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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第四章
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第五節

「まさか、ここで話を終わらせるつもりじゃないだろうね?」

 不意に後方から声をかけられて、雪弥ゆきやはハッと息を呑んだ。隣で華那はるなも首を竦めている。

 恐る恐る後ろを振り返ると、颯斗はやとが黒色の傘を差しながら立っていた。

「はっ、颯斗先輩!?」

 雪弥は思わず驚きの声を上げた。

 颯斗の身長は雪弥より一センチ高い一七三㎝である。だが、すらりとした体型だからか、実際の身長よりも高く見える。

 また、漆黒の前髪を真ん中で分けていて額が見えるシックな髪型、アーチ型の綺麗な眉に、平行型二重の瞳、すっと鼻筋の通った美しい鼻、そして静謐な雰囲気が漂っている。

 やべぇ、どうしよう。颯斗先輩に全部聞かれてたらおしまいだ。

「いつから聞いてたんですか?」

 雪弥が焦燥感を滲ませた声で尋ねると、颯斗は「ごめん」と詫びた。

「二人の会話を盗み聞きするつもりはなかったんだ。……そうだな。結構前から聞いていたと思うよ。雪弥が僕の前を歩いているのはすぐに分かった。だから気づいていない振りをして追い越そうとした時。その時にちょうど、雪弥が興味深い発言をしたんだ。

 ぜひ、教えてくれると嬉しいな。君が侑聖ゆうせいから受けた嫌がらせの内容とその理由を」

 え、何で颯斗先輩が知ってるんだ──!?

 雪弥は侑聖から嫌がらせを受けた事を颯斗には伏せていた。にも関わらず、颯斗にその事実を知られている。

 俺、言ってないはず……。

 必死に思い出してみると、一つだけ思い当たる節があった。


『例えば……、侑聖先輩が俺に嫌がらせしてきた理由の詳細とか』


 それは、華那がお礼を言って雪弥への質問を終わらせようとした時に、咄嗟に言った自分の言葉だ。

 恐らく、颯斗はこれを耳にしていたのだろう。

 そういえば、颯斗の『興味深い発言』という言葉には、皮肉が込められているように感じた。

 後ろに人がいないかどうかを確認しなかったのは迂闊だった。だが。颯斗が聞いているとは夢にも思わなかったのだ。

 颯斗は微動だにしない雪弥の右横に歩み寄った。

「とりあえず、帰ろうか?」

 颯斗の静かだが有無を言わさぬ声に完全に気圧された雪弥は、

「はっ、はい!」

 颯斗に従うしかなかった。

 最初に歩き出したのは颯斗で、雪弥と華那はすぐに颯斗の後に続いた。

 雪弥は歩きながら自分の左隣を歩いている華那に、

「大丈夫か?」

 そっと耳打ちした。

 華那はこちらに顔を向けて、こくりと無言で頷いた。今まで見た事もないくらい強張った表情をしている。

 いや、明らかに大丈夫じゃないだろ……。

 そう思った雪弥は、自分の傘を渡して華那だけ先に帰らせようと決めた。

「華那、お前は先に帰っ……、」

「雪弥」

 雪弥が言い終わる前に途中で遮ったのは、ひどく真剣な声だ。声の主は颯斗である。

「落ち着いたら話し始めて欲しい」

 颯斗は穏やかな微笑をこちらに向けている。しかし、ガラス玉を嵌め込んだように澄んだ目はニコリともしていない。

 颯斗が雪弥を急かしているのは明白である。

 颯斗からすれば、自分の知らぬ間に友人の侑聖が後輩の雪弥に嫌がらせをした。一刻も早く詳細が知りたいという颯斗の気持ちは痛いほど分かるが、それでも話すべきではないと思う。それは、颯斗に確実に影響を与える内容だからだ。

 クソッ、一体どうするのが最善なんだ!?

 雪弥は思わず頭を抱えたが、意を決して言う。

「本当に申し訳ないんですけど、話せません」

 雪弥の返答に颯斗は一切動じなかった。

「そうか。それなら、嫌がらせをした侑聖本人に直接訊くから大丈夫」

 平然とそう言った。

 マジかよ!? それだけは絶対に駄目だ!

