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第一話 イントロダクション

「・・・市では、性的少数者問題に積極的に取り組み、より多様な家族の形を・・・。」


 居間に響く、流暢で無責任な言葉。


 何が多様だよ。まったく。

 と、脳内で思想の自由を謳歌する。

 なんと言っても、両親はもう出勤したのだから。





「何が多様だよ。LGBTの人に恨みはないけど。」

 と、寝起きの気だるさを全面に出した声で独り言を言う妹。


 まるで、僕のモノローグを読み上げたかのようにシンクロしてしまう意見。

 それもそのはず。気持ちが一つだから、出てくる言葉も必然的に似通ってしまう。

 特に一緒にニュースを見ている時はそうだ。

 ・・・事が事だけに、両親の前ではそういった素振りを見せないよう僕は口を噤んでいるのだけれど。


「ゆっきー、今日って何の日かわかってるよね?」


 僕の名前は由紀夫ゆきお。由来は何だったか。

 冬生まれだからか、それとも父の初恋の女の名がユキだったからか。

 いずれにしろ、大した名前ではない。


 彼女は、成長と共にお兄ちゃんと呼ぶのが恥ずかしくなったのか、それともこういう関係になったからなのか、ユッキーというあだ名で僕を呼ぶ。


 ・・・だが、問題がある。

 彼女の名はユキなのだ。つまり、僕たちはユッキー同士である。

 故に、互いの友人が集まったときは、かなりややこしい事になる。





「今日は・・・ユキの誕生日?」


「はいはい。その心は?」


「白い日か。」


「飽きないね。このやりとり。」


 ・・・普通に忘れてた。確かに毎年やっている。

 彼女の誕生日は3月14日。ホワイトデーと同日。

 

 つまり、2月14日の3倍の日に僕の恋人は産まれた。


「産まれてきてくれてありがとう。」


「・・・ありがと。」


 ・・・じゃない。

 確かに目の前の女の子は露骨に嬉しそうにしているけど、これでお返し・・・なんて、何か違うんだ。


 やはり、プレゼントはしたい。


 それに、それなりの重量感があるチョコケーキを貰った以上、常識的にもお返しの準備はしっかりすべきだ。

 だが、"だった"と、過去形にしなければならない。

 そう、まさかの徒手空拳。

 当日の今日まで、全く何も用意していないのでした。ごめんなさい。





「ごめん、今日学校休むわ。」


 背に腹は代えられない。一夜漬けならぬ、一朝漬けをしよう。

 さて、後は金の確保だな。


 ああ、情けないなと、自分でも思っているさ。

 ・・・でも、言い訳くらいさせてくれ。

 そもそも僕は、誰ともちゃんと付き合ったことが無いんだ。

 恋人同士のイベントの段取りが上手く行かないのは仕方がないじゃないか。


「死にたいの?あんなにチョコ貰っといて、何も返さないなんて、村八分直行じゃん。」


 一ヶ月前の騒乱が思い出される。女達の顔。


 朝も昼も平和で、安心しきっていた放課後。妹のチョコを楽しみに足取りも軽く。


 だが、僕は帰れなくなった。


 まずは靴箱。文字通り"ぎょうさん"入っていた手紙。

 その場で頑張って速読したが、どれも僕を呼び出す内容。


 ああ、詰んだ。こいつらの連絡先なんか知らないぞ。断れないじゃないか。

 強制的なダブルブッキングなんて、ふざけてる。


 ・・・でも、どんな理由があれ、まるで日本の裁判制度みたいに、欠席は敗訴である。

 いや、それ以下だ。移送もできないし。

 まあ、今思えば、それは序章に過ぎなかったんだけど・・・。




 

「ち、違う。あれは勝手にあげたいって言うから貰っただけで・・・。」


「はぁ。みんなその顔に騙されてるよね。こんなちびっ子なのに。」


 苦笑いで煽ってくる。

 それよりも・・・こいつ、言ってはならないことを。

 怒りが噴火する。身長イジりは決して許さん。


「小柄なだけだから!それを言うならお前だって小さくて可愛いじゃん!」


「やっぱり可愛いんだ。このロリコン。」


「ロリコンっていうのは、小さな女の子が好きな人の事で、背の小さな・・・。」


「えいっ。」


 ダイブ。高いジャンプに僕の視界が彼女の身体に覆われる。

 咄嗟に、彼女の身体を守ろうと、両手を広げ、キャッチしようとする。

 

