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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第六章
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第五節

「あのさ……、」

 華那はるなが困ったような面持ちで口を開く。

「ん、何だ?」

雪弥ゆきやは疫病神じゃないよ」

「いや、疫病神だ」

 雪弥が即答すると華那は眉を下げつつ「うーん」と唸った。

 しばらく黙り込んだが、雪弥が”自分を疫病神だと思うようになった理由”を説明しようと口を開きかけた時に、「うん大丈夫」と言った。

「分かったよ。取り敢えず疫病神という事にしておこう。でもさ。雪弥は自分の事を疫病神だって思ってるのに篠田しのだくんの傍にはずっといたよね?」

 一息に言う。途中で口を挟まれないようにする為か、早口で結構上ずっていた。 

 ──で。俺が陽翔あきとの傍にずっといたって?

「違ぇよ」

 雪弥はむすっとした顔で腕を組んだ。

「あいつが勝手に話しかけてくるんだ……。『俺は疫病神だから近づくな』って言っても、『大丈ブイ!』って答えて普通に近づくし。自分が話したいと思った時だけひょんこひょんこ俺の元にやってきて、話が済んで満足したらすぐに他の友達ンところに行く。陽翔はすげぇ自由な奴なんだ。陽翔と喋ってる時以外は、俺は一人で行動してる。……ぼっちだぼっち」

「えぇ? 雪弥はぼっちじゃないでしょ。だって、廊下ですれ違う時とか私に話しかける時とかいつも篠田くんとセットだし」

「セット言うな、ハンバーガーとポテトかよ! お前に話しかける直前には必ず『ついてくんな』って言ってんのに、陽翔がこっそりついてきて後ろで見守ってるんだ。孫を見守るお爺さんみたいなニコニコ顔でな。『やめろ』って注意しても全然言う事きかねぇから諦めた」

 華那がクスリと笑った。

「そうだったんだね……。なんか楽しそう」

「全然楽しくねぇよ!」

 俺は華那と二人きりで話したいのに。まあ、俺たちの会話に混ざってくる事はねぇから許してるけど……。

「雪弥は何で自分の事を疫病神だって思うようになったの?」

 さっきは説明しようとしてできなかったから今度こそちゃんと説明しよう──。

「疫病神だと思うようになった理由は三つある」

「一つめは?」

「まず一つめは……。颯斗はやと先輩が最も聞きたくない話をして傷つけた事や、俺と颯斗先輩が喧嘩した事が原因で部内の雰囲気が悪くなって、サッカー部員全員に迷惑をかけてしまった事だ」

「……二つめは?」

「二つめは──、」

 雪弥は意識的にある出来事を思い出した。それは、七年前の六時頃に雪弥が父親の直弥なおやと交わした会話である。


 今もなお、脳裏に焼き付いて離れない。生涯忘れる事はないだろう──。


『おっ、雪弥! もう起きてきたのか!? 今日は珍しく早いなぁ!』

 通常より一時間早く起床した雪弥を見て、直弥は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてそう言った。

『遅起きの雪弥が早起きしたから今日は雪が降るかもな〜! ──なんつって!……でも降って欲しいなぁ。お父さんは雪が大好きなんだ。そのままでも綺麗だけど、太陽の光に照らされるともっとキラキラしてて綺麗だろ?』

 直弥は雪弥の大好きなくしゃっとした笑顔を浮かべながら尋ねる。

『うん、超綺麗! オレも雪大好きだよ!! 今日、本当に降ったらいいね!』

『うーん。ここはあったかいし、五年前に降ってからずっと降ってないから降らないかもなぁ……』

 いつになく寂しげな表情を浮かべた直弥を見て、悲しくて胸が痛んだ雪弥は慌てて断言した。

『だっ、大丈夫だよ!!』

 直弥を何とか笑顔にしようと思いながら、雪弥は真剣な表情でこう続けた。

『オレが生まれた日に雪が降ってたからお父さんは俺に「雪弥」って名前をつけてくれたんだよね? 名前に雪が入ってるオレが必ず雪を降らしてあげる!! 楽しみにしてて!』


 雪弥は華那に直弥との最期の思い出をかいつまんで話してから、続ける。

「……今から七年前の十二月十一日の十時四十分ぐらいに……俺は『雪』じゃなくて、『鉄パイプ』を降らして《《お父さんを殺した》》んだ……」

 華那が声にならない悲鳴を上げた。

 正確に言うと、直弥を殺害したのは雪弥ではなく、鉄パイプを落下させた作業員の男性である。

 ビルの工事現場で足場の解体作業中に、作業員が重さ約七kgの鉄パイプを誤って落下させた。

 鉄パイプは約三十mの高さから、偶然工事現場の下を通行していた男性──清水しみず直弥の頭部に直撃した。

 直弥は直ちに救急搬送されたが、搬送先の医師たちの懸命の処置も虚しく静かに息を引き取った。

 四十一歳という若さで。

 直弥が亡くなった当時、十歳だった雪弥は、直弥を殺害した張本人の作業員の男性だけではなく、現場監督の男性や作業責任者の男性も死ぬほど憎んだ。

 だから、その男性たちを自らの手で殺害しようと決意した。

 これらを説明した途端、華那は目を剥いて驚いた。

「さ、殺害しようと決意って!?」

「決意しただけで殺してない。びっくりさせて悪い。……美里みさとが『そいつらを殺すの、私も手伝うよ』とか言い出して、『お父さんとは無関係の美里に人を殺させる訳にはいかない』って俺は何とか踏み止まった。

 美里は……お父さんが死んで頭がおかしくなった俺の正気を取り戻させてくれたんだ」

「そっか……。美里ちゃんが……」

 暗い顔で俯いた華那を見て雪弥は泡を食って頭を下げた。

「ごめん華那! あいつの名前なんて聞きたくないよな」

「ううん。別にいいよ」

「どうしてだ? お前はあいつに虐められて──、」

「虐めてられてたなんて言わないで。嫌がらせって言って。……嫌なの。自分が虐められてたって言われるの。あれは嫌がらせであって虐めじゃない。虐めって言うのは恥ずかしいからやめて欲しい」

 華那があまりにも真剣な表情で懇願するので、雪弥は緊張で顔を強張らせながら「分かった」と言った。

「華那は美里から……嫌がらせを受けてたよな?」

「うん。でも名前聞くくらいなら大丈夫。……嬉しくはないけど」

「ああ、あいつの話は極力しないようにする」

 華那は苦笑いを浮かべた。

「いいよ、そんなに気を遣わなくても。…………美里ちゃんは雪弥が一番辛い時に傍にいたんだね」

「いや、傍にいたっつーか……」

 雪弥が焦ったように口を挟むと、「あのね……」といつもの口癖が華那の口から飛び出た。

「雪弥が一番辛い時に傍にいてくれた相手が私じゃなくて美里ちゃんだったように、」

 目を伏せていた華那が、ここで雪弥の顔をまっすぐ見据えた。

「私が一番辛かった時に傍にいてくれた相手は雪弥じゃなくてシホだった。……お父さんがね、元気がなくなった私を何とか元気づけようとシホを連れて帰ってきてくれたの。……私が辛い時にはいつもシホが一緒にいてくれた」

「……今度、シホにお礼を言わなきゃだな。華那を支えてくれてありがとうって」

「うん。シホには感謝してもしきれないよ……」

 

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