」
サラの言葉にふむふむと頷いたクレアは「写本というと『複写』の技能ですか?」と尋ねる。
前世の記憶もあり、幼い頃から書物を読みふけっていたことで、知識面では『賢者』と称されるほどのかなり高い水準にあるサラだが、こと天授技能に関わることについては知らぬことが多かった。
そもそもサラ自身が天授技能を持ち合わせていないので、理解出来ないというのも大きい。
天授技能を、手足を動かす程度の感覚で皆が操っているというのはわかっても、実際に体感したわけではないので想像し切れないのだ。
その上で、天授技能は同じ名称の技能であっても、その効果や特性が多種多様なのである。
例えば『火』の天授技能であれば、当然火に関わる能力が与えられているわけだが、その特性が火の色や形を変えることに特化している者もいれば、その温度を操るのに特化している者もいるし、その効果範囲が広い者も狭い者もいるのだ。
まさに千差万別であり、それ故にサラは未だに天授技能を理解しきれずに、苦手意識を持っている。
もっとも、能力の特性、向き不向きなどの詳細まではわからなくても、普通は相手の天授能力がどのようなものかを漠然と知ることが出来るため、無能力者であるサラだけが例外なのだ。
普段から何でも知っているようなサラが、天授技能が理解出来ないと頭を悩ませる姿は、本人にとっては当然で、クレアのような周りの者からすると奇妙に映る。
そんなサラの姿を不憫に感じながらも、クレアはその一方で自分と同じように悩む姿に安堵してもいた。
「まさか、同じページ数でさえ在れば、その内容を丸々写し取れるなんて思わないでしょう?」
「え!? そうですか? それが『複写』じゃないですか?」
サラの疑問に対して、クレアは首を傾げてくる。
その反応で自分の方がこの世界の常識から遠いところにあるのだと再確認してから、クレアに自分が何故驚いているのかをサラは語り始めた。
「まずクーデルさんが使う『複写』は、紙や布に自分の記憶にある映像を焼き付けるじゃない?」
だが、出だしでクレアに首を左右に振られてしまう。
「あら、サラ姫様、それ、間違ってますよ」
「え!?」
「クーデル先生が使われるのは『念写』であって、『複写』ではありません」
クレアの指摘にサラは押し黙った。
そうして、しばらくの見つめ合いが続いた後で、サラは溜め息を零すと、そのままクレアへ問い掛ける。
「そう……か、違う天授技能なのね。なるほど……ところで『複写』って本の複製にしか使えないのかしら?」
サラが何を聞きたがっているのかわからなかったクレアは、まずは誤解の無いようにするために、多少失礼だろうかと思いながらも「それはどういった質問ですか?」と尋ねた。
クレアの問いに、サラは不快な態度を取ることなく「そうね」と思考を巡らせ始める。
やがて、自分の頭の中で考えを纏めたサラが改めて口を開いた。
「『複写』の天授技能を授かったフロストさんに相談されたんだけどね、彼は自分の写本作りという仕事に誇りを持っていないわけじゃないのだけど、でも、本当は人の命を救う仕事をしたいそうなのよ」
「医学書を複製する仕事では駄目なのでしょうか?」
「ダメではないわ。むしろ、誇りを持って取り組めているのは、そういった面で貢献出来ている実感があるからだと自分でも言っていた……ただ、彼はどこかで人と関わりたい、触れ合いたいんじゃないかと思うのよね」
サラの言葉にクレアは「なるほど」と頷く。
頭で考える願望に対して、本質は違う場合があるというのは、サラの身の回りの世話をしている中で自然とクレアに身についた感覚だった。
そして、どういうわけかはわからないが、サラはその本質に踏み込むのが上手い。
サラが人の本質に触れるのに長けているのは、前世で多くの死者と触れ合ってきたからであった。
体という壁がない死者との接触は、良くも悪くも心に直接触れる能力を磨いたのである。
もっとも前世についてサラは一度たりとも口に出したことはないため、クレアはそんな裏事情を知らなかった。
なのでクレアは、サラに与えられた天授能力のようなものなんだろうと考える。
サラ一人だけが天授能力を持っていないと考えるよりも、彼女の天授能力が言い表せないものだと考えた方がクレアには納得出来た。
そしてこの考えは、今や伯爵家首脳陣や伯爵家に籍を置く、知の担い手である多くの学者や官僚達の共通認識でもある。
一方で、サラは彼らとはまた違った考え方をしていた。
前世の記憶を持つ自身をこの世界における異物であると考えたのである。
天授技能はこの世界の人にはあって当然のもので、サラだけがその恩恵の外側にあった。
実際どういう理屈かはわからないが、サラ以外の人間は、他人の天授技能をなんとなくだが感じ取ることが出来る。
そして、サラはその感覚が理解出来ていなかったし、周囲の人間もサラの中に能力の気配を感じることはなかった。
ゆえに、周りの人たちが密かに期待している『天授能力を持っていないのではなく、枠外故に認知出来ない』という考えが正しいとすると、サラが自分以外の人の天授能力について感じ取れないことの理屈が通らない。
であるならば、自分が天授能力を持っていないからこそ、周りからも認知されないし、自身も周りの人の能力を察知出来ないと考えた方がしっくりくるのだ。
そしてそこから思考を発展させたサラは、この世界で生きる人たちが、元の世界の個人番号のように天授技能を与えられ、同時に住基ネットのような個人情報を確認出来るネットワークに参加する許諾を与えられているのではないかと考えたのである。
で、あればそもそもこの世界の異物である自分に天授能力が無いのは当然で、皆が感覚的に理解している他者の能力を理解することが不得手なのも納得出来るのだ。
だからこそ、サラは自分が生きる価値を証明するために、天授技能を理解するのではなく、皆の願いの奥底に眠る本質に触れて、それを解決しようと考えたのである。
わからないことを無理に考えてカラ回るよりも、わかることを繋げて、良い結果を引き出す方がより建設的であると考えたのだ。
だからこそ、いつからかサラは今回のフロストのような相談を聞き、それに対する対策を示すことにしたのである。
そして、この行為はサラの知らないところで、順番を巡って、領地の主である伯爵が取り仕切る真剣な話し合いが行われるほどの大事となっていた。
なにしろ、心の悩みを解決するだけでなく、その副産物として新たな天授技能の使い方、即ち新技術、下手をすれば新産業を生み出してしまうのだから、それは相談者本人だけでなく、伯爵領全体に恩恵を生み出す可能性を秘めているのである。
順番を付けて一件ずつ処理しなければ、伯爵領の全力を持ってしても管理しきれず、技術流出へと繋がってしまうのだから、規制しないわけにはいかないのだ。
もちろん、それは技術面だけの話ではない。
無能姫と王国中に知られるサラの真の価値を知られることの危険性を考えてのことであった。
故に、伯爵は救われた人々を信者にするだけでなく、伯爵として領地への恩恵を、父としての娘に対する愛情を説いて、サラ隠蔽計画の協力者に仕立てたのである。
こうしてささやかな善意でしているつもりのサラのアドバイスは、伯爵領の金の卵となっていたのだった。




