2.意識改革、はじめます
よし、と鏡を片手にガッツポーズをとっていると、コンコンとドアがノックされた。返事をすると、ドアの向こうから私付きのメイド、リザが「失礼します」と入ってきた。
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか」
「え、こちらって?」
一気に思い出した前世の記憶やら自分の立ち位置やら今後の目標やらを考えていて、それまで何があって何をしていたのかすぐには思い出せない。
怪訝な顔をした私に、リザが手にもって来たドレスを掲げる。
「先ほど申しつけられたドレスをお持ちいたしました。こちらでよろしかったでしょうか」
「申しつけ……?……あ」
……思い出した。
私の誕生祝いを兼ねた晩餐に着ていくドレスで、用意されたのが気に入らないと我儘を言って違うドレスを持ってきてもらったのだ。
正直気に入らなかったというわけではなく、単に我儘を言ってリザを困らせたかっただけだ。
「い、いいわ。ありがとう」
「え…」
困惑したリザに「しまった」と思ったがもう遅い。
ジェシカは今まで女王様のように我儘三昧だったのだ。メイドに向かって「ありがとう」なんて言うはずがない。我ながらどうかとも思うが私自身言った記憶もない。
そんなお嬢様からいきなり感謝の言葉を述べられたら不審に思うのも当然だ。
……とりあえずここはごまかすしかない。
「何?」
何か文句でもあるの?と強気で睨む。
これぞ我が秘策、開き直りの術!!
これ以上追及すると私の機嫌を損ねると思ったのか、リザは「いえ…」と追及はしてこなかった。
(ふぅ、危なかった)
そっと胸を撫でおろし、息をつく。
前世の記憶があるなんて、言っても変人扱いされるだけだ。更に自分達が物語の登場人物だなんて誰が信じるだろうか。
シナリオがあってそれに沿って自分たちが動かされているだなんて。
私だってそんな風には思いたくない。世界の方向が決まっているだなんて。確かにこの世界はキスラブの世界なのだろうが、私の人生は私のものだ。物語のシナリオが何であろうと、私の意志で動いて決める。だからまともになろうと決めたのだ。前世の記憶が戻り、我儘放題することができなくなったというのもある。
私が考えている間に、リザは他のメイド達と共に手早くドレスを着替えさせていく。
今日のドレスは主役らしくふんだんにレースが使われた濃い赤色のドレスだ。黒と白のレースがアクセントになっており子供のくせにほのかに妖艶な色香が漂っている。
さすがジェシカ、将来ボンキュッボンの美女になる女。子供の頃からこの色気、只者じゃねぇぜ……。
(……まぁ、本人なんだけど)
父譲りの銀髪はリザによって結い上げられ、ドレスに合わせた赤と黒レースのリボンが飾られた。
「お綺麗です、お嬢様」
「ええ、本当に」
メイドたちが口々に賛美する。確かに着飾ったジェシカは綺麗だ。だが本心からの賛美とは到底思えなかった。
(おびえてるわね……まったく)
全くジェシカは今までどんなに我儘威張り散らしていたのだろうか。側付きのメイドにまでこんなにおびえられるなんて。
そして”悪役令嬢”を彷彿とさせるカラーとデザインのこの服も威圧感を与えるのだろう。9歳までのジェシカはこんな服が好きだったのかもしれないが、前世で30年生きた喪女の記憶が蘇った今としては派ですぎて自分で気後れしてしまう。
実際似合っているのも問題だ。これでは「私が悪役令嬢です」と看板を背負って歩いているようなものではないか。
しかし今さら我儘を言うこともできない。似合っているのは似合っているし綺麗なのは綺麗なのだ。
今夜はこのドレスで乗り切り、徐々にクローゼット改革はするとしよう、と心に誓った。