第33話 アイヴィーの過去・後編
更新が早いと言われます。
第33話 アイヴィーの過去・後編
私はゆっくりと自分の過去を話し始めた。
いくら時間が掛かってもいいような口調で。
「私の母が、風邪を引いたの」
「風邪‥‥‥ですか?」
シュシュは意外そうに訊き返す。
「そう、風邪。私が11歳の時よ」
「10年前ですか」
「ええ。今の時代に風邪よ。私の父は医者だったんだけど‥‥‥」
「お医者さんの家系だったんですね」
「父はね。それで、母はどうなったと思う?」
私はシュシュに言った。
「まさか、先輩のお母さんは‥‥‥」
「そう。亡くなったの」
「どうして‥‥‥。風邪くらいで」
「そう思うでしょ?私も思ったの。どうしてたかが風邪くらいでってね。でも、それは間違いだった。その油断が母を殺したのよ」
「そんな!」
「風邪のワクチンはまだ、今の時代でも開発されてないけど、ちょっと風邪を引いたくらいで死ぬ病気じゃなかったはずなのよ。実際、風邪薬は飲んでたんだし」
「そうですね。風邪ですものね」
「でも違った。私の母は、風邪がひどくなって、病院に運ばれた。風邪になってから2日後のことよ。高熱が下がらず、そのまま逝ってしまった。たかが風邪で‥‥‥。それから父は、風邪のワクチンを見つけるために、私と幼い妹のマリアをおじいちゃんとおばあちゃんに預けて、出て行った。いつか必ず、風邪の特効薬を見つけるまでってね。私も母のことがきっかけで、医大に行ったのよ」
「先輩にそんな過去が‥‥‥」
「あまり話さないことだけどね。未知のウィルスやエボラ出血熱なんかじゃない、ただの風邪が、私の母を死にやったことだけは、私の中で消えないの。ツラいわ」
「死はどこで訪れるのか、分からないものですよね?」
「そうね。たかが風邪だと、あなどった私や父にも問題はあったんだけどね」
「悲しい過去ですね」
「風邪でも人は死ぬ。これだけは覚えておかなければならない。それだけよ」
「そうですね‥‥‥」
シュシュは暗い顔をする。
私を憐れんでいるのか?
「でも、私は大丈夫だから、そんな顔しないで。あなたの方こそ、お兄さんがグラデュアル軍に殺された過去を持っているんですもの。そっちもツラいでしょう?」
「それはそうですが‥‥‥」
「でも、本当は風邪のせいにしちゃダメだよね。私はたかが風邪と思っていた自分が許せないの。たぶん私の父も、同じ気持ちだったと思う。だから私は、人が悲しむ死を、出来るだけ避けたいと思って、一人でも多くの人間を救いたいと思って、この道に進んだんだけど、やっぱり人の死からは逃れられないのよね?この戦争で、多くの命が失われている。私にはまだ、人の命を救うだけの力は無い。それが分かっただけでも母は許してくれるかな?」
シュシュは少し黙ったが、なけなしの言葉を発した。
「先輩のせいじゃないです。そういう風に思わないでください。ケガや病気に無力なのは、誰でも同じです。そりゃあ今の時代、多くの分野において、治療の技術が進歩していますが、それでも助からない人も、まだ多くいます。でもそれは、仕方がないことだと思います。それに先輩が救った命もあるはずです。その人は先輩に感謝していると思いますし、事実、助かってます。先輩のお母さんは救えなかったけど、先輩が誰かにとっての大事な人を助けたことは間違いないですよ」
「うん、そう言ってくれると、本当にありがたいわ」
シュシュはいい子だ。
まぁ、時々一言多いけど。
でも真っすぐだ。
私もそういうところは見習わないとな。
「ありがとう、シュシュ」
「いいえ。お礼を言われることは何も‥‥‥」
「私は大丈夫よ。まだ妹がいるし、消息を絶った父も、いつかは帰ってくると信じている。だからめげない。今は自分の役割をこなすだけよ」
シュシュに過去を語って、スッキリしたような気分になる。
語って良かったかも。
心のモヤモヤも感じなくなった。
本当にありがとう、シュシュ。
その時、料理長のアンソニー・バメラが調理場に入って来た。
「お前たち、まだ罰当番サボっているのか?早く片付けろ!」
怒鳴られてしまった。
「はい、すみません!」
私とシュシュは、すぐに仕事へと戻った。
読者の皆様に幸あれ!!




