第三節
唐突に答えにくい質問をされて華那は困った。
何て答えればいいんだろ。うーん……。多分、うまく説明できないだろうけど頑張って答えてみよう。
「えっと……、」
華那は緊張した面持ちで口を開いた。
「私は運動音痴だから……、体育祭練習や体育祭当日に役立たずなうえにきっと皆に沢山の迷惑かけるだろうし……。だから。この美術部の仕事だけは一生懸命頑張って……、少しでも役に立ちたいなぁって思ってて……」
大分ぎこちない話し方になってしまったが、華那が今話した事は全て紛れもない本音である。しかし、二人には言わなかった事実もある。二人には知られたくなくて言わなかったのだ。
それは、体育祭で使用される《《ピストルの発砲音》》が苦痛でたまらない事だ。だから体育祭が廃止される事を切に願っていた。その願いが叶わないならせめて、ほんの少しでもいいから誇らしい気持ちを味わいたいと思った。
つまり、体育祭当日に設置された立て看板や応援パネルを眺めながらこう思いたいのである。
ああ、よかった……。こんな私でもちょっとは役に立てたんだなぁ、と。
「まぁ!」
聖奈が近所のおばさんのような高い声を出した。
「なんていい子なの!?」
「めちゃめちゃ素晴らしい理由じゃん!」
風花は感心したような声で言ってから、一点の曇りもない笑顔で
「でも『役立たず』なんて自分の事を悪く言わないで欲しいなぁ……。華那は役立たずじゃないよ。運動が苦手でも華那なりに頑張ればそれでいいんだよ。少なくとも私は迷惑なんて思わない。だから一緒に楽しい思い出たくさん作って、サイコーな体育祭にしようよ!」
温かい言葉をかけてくれた。
華那は嬉しそうに微笑みつつ、
「聖奈先輩ありがとうございます! 私は全然いい子じゃないですけどそう言ってもらえて凄く嬉しいです。……風花もありがとね。サイコーな体育祭にしよう」
「ううん、めちゃんこいい子だと思うよ!」
聖奈はにこりと笑う。一方、風花は無邪気に笑って「どいたま&もちのろんのすけ!」と返した。華那はおかしくてクスリと笑う。
ややあって風花は華那から聖奈の方にそっと視線を移した。
「あのぉ、」
それから遠慮がちに手を挙げる。
「天崎先輩って本当にフリーなんですか? 教えてくれたらもうバリバリ頑張っちゃうんで!」
「うーん」
聖奈は少し考える素振りを見せたが、「分かった」と頷いた。
「颯斗は本当にフリーだよ。女の子からの告白は全部断ってるんだって。……それからなんと! 彼女いない歴十八年!!」
風花は一瞬真顔でフリーズしてから目を大きく見開いた。
「つまり今まで一度も彼女が出来た事ない!? 信じらんない!! それ天崎先輩から直接聞いたんですか!?」
風花の問いに聖奈はこくりと頷き、ばつの悪そうな顔で続けた。
「実は私も颯斗に告白したんだよねー……」
風花は目を丸くした。
「え、聖奈センパイも告ったんだ!?」
うん、と聖奈は苦笑いを浮かべつつ答えた。
「で、フラれてすぐに質問攻めした。『生まれてからずっとフリーだよ』って颯斗から聞いた時には、そりゃあたまげたよ! でも……。颯斗は嫌な顔せずに答えてくれたけど、あれこれ訊くとか悪い事しちゃったなぁ」
「うーん、嫌な顔せずに答えてくれるところは優しいと思うけど……。こんなに美人な聖奈センパイを振っちゃうなんて──」
ひどい、と風花は悲しげな表情でぽつりと呟いた。
「……美人ねぇ」
聖奈も呟いて、視線を床の上に置かれている看板に落とした。少し沈んだ声に聞こえたのは気のせいだろうか。
聖奈先輩……?
華那は聖奈の事が心配になった。聖奈は風花に視線を戻すと、
「もう褒めても何もあげないよー?」
おどけるような口調でそう言って声を立てて笑う。
「聖奈センパイ」
風花は聖奈に優しく微笑みかけた。
「私は本当に美人だと思ってるから美人って言ったんですよ?」
聖奈はかぶりを振る。
「私は美人じゃない。それにね、颯斗は酷くないし何にも悪くないよ」
「でもセンパイは傷ついたんじゃ……、」
「そうだ!」
風花の不服げな言葉を聖奈が遮った。
「大事な事言い忘れてたわ! そもそも颯斗は彼女を作らない主義らしいのよ!」
「何で!?」
間髪入れずにぎょっとしたような顔で風花が訊く。だが、聖奈は「さぁね」と首を傾げた。
「そこまでは聞いてないから私も分かんない」
「そうですか……」
聖奈と風花の二人は考え込むように黙り込んだ。なぜ颯斗が彼女を作らないのか、二人は分からない様子だ。