 そして、うわっ、と驚きの声を上げる前に、唇は塞がれた。ごつんと。


 ・・・前歯が痛い。出血してるんじゃないだろうか。





「んん・・・。」


「・・・ん。」


 互いの呻きが交錯する。

 深く抱きしめ合うと、いつも、元は一人の人間だったのでは、という妄想を抱いてしまう。

 それくらいの一体感。


 時計が刻むリズムだけが、僕たちと外界を繋いでいた。


「あ・・・。」


 離れると、寂しそうに漏れる声と共に、まるで世界の終わりかのように虚無の瞳をされる。

 それが嫌で、僕はまた・・・。


「んっ!」


 より強く抱きしめる。

 きっと、痛い。

 唇は、先程の静とは異なり、動。互いに求め合うように貪り合う。


「んうっ、すとっぷ!」


 と、ツッパリをかまされ、距離を取られる。


「遅刻しちゃう!」


「あ・・・そうだった。送るよ。」


「うん!ありがと!」





 僕たちはバタバタと、着替え始めた。

 付き合い始めてから、今日でちょうど3年目。

 登校前の二人きりになれる時間はいつだって楽しくて。

 こうして、いつも遅刻ギリギリまで「夫婦ごっこ」をする。


 早く社会に出て、二人暮らしがしたい。

 だけど、短絡的に成れる程愚かではない。中退はできないし、大学は行くつもりだ。


 一方で、この世に産まれた来たからには、社会的に成功したい。

 だけど、彼女への気持ちを一時の感情だと割り切って、切り捨てられるほど賢くもない。

 

