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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第一章
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第七節

 慌ただしい足音の主は雪弥ゆきやだった。教室のドアは開けっ放しの状態なのに雪弥はなぜか入ろうとしなかった。肩で息をしている。

「あっ、清水しみず来たよ! 良かったね、華那はるな

 明るく微笑みかけてきた風花ふうかに華那は「うん!」と頷くと席から立ち上がった。華那が雪弥の前に到着した途端、雪弥が深く頭を下げる。

「……遅くなってごめん」

 雪弥の息はまだ荒い。額にも汗が滲んでいる。一体、どこから走ってきたのだろうか。急いで教室に迎えに来たのは充分に分かったので、

「ううん、大丈夫だよ」

 華那は雪弥を責めなかった。

「それより何してたの?」

 華那が何気なく尋ねると、雪弥は「何も」と短く答えた。普段とは明らかに違う雪弥の冷たい声音に華那は戸惑い、それから返答に対しても疑問に思う。何もしてないのに遅くなった訳がない。もしかして、言いたくないのだろうか。

「ねぇ、大丈夫……?」

 華那は心配そうに訊きながら雪弥の表情をそっと窺った。やや強張っているように見える。雪弥は徐に口を開いた。

「あぁ、大丈夫だ」

「清水がどうかしたの?」

 と、風花が華那の右隣にやってきた。恐らく、華那が『大丈夫……?』と雪弥に尋ねたのを不審に思ったのだろう。風花に雪弥の様子がおかしいって言おうか。だが、雪弥は風花に知られたくないかもしれない。どうしよう。

 華那がためらっていると、雪弥が「なんでもねぇよ」と返事をした。

「急に部活の先輩にLINEで部室に呼び出されてすぐに向かったんだけど、思ったより長くなっちまって……」

 言い渋るかと思っていたが意外にも、雪弥は風花に遅れてしまった理由をスラスラと説明した。

 本当に何でもないの、と華那が信じられずに雪弥の顔を見たが、雪弥は普段通りの落ち着いた表情をしていた。風花が怪訝そうに首を傾げる。

「呼び出されたって……、もしかして先輩に叱られてたの?」

「あぁ、そうだな……。めちゃくちゃ叱られたよ」

 風花の質問に雪弥は苦笑しながら答えた。

「あっ! それって、清水が生意気な口を利いたからじゃないの〜?」

 風花がからかうような口調で訊くと、

「うわ、何で分かったんだ!?」

 雪弥はぎょっとした表情を見せた。さらに、風花と雪弥の会話は進んでいく。華那は二人の会話になかなか入っていけずにいた。

「ねぇ。一度言ってしまった言葉はどんなに後悔しても取り消せないんだから、気をつけなよ?」

「……あぁ。お前の言う通りだな。充分気をつけるよ」

「……まぁ、私もつい言い過ぎちゃう事あるから人の事言えないんだけどねぇ」

 あぁ、駄目だ。蚊帳の外だ。このままずっと蚊帳の外は寂しいよ。寂しすぎる。だったら、喋るしかない──!

 華那は意を決して雪弥に話しかけた。

「ねぇ、雪弥」

『清水くん』ではなく、『雪弥』と下の名前で呼んだ。

 昨日の放課後に雪弥に指摘されたからではなく、ごく自然に呼ぶ事ができた。雪弥は驚いたように目を丸くしている。風花も不思議そうに首を傾げている。

 私、全然空気を読めてないかもしれない。だが、それでも言わなきゃ、と強く思った。

 つい先程はためらっていたが、なぜか今はすんなりと──、

「私、雪弥が遅れたの全然気にしてないよ。猫たちに会って癒されたいんでしょ? だったら早く帰ろう」

 喋る事が出来たのだ。華那は雪弥にふわりと微笑みかける。

「……ありがとう。そうだな、早く帰ろう」

 雪弥もそう答えてから、にこりと微笑み返してくれた。

 ところが、雪弥の笑顔は引きつっていた。多分、気のせいではないと思う。やはり、何かあった可能性が高い。だが、雪弥が話したくない事を無理に訊くなどという野暮な真似はしない。しばらくの間はそっとしておこう。

もし雪弥が話したくなったら遠慮なく話して。私はどんな話でも聴く。だって、少しでも雪弥の力になりたいから。華那は心の中で雪弥にそんな風に語りかけていた。

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