メインstory
ようこそいらっしゃいました。
ここへお越しになられたということは、あなたがそう選択したからでございますね。
人は選択を繰り返し生きていく生き物でございます。
今宵も見知らぬ誰かの選択と後悔をご覧いただきましょう。
それでは、また後程──
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「退院おめでとうございます」
大きな荷物を持って頭を下げるひとりの男性にナースステーションの中から声をかけた。
「ありがとうございました。それから……」
感謝の言葉を口にして、あと何かを言いたそうにしている様子だが言葉を選んでいるのか言葉を詰まらせている。
「退院後の外来受診、忘れないでくださいね」
何かを言いたそうにしている事は伝わったけど敢えて明るく担当看護師として退院を見届けることに徹した。
ナースステーションのカウンターを挟んで立ち、しばらくの沈黙が続いたとき、突然のナースコールが鳴り響いた。私は急いでナースコールの対応をする。
「藤宮さん、どうしました?」
「痛みが酷くて」
「はい、すぐ伺いますね」
私は、もう一度退院していく患者さんに軽く頭を下げて、急いで病室へ向かう。
「藤宮さん、急に痛みだしましたか?」
「はい」
主治医に連絡を入れると、すぐに診察に向かうと言う。それまでに準備を整えておく。
医師の診察の結果、痛み止めの追加処方がなされた。用意しておいた救急カートから薬剤を取り出し点滴に追加の薬剤を入れる。しばらく様子をみることに。
「藤宮さん、また何かあればナースコールしてくださいね」
お決まりの声かけをして救急カートを押して病室を後にする。ナースステーションで看護記録を記入していたときに声をかけられた。
「優愛、古川さんの点滴交換頼んでいい?」
「うん、良いけど。どうかした?」
「オペ室から連絡来た」
「えっ? 早くない?」
「かなりね」
「うん、わかった。古川さんの点滴交換は私が行くよ」
「ごめん、お願いね」
「任せておいて」
同期の祥帆が、オペ室に担当患者を迎えにいった。古川さんのカルテを開き医師からの指示を確認する。
「優愛ちゃん、これじゃないかしら?古川さんの点滴」
「準備してあったんですね」
「祥ちゃん、今から自分で行く予定で準備していたのよ。こんなに早くオペ室から呼ばれるとは思っていなかったんじゃないかしらね。それじゃあ、古川さんの点滴交換お願いね」
「はい。行ってきます」
看護師長にも頼まれたことだし祥帆が準備してくれていた点滴ボトルの入ったトレーをワゴンにのせ古川さんの病室に向かう。そして点滴交換を終えてナースステーションに戻る。古川さんの看護記録を開き記入を始めた。書き終えた時、エレベーターの到着音が鳴り扉が開き、医師や研修医、担当看護師の祥帆がベッドを押し病棟に戻ってきた。そして病室に向かうベッドの患者に視線を向けた。まだ麻酔で朦朧としているのか目を閉じている。医師たちは厳しい顔をしているのが見てとれた。
家族への説明がカンファレンス室で行われている。祥帆は、オペ後の患者状態のバイタルを確認中だった。一通り終わりナースステーションに戻ってきた。
「高橋さんの、今後の治療についてなんだけど」
執刀医の後藤田医師が声をかけた。その場にいたナース全員が後藤田医師の話を聞く体制に入った。
「癌細胞摘出術を予定していた高橋さんですが、予想以上に癌細胞が転移していて手の施しようがなくそのまま閉じました。今後の治療に関してはご家族やご本人の希望に添うようになると思います。余命は半年だと思われます。余後説明は明日の回診後を予定しています。立ち会いよろしくお願いします」
「余後説明は厳しいね」
「まだ38歳だもんね。お子さんもまだ小さいからね。本当ならもう少し違った結果になると信じて受けてたオペだったはずだから」
日勤業務を終え病棟を出て廊下を歩いていると声をかけられた。
「眉間にシワ寄せて怖い顔してるよ優愛」
顔をあげて声のした方へ視線を向けると、嵐が笑顔でこちらを見ていた。
「嵐」
「お疲れ」
「嵐は?」
「当直。って彼氏の勤務くらい把握しておけよ」
「ふふっ、そうだったね。ごめん」
「どうした?」
「ねぇ嵐」
「ん?」
嵐を死角になる場所に押しやって、抱きついた
「おぉ、大胆なお誘いだなぁ」
「ちょっとだけ嵐を充電させて」
「しかたねーな」
と言いながら優しく包んでくれる彼の優しさに感謝している。
翌日、祥帆がお休みのため私が高橋さんの余後説明に付き添うように看護師長からいわれ後藤田医師と共に家族が待つカンファレンス室に向かった。
「こちらの画像をご覧ください」
パソコンの画像を見せながら説明をしていく後藤田医師。説明も佳境に入る。
「先生、あとどれくらい生きられますか?」
奥様が気丈に振る舞って医師に質問をする。
「半年ほどと思われます」
「……そうですか」
そして後藤田医師はなおも言葉を続ける。
「今後ですが、放射線などで最後まで病と向き合うか、普通の生活を送り限界がきたとき緩和ケアで痛みを取り除き生活を優先させる。このどちらかが主な選択肢になります」
悔しそうにパソコンの画像を見つめる高橋さんの奥様とご両親。後藤田医師の後ろで看護記録をとりながら様子を見守る。
「健康診断の要検査の通知をもらったときに受診を強く勧めていれば結果は違っていたんでしょうか」
奥様がポツリと言葉をこぼす。
「1年の間に癌細胞が全身に広がっていったと思われます」
「もし、あのときに大きな仕事を抱えていなかったら後回しになんてしなかったのかもしれません。あの頃は大きな案件を任されていて主人の大丈夫。これが終わったらのんびり治療するよ。と言う言葉に流されてしまって……悔やんでも悔やみきれません」
そう言って涙を流された。それを聞いていたご両親も握り拳に力が入っているのが見てとれた。
ご本人にも隠しきれないという事、残りの人生の選択を本人にさせてあげたいということで、 余後説明を本人にすることとなった。
そして数日後、高橋さん本人に余後説明が行われた。高橋さん本人は、取り乱すこともなく淡々と聞いていた。
「妻の様子で、なんとなく察してました。私の希望は、治療はしません。時間の許す限り今まで出来なかった事を妻としようと思います。旅行に行ったり、買い物に行ったり日常の些細なことも一緒に過ごしたいと思います」
高橋さんは、迷いなく後藤田医師にそう伝えた。
しばらくして高橋さんは、退院の日を迎え奥様と笑顔で病棟を後にされた。
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本日の後悔はいかがでしたか?
お楽しみ頂けましたでしょうか。
悔やんでも悔やみきれない──
そんな言葉を口にした奥さんは、後悔の呪縛に囚われながら、この先の人生を歩んで行くことでしょう。
いやぁ、実に美しい後悔でございました。
それでは皆様も、選び抜いた先の未来で盛大な後悔を──