 そんな、毒にも薬にも成れない、物語の主人公たり得ない、平凡な男が僕だ。 


 ・・・ああ、そうさ。

 違う。わかってるさ。そうありたいだけだって。
















 町に出ると、まだ肌寒い空気に身を固まらせてしまう。

 大方雪は溶け、歩きやすくはなったが、一本大通りを外れると、やはり本来のタイルの色が見えないほど、地面に積もっていた。


「さむっ。」


 呟く。それは、精神的な寒さだったか。

 ・・・憂鬱だ。

 かつての若者は、今より元気で、外にその鬱屈をぶつけていたらしい。窓を割ったりして。


 だけど、そんな力は僕には無い。もちろん、イエスマンというわけでもない。

 反発していないわけではないんだ。不満はある。


 不満。

 大人はなんで、あんな無遠慮に、自分の価値を押しつけてくるのだろう。

 その自信はどこから来るんだ。

 僕は怖くて仕方がない。自分が間違っているんじゃないかと思ってしまう。


 そんな僕を突き動かすもの。

 夢と、愛だ。


 夢は世界一のゲームを作ること。

 といっても、夢の前に、まずは現実だ。食っていけるだけのキャリアを確実に得なければならない。 

 だから、今は学業に努力を集中しており、ゲーム作りはまだ未経験だ。


 こんな調子だから、優等生だと勘違いされる。

 が、その実、ただ腹黒いだけなのだと自覚している。
















「俺はゲーム専門学校に行くぜ!」


「僕も同じ学校なんだ。声優コースだけど。」


 いつもつるんでいる仲間二人。僕を加えてゲーム好き3人組。

 教室のいつもの風景。この時は、午前だったか。

 次の授業までの、たった10分の休みだが、毎回僕の机に集まってダベる。


 僕はこの二人の素朴さが好きだが、同時に見下してもいる。





「なぁ、ユッキーも一緒にどうだ?おまえ、作曲もできるしシナリオも書けるだろ?」


「そうそう、数学得意だからプログラムもできそうだし。そうだ、みんなでゲーム作ろうよ!」


 僕は、本心を悟られぬよう、優しく微笑んだ。

 自分で言うのもなんだが、便利な顔に産まれてきたと思う。

 他人と同じ事をしているだけで、信用してもらえるから。


「大学は親に言われてるから。でも、受験勉強終わったらゲーム作ろうか。」


 僕の回答に満足したのか、二人とも明るい顔をした。


「よし、ユッキーもとうとうゲームクリエイターデビューだな。」


 なんだよ、ゲームクリエイターって。

 そんなふわふわした肩書きで満足か。

 でも、それで満足してしまう彼らを、愛しく思う。

 なんというか、それは、ささくれた僕の黒い心に日常を与えてくれる尊いものだ。





 でも、きっと彼らは失敗する。

 ゲーム業界でも、人生でも、彼らの理想は、夢で終わるだろう。

 そして、20年後も60年後も、「そんな事もあったなぁ」なんて、居酒屋で、老人ホームで、愚痴って、笑い合って、平和に人生を終えるのだろう。


 一方、僕は、人生を思うがままにコントロールするだろう。

 ・・・憂鬱な顔のままで、夢は実現するんだ。


 でも、そんな僕にも、唯一光があるとすれば、ユキだ。

 彼女と結ばれさえすれば、救われる。夢を夢で終わらせる事ができる。

 そして、きっと、彼らのように真の平凡に墜ちる事ができる。
















「いらっしゃいませ。」


 ドアを開けると、シャラランと、音楽室の名前のわからない楽器のように美しい金属音が鳴り響く。

 

 若者向けの店だけあって、有名ブランド店と異なり、なんとなく入りやすい。

 店の照明が明るいからだろうか、それとも、目の前の女性店員がカジュアルな服を着ているからだろうか。

 ともかく、彼女を囲む指輪だらけのガラスケースに物怖じせず、話しかけられそうだ。


「あの、20万円以内でペアリング欲しいんですけど。」


 母のスーツの内ポケットのへそくりから拝借した金だ。

 着ないくせにクローゼットの取りやすい所に入っていたから、日頃から怪しんでいたが、やはり忍ばせてあった。


「二十万ですか。その予算でしたら、どれでも買えますよ。」


 ・・・もしかして、ペアリングって安いのか。

 うーん。よく考えたら、学生が良く買う物なのだから、そんなに高いわけがないか。


「ああ、そう。で、なるべく可愛いやつが欲しいんだけど。」


「キャラクターモノでしたら、こちらの棚になります。」


 見てみると、世界的に有名なキャラクターをモチーフとした指輪がずらっと並んでいた。

 ・・・あいつが好きなのって、なんだっけ。わ、忘れた・・・。

 くそ、キャラは駄目だ。ハイリスクすぎる。


「あ、と。キャラ以外で可愛いのは?」


「そうですね。今人気なのはこちらの棚に。」


 これまたずらっと、たくさんの指輪が並ぶ。

 多種多様なデザインだが、正直、どれも等価に思える。

 どれでもいいじゃん!


 だというのに、どれか一つ、と言われると選べない。

 ・・・そうだ、金も余っている事だし、プレゼントを複数買おう。





「じゃあ、この人気1位と人気10位のやつください。」


 と、掟破りの2ペア買いに走った。

 だが、まだ予算は10万残っている。

 次の店へ行こう。


「ありがとうございました!」


 結局、店員さんは優しかった。

 こんな店だから、きっと人生の落伍者、半端者が働いていると見下していた自分が恥ずかしい。
















「いらっしゃい!」


 次に向かったのは、ラーメン屋だ。

 腹が減っては戦はできぬ。

 

 入り口から一番遠い、カウンター席のはじっこに座ると、水を持って来た店員に注文した。


「塩、大盛りで。」


 ぼそぼそと、弱々しく。


「塩大盛り入りまーす!」


 対照的に、堂々とした厨房への声かけ。


「うん・・・。」


 やはり、僕には合わないな、この雰囲気。 

 ラーメンは妹の好物だ。

 この店は特にお気に入りで、僕はポイントカードを貯めるよう言われている。

 なんでも、200ポイント貯まるとこの店の食器が貰えるとか。




 

 普段、僕は女性的と言われる店を好む。

 カフェとか、アイスとかクレープとか、そんな感じの。

 というのも、元々食が細いのに加えて、暑苦しい場所が苦手だからだ。

 

「はい、塩お待ち!」


 ごとん、と重そうな容器が置かれる。

 食べきれるか心配だ。

 大盛りを頼んだのは、普通盛りの2倍、すなわち2ポイントが貯まるから。

 たった100円プラスでだ。ポイントという観点では、かなりお得。


 ずるっ、と一口。旨いけど、ちょっと塩辛すぎる。

 肉体労働者や、部活動に勤しむ学生には丁度良い塩分補給になるのだろうが。


 運動・・・僕は体育会系のノリが嫌いだ。誰かに判断を委ねる女々しさが気にくわない。

 僕には、彼らが誰かに指図したりされたりするのが大好きな気狂い共の集まりにしか見えない。

 

 不思議な事に、ユキはその体育会系に馴染んでいる。

 陸上部、だっけ。いや、バドか?いや、テニス・・・なんだっけ。

 などと巡らせていた思案は、知っている女性の声で遮られる。




 

