第2話 始動
主人公小林直樹は大学サッカーで才能に磨きをかけ憧れのプロからのオファーをもらえるまでになった。
直樹は数チームのオファーがあったが、その中でも決して強くはないチームを選んだ。
それを決めた理由とは何なのか?
私をプロとして拾ってくれたチームは東北・福島県に本拠地を置く「福島ヴァーシュ」というチームで毎年J2下位に低迷し、目指すサッカーが定まらない発展途上のチームだった。
確かにスカウトに来てくれた他のJ2チームにはもっと好条件のチームはあった。
では何故私が「福島ヴァーシュ」を選んだのか?
その理由は大学4年の時に見た新聞記事だった。
その内容は
「現役を引退した元日本代表の前田さんが、来期J2「福島ヴァーシュ」の監督になることが内定」
という記事だった。
私の憧れでもあり、今自分がサッカーを続けるきっかけを与えてくれた前田選手が監督になる・・・その情報は私の意思を固めるのに十分だった。
前田選手は私が大学に入って2年目の時に怪我も重なり
「自分のプレーがサポーターを喜ばせるに足りない」
ことを理由に引退して指導者の道を進むことになった。
引退試合にはサポーターの1人として私も駆けつけて最後の勇姿を見届けた。
今まで応援してきた選手の引退というのは寂しくもあったが、前田選手は多くのサポーターが見守る中引退できる一握りの選手として輝いて見えた。
そんな前田選手が監督になる・・・もう心は「福島ヴァーシュ」一本に決まった。
スカウト担当の松田さんに「お願いします!」といったのはまさにこの時だった。
大学4年で卒業を控えた1月初旬、チーム始動合流するため福島駅に着くと私のスカウト担当の松田さんが出迎えてくれた。
「ようこそ福島ヴァーシュへ!」
早速クラブハウスに向かう途中にチームの情報を松田さんから色々聞いた。
まず「ヴァーシュ」とはフランス語で「牛」を意味し、福島名物の「赤べこ」にちなんだものらしい。地域密着の旗印のようだ。
そして、今年からチームを「J1」に上げるためにGM以下昨年からフロントを刷新し、その目玉として前田監督を抜擢したとの事だった。
私をスカウトした経緯も高卒を育てる余裕も時間もないことから、即戦力として私にオファーを出したとのことだった。
ユースチーム自体はあるそうだが、まだ目玉になるような選手が出てきていないのがチームとしての悩みらしい。
実は内定後自費で「福島ヴァーシュ」のホームスタジアム「メディカマン・スタジアム」に行き試合を見たのだが、スタジアムはサッカー専用で芝の管理も素晴らしく、サポーターもふがいない順位のチームを心から応援している姿を見て、まるでかつて自分が応援していた頃を思い出すとても雰囲気のよい所だと感動していた。
クラブハウスに行くとまずは本田GMと挨拶をした。
本田GMは今年度よりクラブのメインスポンサーで福島に製薬工場を持つ「メディカマン社」からチーム建て直しの為に出向してきた方で、海外サッカーに精通し
「このチームをJ1に上げるために色々努力をしていくのでよろしく!」
と熱い情熱を持って語ってくれたのが好印象だった。
今年度のチーム構成は
FW 6名
MF 12名
DF 6名
GK 4名
合計 28名+スタッフ
構成内容では
生え抜き 12名
外国籍 1名
新人 3名
移籍 6名
トライアウト 3名
2種登録 3名
計 28名
ということで、新人は私と大卒GK安達、ユース上がりのMF永瀬の3人のようだ。
そして移籍やトライアウト組も多くチームが生まれ変わる強いインパクトとなっている構成になっている。
去年の監督はとにかく「個の力」のみを前面に押し出し、序盤はうまくいったものの、途中から相手に研究されるとチームがまとまりがないためにボロボロに負けていった経過がある。
数日後、新監督の最初の挨拶と言うことでミーティングルームに選手・スタッフ全員が終結した。
全員が集まったところで、新監督の前田監督が部屋に入ってきた。
皆が見守る中、前田新監督の最初の挨拶は鮮烈なものとなった。
まず前田監督が静かに語りだし
今年からこのチームを率いることになった前田だ。
まずはこのチームのコンセプトについて明確にしておきたいと思う。
そのコンセプトは
「負けてもいい。ただサポーターからまた試合を見たいと思って帰ってもらうサッカー」
だ!
一瞬の静寂がミーティングルームを包んだ。
選手達は耳を疑った。「負けてもいい」なんていう監督は今まで1人もいなかったからだ。
だた私にとっては、小さい頃から憧れていた前田監督の考えがとても純粋で好ましく思えたのも事実だった。
しかし選手の1人が立ち上がり開口一番
俺達はプロで勝ってナンボの世界、来年残れる保障なんてどこにもない!
そんな考えで監督をするのは迷惑だ!
とまくし立てた。
その選手はトライアウトで入団したMFの池上だった。
ギリギリでプロに残った・・・プロの世界の厳しさを一番知っている池上の言葉がその場の緊張感を増大させた。
<続く>