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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第三章
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第三節

「私は自分の絵なんて見たくないし、見に行かないつもりだったんだけど……。風花ふうかが『一緒に見に行こうよ!』って誘ってきて……、断れなくて見に行くことになっちゃったの」

 華那はるなは泣き出しそうな震えた声で打ち明けた。

「お前、まさか!」

 と、雪弥ゆきやがハッとしたように声を上げる。

円井まるいが他の奴らに褒められる様子を見て、自分の技術力が劣っているって落ち込んでしまったのか? 後、円井と一緒に美術室に見に行った時に、同じように見に来た他の奴が、円井の絵と華那の絵を比較して、『この絵は素晴らしいけど、この絵は下手くそだなぁ!』って否定するところを運悪く目撃してしまうんじゃねぇか……。そんな風に心配してるんだな?」

「うん」

 雪弥は華那が落ち込んだ理由や心配している事を見事に言い当てた。そのまま共感してくれるのだろうと密かに期待する。


そんな事気にすんな。


 だが、雪弥は最後にそう付け加えた。華那は何だか突き放されたように感じて、

「そんな事って!」

 露骨に不満そうな顔を雪弥に向けるが、雪弥は意に介さずにそのまま話し続けた。

「感性や価値観、思考は千差万別だから、他人の評価なんて気にする必要ねぇよ。それに、鑑賞する時間や環境、その日の体調や心理状態によっても、作品への印象は変わってくるらしいから。

 そして、俺が思う最悪の結果は、作品が見向きもされずに、『ただの置物』になっちまう事だ。……けど、お前は他人から否定される事を恐れてるんだよな? 安心しろよ。まずないとは思うけど、万が一、他の奴らが否定しても俺は絶対に否定しないから」

「どうして?」

 華那は怪訝そうに首を傾げながら雪弥に訊いた。

「華那の絵を見た時に、直感で『いい!』って思ったからだよ」

「な、何それ……。どーいう事?」

 雪弥の返答に、華那はとても困惑した。だが、やがて喉へ突き上げてくるような嬉しさを覚える。

「いや、言った通りの意味だよ。俺は心の底から『いい!』って思ったんだ。……一目見て『いい!』って思わせるような作品ってすげぇと思わないか? たとえ、多くの人が良い評価をしなくても、一人の人間が『いい!』って思う事。それだけで、その作品には大きな価値があると思う」

 こんなに嬉しい言葉は他にない、と華那は感動した。しかし、嬉しい、と素直に言えずに口をつぐむ。

 それから、ああそういえば、と思い出す。

 雪弥は小三の頃にも華那の絵を褒めてくれた。

 教室の後ろの壁に飾られている読書感想画──ヘレン・ケラーの立ち姿が描かれてある絵を指差しながら雪弥は『なあ。ヘレン・ケラーが一番上手いよな?』と友人に話しかけていた。

 華那の友人の絵──幼児に食事を与えるマザー・テレサの方が明らかに上手かったのにだ。

 嘘でもお世辞でも嬉しかった。生まれて初めて他人が自分を認めてくれたような気がして、スキップしたくなるくらいワクワクした。絵を描くのが好きになった。

 そして、雪弥の事を密かに目で追うようになり、勉強もスポーツもできる雪弥にどんどん惹かれていったのだ。

 例え、記憶喪失になったとしても絶対に忘れたくない大切な思い出なのに忘れてしまっていた。嫌がらせを受けていた辛い記憶に埋もれていたのだと思う。

 と、雪弥が真面目な顔で言う。

 「華那はもっと自信持っていいと思うぞ」

 華那は観念したような表情でため息を吐いた。

「ちょっとハードル上げまくりじゃない? けど、既に美術室に展示してるから今更手直しできないし……。見なよ、見ればいいじゃん」


 失望しても知らないけどね。


 華那は雪弥から顔を背けて、呟くようにそう言った。

「失望する訳ない。心して見るよ!」

 雪弥の生真面目な返答に、華那は右隣の雪弥に顔を戻した。それから、苦笑いを浮かべつつこう言う。

「雪弥って変わってるね?」

「はぁ?」

 雪弥は不服げな声を上げた。

「別に変わってねぇよ。華那の絵が俺の好みにがっちりはまっただけ。要するに、好きだと感じたんだ」

「ありがとう、嬉しい! 好きなんて言ってくれるのは雪弥だけだよ」

 今度は、嬉しい、と躊躇なく言うことが出来たのだが。

「……ああ」

 こくりと頷いた雪弥の耳は、なぜか蚊に刺されたみたいに赤く染まっていた。

 何で耳が赤くなってるの? でも……。おかしいな。私も顔が熱くなってきた。雪弥に気づかれたらどうしよう。

 自分の両頬が白桃色に変化している自覚がある。

 だから、華那は雪弥の耳が赤くなっている事は指摘せずに、俯いたまま口を開いた。

「あのさ、雪弥。励ましてくれて本当にありがとね!」

 すると、雪弥は奥二重の僅かにつり上がった綺麗な瞳でこちらを見詰めながら言った。

「勘違いすんなよ。励ます為に、偽りの言葉並べた訳じゃなくて、全部俺の()()だから」

 くすぐったい言葉に、華那は恥ずかしくなって思わず顔を上げた。

 あっ、綺麗な青空だなぁ……。

 眼前に広がっている青空はもう、「自分のフィルター」を通して見ても全く霞んで見えない。

 それは、不安、恐怖、そして孤独の"ネガティヴフィルター"がかかっていない状態だから──というより、雪弥がフィルターを完全になくしてくれたお陰だと思った。

 華那は嬉しそうに微笑みつつ雪弥の方に顔を戻した。

 そして、雪弥が奏でた数々の心地好い音によって浮遊感に包まれながら、大きく頷く。

「うん、ありがとう!」




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