000 ある少女の……
目の前の子供を突き飛ばそうとした手が、その子供の体を擦り抜けた時、手を伸ばした少女は自分の失敗に気が付いた。
「あっ……」
直後、間を置かず訪れた衝撃によって、漏れた声を置き去りにして、遙か遠くへとその小さな体は吹き飛ばされる。
体が痛みを感じるよりも早く、少女の意識は黒一色に塗りつぶされた。
少女に衝撃を与えたのは一台の乗用車だった。
急に車道に飛び出した少女を、青信号で交差点を直進した乗用車が撥ねてしまったのである。
しかし、乗用車に非があるわけでは無かった。
信号は乗用車に青を示していたし、直前で飛び込んできた少女は、横断歩道を渡る素振りを見せていなかったのである。
では、少女が発作的に自殺を選んだのかと言えば、そうでは無かった。
なぜなら少女は確かに横断歩道に佇む子供の姿を見たのである。
佇む理由を考えるより先に、何故か減速をする素振りを見せない乗用車が子供に迫っていて、少女は咄嗟に助けなければと思ってしまった。
いや、より正確に言えば、思うより先に飛び出していたのである。
しかし、少女が反射的に助けようとした子供は人間では無かった。
この世ならざる者、現世を離れられなかった生者の名残、いわゆる幽霊だったのである。
だから、乗用車の運転手には子供が見えず、減速することも無かった。
そう、これは、人間と見分けがつかないほどはっきりと、霊を見ることの出来る少女の霊能力の高さが招いた悲劇である。
そして、その事に嘆いた天が、少女に手を差し伸べたのであろうか、その意識は完全に途絶えること無く、魂の中に記憶を留めながら、新たな世界へと飛び立ったのだった。