第七節
「雪弥の席を勝手に使っちゃってごめん!」
陽翔がパンッと両手を合わせながら謝罪してきたので、
「謝んな気持ち悪い」
雪弥は即答した。
「えー、『気持ち悪い』は酷くない?」
陽翔の笑いながら抗議したが、雪弥はそっぽを向いて無視した。
だが、数秒経つと陽翔の方にそっと顔を戻して、
「で、その『ごめん』は、俺の席を勝手に使った事よりも、面倒な事に巻き込んでしまった事に対してだろ?」
雪弥は陽翔と一緒に下校していた。陽翔は徒歩で、雪弥は自転車を押しながら歩いている。
既に夕日は沈んでおり、辺りは暗くなり始めている。下校時刻ギリギリまで、みんなで試験勉強を頑張っていたからだろう。
華那と風花とは、つい数分前に途中の道で別れたばかりだった。
陽翔がわざわざ、雪弥を迎えに来たのは、雪弥の意思を確認する為だった可能性が高い。雪弥が『図書館で勉強する』と答えれば、無理には誘わないつもりだったのだろう。
だが。華那と風花に『雪弥を探してくる』と言う事により、雪弥が断りづらい状況を作った事に変わりはない。
と、陽翔が「大正解!」と戯けたような口調で言った。
「雪弥が今言った通り、巻き込んでしまった事に対する『ごめん』だよ」
そして、ばつが悪そうに微笑みつつ続けた。
「俺が雪弥を半強制的に巻き込む必要なんて全くなかった。雪弥を迎えに行った時にもポロッと言ってしまったけど……、やっぱり俺は無駄な行動しちゃったね」
雪弥は、陽翔の『さっさと伝えればよかったね。だって雪弥は、瀬川さんがいるって分かっただけで勉強会に参加する気になったんだから』と、『俺のした事は無駄だった』という二つの発言を思い出しながら言った。
「お前の行動は無駄じゃなかったぞ」
雪弥の言葉が予想外だったのか、陽翔は目を丸くした。
「えっ?」
多分……。お前は俺が何かあって悩んでいる事なんて、とっくに気づいてるんだろ。だから、俺が一人で抱え込まないようにする為に、今日の勉強会に俺を誘ったんだよな? やっぱり、俺にとってみんなで騒がしく勉強すんのは面倒な事だけど、楽しくない事はなかった。
だから、ありがとな陽翔──。
お礼の言葉は照れくさくて言えそうにないので、雪弥は心の中で陽翔に感謝しながら、徐に口を開いた。
「今日の勉強会の提案者はお前だって教えてくれただろ? まぁ、三組から一組に変更した経緯は分かんねぇけど……。とにかくお前は、変更した時点で俺を巻き込むつもりだった。だからお前は、俺が逃亡理由を答えた時に『なるほどね……』って苦笑いしたんだよな。『面倒に巻き込まれてしまうような』っていう俺の嫌な予感が見事に的中していたから。
で、今から俺の大まかな推測を話す。
俺を巻き込む事を決めたお前はまず最初に、俺の学生鞄がまだ机の横に掛けてあるかどうかを確認した。すると、掛けてあったから、俺がまだ校内にいると確信した。また、俺が富川先生に数学を教えてもらっている事も。
次に、お前は三組の教室で、俺の席をさりげなく混ぜて机の島を作った。……ここから先の台詞は俺の想像だけどよ。
作り終わった後に、『あれ、何で四席なの?』と華那と円井のどっちかがお前に尋ねてきた。お前は、こう答えてから三組の教室を出たんだ。
『ああ、せっかくだから雪弥も誘おうと思って。俺が雪弥を探してくるから、風花たちは先に勉強始めてていいよ!』ってな」
雪弥が「合ってるか?」と尋ねると、陽翔は「うん、大体」と肯定した。
正解した事に少し安堵する。
「流石だね!」
陽翔は楽しそうに笑いながら雪弥を称賛するとすぐに、右手を軽く挙げた。
「でも、雪弥が今話した事に俺が知ってる事実を付け加えてもいいかな?」
雪弥が了承の意味で頷くと、陽翔は相変わらず、楽しそうな笑顔を浮かべながら話し始めた。
「俺が自分の席をクラスメイトに貸す事になったのも、三組じゃなくて一組で勉強する事になったのも偶然なんだ。
席の件は、風花に教えた通り、クラスメイトに頼まれたから。風花たちがいる三組の教室に向かう前に、使わないかなと思って貸してしまったんだ。もちろん、雪弥を巻き込む事を思いつく前だよ。……まぁ、貸したお陰で俺の席を使わずに雪弥の席を使う言い訳ができてラッキーだったけどね。
それで、教室を三組から一組に変更したのは、三組の一部の人たちが勉強せずに喋りまくってて煩かったからだよ。──やる気に満ち溢れる雪弥とは違ってね」
陽翔の最後の言葉に強く反応して、
「黙れ学年トップ!」
雪弥は声を張り上げた。
「お前を倒す為だ!!」
ところが、陽翔に「違うよね」と速攻否定されてしまった。
「試験で俺に勝利する為にしては、富川先生のところに質問しに行きすぎだし、他の教科だって頑張りすぎてる。
五月十六日の朝から五月十七日までの様子と、五月十五日の様子は、明らかに普段の雪弥とは違ったよ。
まず、五月十五日の雪弥は休み時間に、凄く傷ついているような表情で席に座ってた。
実は五月十六日の朝に、風花が、『もしかして、清水って部活で何かあった?』って俺に訊いてきたんだ。だから、五月十六日と五月十七日の二日間、俺は雪弥の様子を注意深く見ていた。すると、雪弥は異常なくらい試験勉強に打ち込んでいるうえに、この世の全てに絶望しているような表情をずっと浮かべていた」