 じっとりとした冷たい汗が背筋を伝い、不安感や焦燥感が増幅する。

 もし、颯斗が侑聖に訊きに行けば間違いなく口論になるだろう。雪弥は颯斗と侑聖の仲がこじれるような事だけは避けたかった。

 だから雪弥は、侑聖との一件を颯斗に報告せずに有耶無耶にするという決断を下した。

 そして、つい先程も述べたように報告すれば颯斗に影響を与えるから有耶無耶にしたのだ。

「軽い嫌がらせで大した事ないんで」

 雪弥の声はひきつっており、額には汗が滲んできている。

「なら話せるだろう」

 それが華那の前では絶対に話せない事情があるんです、と雪弥は心の中で呟いた。

 颯斗に耳打ちする手もある。だが、不自然かつ華那にだけ隠すと華那を傷つける恐れがある。

 だったら、こうするしかねぇ。

「嫌がらせ内容より、侑聖先輩が俺に嫌がらせしてきた理由の方から先に説明させてください!」

 お願いします、と雪弥が頼むと、颯斗は一瞬不可解そうな顔をした。

 が、すぐに、「いいよ」と微笑んでくれた。

「後回しにするとますます、軽い嫌がらせじゃないんじゃないかって心配になるけど……。何か別の事情がありそうだしね」

 雪弥はハッと息を呑んだ。ややあって、颯斗に向かって勢いよく頭を下げる。

「颯斗先輩! 本当にすみません、ありがとうございます!!」

 有難い事に、颯斗は雪弥側に他事情があると察してくれたようだ。

 颯斗先輩って、心が読めるんじゃねぇかってくらい察しが良いんだよな……。

 しかし、状況は決して好転していない。颯斗には嫌がらせ理由の方こそ伏せておきたいというのが本音だからだ。

「包み隠さず教えて欲しい」

 ところが、颯斗のこの言葉でそれは叶わないと悟った。

 雪弥はついに覚悟を決めて、重い口を開いた。




 雪弥が颯斗に話したのは、五月十五日の放課後に、サッカー部の部室で侑聖と交わした会話内容である。

 この日、雪弥は侑聖からLINEで部室に呼び出された為、すぐに部室へと向かった。そしてその後、侑聖と三十分以上話をしたのだ。

 ひきつった表情で訥々と語った雪弥に対して、颯斗は落ち着いた表情で適度に相槌を打っていた。

 雪弥が話し終えてもなお、颯斗は「へぇ」と涼しげな顔をしている。

 やがて、淡々とした口調で雪弥の話を纏め始めた。

「五月十五日の放課後。侑聖は、『颯斗の代わりに報復する為だ』と理由を述べた上で嫌がらせ行為を謝罪した。

 しかし、侑聖はすぐに君を強く非難した。『颯斗を傷つけたお前が颯斗より傷ついた顔をしているのが、俺はどうしても許せなかったんだよ!』と」

 颯斗に「ここまで合ってる?」と訊かれて、雪弥は沈痛な面持ちで頷いた。

 颯斗は「そう」と短く相槌を打つと、まるで他人事のようにすらすらと語り続けた。

「その後、侑聖は僕の家庭事情を話し始めた。

『颯斗の親父は颯斗の母親に、日常的に暴力を振るっていた。だから、颯斗は母親を虐げる親父に強い憎悪を抱いていた。

 ある日、交通事故で親父が母親と一緒に死亡した後も、親父に対する憎悪は消える事はなかった。

 だけど、去年の十一月に雪弥に殴りかかったあの時に、自分が憎むべき親父と何も変わらない事に気づいてショックを受けたんだ』

 そう話を締め括った後、侑聖は君に『お前が追い詰めなければ、颯斗が殴りかかる事はなかったんだ! だからお前が被害者面すんな!!』と命じた。……合ってる?」

 雪弥は自分の過ちや、颯斗本人に境遇を語らせてしまった申し訳なさで臍を噛む。

 ところが、次に予想だにしない出来事が起こる。

 雪弥が「はい」と頷くや否や、

「侑聖が語った僕の家庭事情の話は虚偽だ」

 颯斗がきっぱりと言ったのだ。

「侑聖の完全なる作り話だよ。僕はショック受けてないし、傷ついてもいない。雪弥だって被害者面しているようには見えなかったよ。勝手に決めつけるのはやめて欲しいな」

 ……どういう事だ? 虚偽? 作り話?

 雪弥は驚きで言葉が発せない。颯斗は沈黙した雪弥に頓着する事なく口を開いた。

「それから母は健在で、僕の父は既に故人だが、死亡原因は交通事故ではなく病気だった。そして生前、父が母に手を出した事は一度もない。とても仲の良い夫婦だったんだ」

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