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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第二章
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第五節

 幸い上からも下からも生徒が来る事なく、横並びのまま階段を無事に上り終えた。上り終えると次は長い廊下が現れる。雪弥ゆきや陽翔あきとは二年四組の教室前を無言で通り過ぎた。

 ただし、二年三組の教室前を通り過ぎる際に、雪弥は教室内をチラリと見た。三組は華那はるな風花ふうかのクラスなので、二人がいるかどうかを一応確認したのだ。二人がいないのが分かると、すぐに視線を前に戻す。

 雪弥の様子を隣で見ていて察したのだろうか。

「三組じゃないよ」

 陽翔が苦笑しながら言った。

「俺たちの教室に集まって勉強してるんだ」

 それから華那と風花が一組の教室で勉強している事を教えてくれた。何だ、一組でしてるのか。それよりも、と雪弥は最も気になっていた事を陽翔に質問した。

「お前、華那といつの間に仲良くなったんだ?」

「あれ? 風花の事は訊かないんだ?」

 質問に質問で返された上に陽翔の余裕ありげな笑みに雪弥は腹を立てた。

 不機嫌そうな声で言う。

「お前と円井まるいが喋ってんのは見た事あるし、お前らが仲良いのは既に知ってんだよ。わざわざ訊く必要ねぇだろうが」

「まぁ、確かにそうだね」

 陽翔は苦笑しながら肯定したが、突然二年二組の教室の前で立ち止まった。

 急にどうしたんだ、と戸惑いつつも雪弥も足を止める。

 陽翔は珍しく言いづらそうに口を開いた。

「俺は瀬川せがわさんと一緒に勉強してるって事、雪弥に隠す気なんてさらさらなかった。雪弥が図書館で勉強したいなら無理に誘うのは良くないと思って、言うのが遅れちゃっただけで……。でも、さっさと伝えればよかったね。だって雪弥は、瀬川さんがいるって分かっただけで勉強会に参加する気になったんだから」


 俺のした事は無駄だったなぁ……。


 陽翔は雪弥から目を逸らしつつポツリとそう呟いた。

 無駄だった──? 何に対しての発言なのか疑問に思ったものの、とりあえず話を先に進めた。

「そうだな。俺と会った時にまず、華那と一緒に勉強してるって事を伝えた上で誘ってくれたら俺は断らなかったからな。……逃げる事もなかっただろうし」

「逃げる事もなかったって……、」

 陽翔は不服そうに言った。

「雪弥は俺と会った瞬間に走って逃げたじゃん。何で逃げたの?」

 ああ、と雪弥は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「俺が逃げたのは、このままお前と一緒にいたら面倒に巻き込まれちまうような……、嫌な予感がしたからだよ」

 雪弥の逃亡理由に陽翔も苦笑いを浮かべた。

「なるほどね……」

 その後すぐに「安心して」と言った。囁くような声だ。

「雪弥の知らない間に瀬川さんと仲良くなった訳じゃないよ。そもそも、俺が瀬川さんとちゃんと喋ったのは昨日が初めてだったし。昨日の放課後に、風花に『どうしても分かんないから教えて!』って頼まれたから、風花と瀬川さんの二人に数学の問題を教えただけだよ」

 陽翔が声のボリュームを落とした理由は、一組の教室にいるだろう華那たちに聞こえないようにする為だとすぐに察した。

「へぇ、そうだったのか」

 だから、雪弥も陽翔と同じように小声で相槌を打った。

 陽翔は「うん」と頷く。

「その後、そのまま三組で一緒に勉強したよ。みんなで勉強したら凄く楽しかったから、俺が今日の勉強会を提案したんだ」

 なるほどな……。陽翔の説明により、陽翔が華那と一緒に勉強する事になった理由を理解する事ができた──のだが。

 雪弥はムスッした顔で口を開く。

「『安心して』って何だよ。俺はお前が華那と喋っていようが、仲良くしていようが、別に構わないぞ」

 そう言った途端、陽翔がおかしそうに笑い始めた(だが、左手で自分の口を押さえながら、普段より控えめに)。

「おい。何で笑うんだ?」

 楽しそうな陽翔とは対照的に雪弥は仏頂面になった。

 陽翔は中学の頃から、雪弥が華那に好意を抱いている前提で話す事が度々あった。だが、勝手に好きだと決めつけるのはやめて欲しい。華那はただの友達。そう思う事にしてるから、余計な事を言わないで欲しい。そもそも、自分に好きになられても向こうは迷惑なだけだ。

 俺は《《誰かさん》》の言う通り、「疫病神」だから──。

 溢れ出す寸前の華那に対する感情を言葉による頑丈な鎖で必死に抑え込む。何とか胸の奥底に沈めた時にちょうど、陽翔が笑うのをやめた。かと思ったら、

「相変わらず、雪弥は嘘が下手だなー。まさかとは思うけど、自分が今まで何度も《《牽制》》してきた事に気づいてない? ……教室移動してる時に、雪弥がいきなり猛ダッシュしてさぁ……。慌てて俺が後を追おうとしたら、雪弥は不機嫌な声で、俺にこう言ってきたんだよ。『華那がいたんだ。お前はついてくんな』って。……この行動を『牽制』と言わずして何ていうの?」

 からかうような口調で(だが、ちゃんと声を潜めつつ)言ってきた。


 いや、俺は牽制なんかしてねぇ!!


 雪弥が怒鳴るより先に陽翔は教室の中に入っていった。クソッ、逃げられた。お前はついてくんなって言ってもついてくるだろうが……。

 雪弥は、牽制してない、と自分にも言い聞かせるように断言した。しかし、自信がなくなってきて数秒後に、多分、と付け加える。

 陽翔は人当たりの良い笑顔と優れたコミュニケーション能力で誰とでもすぐに仲良くなれる。だから陽翔が華那とお喋りすれば、きっと、すぐに仲良くなってしまうだろう。恐らく、中一の時に緊張しながらも何とか頑張って自分から華那に話しかけて友人になった、自分よりも仲良くなる。

 俺はそれがすげぇ嫌なだけだ、と雪弥は複雑な表情を浮かべながら教室へ足を踏み入れた。「二年一組」と書かれた学級表札が掲げられている教室にだ。

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