第七節
「──僕は君と仲直りしたい」
颯斗からの唐突の申し出に、雪弥は驚いて目を見開く。颯斗は立ち止まると、学生鞄を足元に置いて雪弥の方へ右手を差し出した。
「握手しよう」
雪弥は戸惑って訊き返す。
「握手、ですか?」
ああ、と颯斗は大きく頷いた。
「握手して仲直りしよう。君と『仲直りした』ってちゃんと侑聖に言うよ。そうすれば、侑聖もこんな事はもう起こさないはずだ」
そして一番は、くだらない話すらも笑い合えていた頃に戻れたらいいなって……。
颯斗は寂しげな表情で付け足すようにそう言った。
俺のせいでこんな事に……。
雪弥は颯斗に対して申し訳ない気持ちで胸が一杯になった。
「颯斗先輩。俺……、」
雪弥が謝ろうとしたその瞬間。
「君に謝られるのはキツイ」
颯斗が静かな口調でそう言った。
「僕が一方的に怒った喧嘩だから。それから改めて言うけど、侑聖の話はデタラメだ。別に父親の話は地雷じゃない。
あの日、僕はストレスでイライラしていた。だから、部室で雪弥に八つ当たりしてしまったんだ。ごめん……。悪いのは僕だから、雪弥が気に病む必要なんてないよ」
俺もキツイ……。どうして先輩が謝るんですか? ……喧嘩した日も、怒った理由を『ただの八つ当たり』だと言っていた。先輩は八つ当たりなんて絶対しない。悪いのは俺だ。それだけは間違いない。だから……、このまま仲直りしていいのか凄く悩む。けど、先輩は謝罪の言葉より仲直りを望んでる。もちろん、俺だって仲直りしたい。
だったら──。
雪弥は学生鞄を地面に置くと、颯斗と握手した。
雪弥の手は震えていた。颯斗は震えを指摘しなかったが、握手した手にグッと力を込めてきた。
そして、さっと手を離すと鞄を手に取る。
雪弥も鞄を手に取りつつ、心配そうな顔で颯斗に尋ねた。
「あの、本当にこれで仲直り完了ですか?」
「ああ、仲直りしてくれてありがとう。それより、僕と仲直りしても大丈夫だった?」
「もちろん。仲直りできて物凄く嬉しいです!」
だって俺は諦めてたから。仲違いしたまま、先輩は卒業してしまうんだろうなって。どんなに願っても、楽しく喋る事はもうないんだろうなって……。
颯斗は「それならよかった」と嬉しそうに微笑むと、傘を持ち直した。
「じゃあ、話も済んだし、僕はここで。……突然、二人の会話に割り込んでしまって本当にごめんね」
颯斗は主に華那に向かって頭を下げた。
急に颯斗に話しかけられたからか、華那は戸惑ったような瞳で颯斗を見上げた。
颯斗は華那を急かす事はなかった。アーチ型の眉を僅かに下げつつ、華那の返答を静かに待っている。
やがて、華那は颯斗をまっすぐ見詰めながら、
「私は全然大丈夫です」
普段よりも少し高めの声でそのように答えた。
颯斗は華那に優しく微笑みかけた。
「ありがとう」
それから、雪弥に「じゃあ、また明日」と軽く手を振ると、すぐに背を向ける。
「はい、また明日! 颯斗先輩、仲直りしてくださって本当にありがとうございました!!」
雪弥は颯斗の後ろ姿に深く深く頭を下げた。
颯斗先輩……、本当にすみませんでした。俺は先輩を傷つけたのに……。先輩は俺を責める事は一度もなかった。喧嘩の原因も自分だと言い切って、『気に病む必要なんてないよ』って言ってくれた。
だからこそ──俺は絶対に償わなきゃいけない。
雪弥は苦しそうな表情を浮かべながら、そう心に決めた。
颯斗の後ろ姿を見送ってから、雪弥は深く長いため息を吐いた。
それは、心に溜まったままのやり場のない感情を吐き出す行為でもあった。
「華那、ごめんな……」




