1.キス×ラブ×アドベンチャー
10歳の誕生日、父親からのプレゼントである手鏡を手にした瞬間、私は前世の記憶を思い出した。
鏡に映った今世の私は、光の加減で紫にも見える銀色の髪と金色の瞳の、そりゃもう「あ、これなんかのキャラっぽい」と思えるような前世からすると別世界の住人だった。しかも現在10歳なのでかわいらしさが勝っているが、成長したらきっとちょっときつめの美人になるであろう顔だち。
ただし、前世の記憶による価値観的に言えばこれはヒロイン顔ではない。
キラキラした外見、整った顔、ロールされた銀髪、アーモンド型の吊り上がった目。
これはどう見てもヒロインがいればその対極にいる……ライバルというか、悪役というか。縦ロール+つり目って「おーほっほっほっほ」と高笑いするライバルキャラの典型ではないだろうか。
しかもこの顔だち、どこかで見たような……あ、思い出した。
前世で超がつくほどハマっていたライトノベルのキャラクターだ。ただし主人公のヒロインではない。この外見にとっても似合う悪役令嬢というものだ。確か挿絵に幼少の頃のがあって、それにすごく似ている。
「マジか……」
つまり私は、一時期ネット小説で流行った異世界転生というものをしたらしい。ちなみに前世の死因は病死だ。頭が痛いなーと思っていたらあれよあれよという間に動けなくなってそのまま……。享年30歳、こんなことなら早く救急車呼べばよかったと後悔しながら死んだ気がする。
しかし、本当にあるんだ、こんな事……というのが最初の感想。次に感じたのは絶望だった。
このキャラクターが確かにあのラノベのライバルキャラであれば、ここはあのラノベの世界だと考えていいだろう。
しかし、あのラノベ「キス×ラブ×アドベンチャー」はライトノベルの位置ギリギリ、もうちょっとでエロ小説に入るだろうというアブノーマルっぷりが売りの作品であった。
ええ、もちろんそのギリギリエロな部分にハマっていたわけですが何か!?「大ヒット」というアオリがついた帯が巻かれて売られていたので、ハマっていたのは私だけではなかったということを私の名誉のためにも言っておく。
年齢=彼氏無し歴、趣味は妄想。だからとてもいい妄想材料にさせていただきましたごちそうさまです。
噂に聞くと作者が趣味でセルフ二次創作でドギツイ18禁版を作成してとある即売会で販売していたらしい。正直一度でいいから読んでみたかった。
……と、それはさておき。今重要な問題は、私がこの世界のライバルキャラに転生してしまっているということだ。
「キス×ラブ×アドベンチャー」略して「キスラブ」は主人公…つまりヒロインの女の子がある日突然自分の世界(私の前世の世界と同様の世界設定だった)から王宮魔術師によって異世界(今の私がいる世界)に召喚され(異世界トリップというやつである)、予言により復活する魔王を封印するために近衛騎士・魔術師と共に旅に出るという始まりだった。
召喚されたヒロインというのは特殊能力持ち、というお約束通り彼女にも対魔族に有効な聖魔法の適正があった。だからこそ召喚された、というべきか。
ただしヒロインが聖魔法を使用するためには代償が必要となり、その代償というのがこの作品のウリでもあるエロ部分となる。魔力の消費によりヒロインの体が疼くようになり、それを同行している男性陣に慰めてもらうのである。つまりは聖魔法を使うといちゃいちゃしなければいけないのである。
ムッツリイケメン爽やか系近衛騎士(童貞)とイチャイチャし、いつも笑顔だけどその実ドSな魔術師に悪戯され、俺様王子の閨に誘われ強引に、侯爵子息にナンパされ…エトセトラエトセトラ。
そしてこのイケメン達とのやり取りで度々絡んでくるのが侯爵令嬢のジェシカ・フォン・トパーズ……私である。
この国で公爵位を持つ家は1件あるが、現在子供は息子のみ。5件ある侯爵家の中で一番地位と財産を持つのは父が宰相を務める我がトパーズ家である。
我が家には現在私の他に兄が1人おり、将来この兄が父の跡を継ぐ予定である。母は私を産んだ1年後に身罷った。つまり、ヒロインがやってくる時期で王家を除き一番高い地位に立つ女性はジェシカであった為、まぁ…色々と調子に乗っていたというべきか。
母を亡くした父は忘れ形見である私に激甘だったし、周りも侯爵家に取り入ろうとゴマすりする奴らであふれていた。清廉潔白な貴族などなかなかいないのである。
ジェシカがそれは黒だといえば明らかに白いものも黒になる。その中で育ったジェシカは当然といえば当然というか、我儘で性悪に成長していったのである。
そんな中、王子や見目麗しい騎士や魔術師に寵愛されるヒロイン(庶民)が現れたらどうなるか。
当然、虐めるよね。事あるごとにヒロインを騙し、貶め、辱め。ヒーロー達から引き離そうとした。何度も仕掛け、そして失敗し、最終的には国を揺るがす犯罪にまで手を染めてしまう。それが王子たちにバレて彼女は斬首刑。享年18歳であった。
……いやいやいやいやいや。
前世も親より先に死ぬという親不孝っぷりだったのにさらに早死にってどういう事よ。せめて40歳までは生きたい。あわよくば80歳まで生きて老後の人生とやらをやってみたい。縁側でお茶をすすりながら猫を膝に乗せて日向ぼっことかしてみたい!
前世で殆どできなかった人生謳歌するためにも処刑は回避しなければ。要はヒロインに関わらず、変なことをしなければ実家は金持ち、平々凡々な…とは無理かもしれないけれどそれなりに裕福な人生が送れるはずなのだ。
ヒロインが召喚されるのは確か16歳の時…ヒロインとジェシカは同い年だから、つまり今から6年後。
今までも蝶よ花よと育てられて、わりかし我儘になっていたが、今からでも軌道修正は可能だろう。6年かけてまともな人間になり、ヒロインやその他登場人物と関わらず有意義な人生を送ろうではないか。
目指せ穏やかな余生!80歳まで生きるのだ!!