「あ、ユッキー先輩。」


 どうしてここに。

 赤のジャージを着た少女。彼女はユキの親友、窓野まどのさんだ。

 見た目は、いかにもな体育会系少女。短髪に茶髪で、ちょっとやんちゃな印象もある。

 しかし、実際に話すと、単におしゃれに気を遣う、というかええかっこしいの女の子で、不良要素は無い。


「サボり?」


「あ!見逃して!」

 

 両手を突き出し、僕の視界を塞ごうとする。


「やっぱり馬鹿だな。窓野さんって。」


「な、なんで!」


「いや、僕もサボりだって気付けよ。」


「・・・そうだった!」


 と、可愛らしい"ふり"をしてくれる。

 もちろん、天然ではない。彼女は協調性の塊で、自分がどう見られているかを必死に考えている。

 まあ、これは僕の妄想で、実際の彼女は心の清い天然かもしれないが。





「ところで、チョコ美味しかったですか?」


 ・・・ほら、やっぱり。

 1ヶ月前の事を追求する天然が居てたまるか。


「うん、美味しかったよ。ごめん、お返しは明日でいい?」


「お返しなんて大丈夫ですよ!」


 返さなかったら、陰口言い合うんだろ?

 ああ、めんどくさい。

 どうせ好きなのは顔なんだから、テレビの男前な男性アイドルでも追っかけてればいいのに。

 なんでわざわざ手近だからって僕の所に来るんだ。

 ・・・手近だからか。


「ごめんな。後、ひとつ頼まれて欲しいんだけど、お返し忘れてたら悪いから、自分から取りに来てってみんなに伝えといて。」


「わかりました!」


 その後は他愛のない世間話と、愚痴に時間を浪費した。

 ・・・ひどく苦痛だったので、僕はさっさとラーメンを平らげた。


「じゃ、明日学校で。」


「はい、また明日!」


「ありがとうございましたぁ!」


 店員の発する騒音に背中を貫かれつつ、店を後にする。
















「はぁ・・・つかれた。」


 店を出ると、なんだか全身がだるい。

 ラーメン効果なのか、外気の寒さをものともせず、だるだると温い体温に浮かされる肉体。


 ・・・やっぱり女性は苦手だ。原因はわかっている。

 

 期待されるのが嫌なんだ。だけど、期待されてしまう。

 バレンタインとかホワイトデーだけじゃなくて、クリスマスも、「いつか私と二人きりで」と。


 ふざけるな、と言いたい。


 妄想は自由だし、まあ、告白も自由なんだろうけど、こっちの疲れも少しは考えて欲しい。

 コミュ障にとって、傷付けずに断るのはどれほど困難な事なのかをわかって欲しい。


 贅沢な悩みなのだろうか。でも、僕はどうしても動物園の檻にいるような、そんな気持ちにさせられる。


 考えてみて欲しい。

 3匹のサルに挨拶して、普通に通り過ぎて・・・その数秒後に後ろから「キャー」という鳴き声が聞こえるんだ。

 思わず身体をびくっと震わせてしまう。


 恐ろしい・・・彼女たちは、何に興奮しているのだろう。

 僕を木の上まで拐かして、何かするつもりなのだろうか、と。





「プラトニックな恋愛なんて、あるのかな。」


 そんな事が続いたある日、僕はいつもの教室で、悩みを二人の親友に打ち明けた。

 普段はゲームの話しかしないが、この日に限ってはそういう気分になれなかったからだ。


「いや、エッチはしたいだろ。女は違うかもしれないけど。」


「でも、年取ったら性欲枯れそうじゃない?」


 枯れる、と最初から無い、は同じなのだろうか。

 僕はさらに問うた。


「じゃあ、どんなブスでも、好きになったらヤりたい?」


「いや、ブスは好きにならないだろ。」


「ユッキーはブス専なの?」


「・・・いや、ブス専に成れなかった。」





 そう、成れなかったのだ。


 モノは試しで、僕はクラス一モテる女子と付き合ってみたんだ。3日間だけだけど。

 なぜそんな事をしたか。

 単純な話で、誰かの「妹がキモい、ウザい、いらない。」みたいな会話を盗み聞きしたからだ。


 ・・・普通というのが、そういうものだとすれば、僕は異常だ。

 異常ならば、隠さなければ排他されるだけだ。


 そして、変態でないことを証明しなければと思い至り、「普通の」恋愛に興じることにした。





 最初は良かった。まるで普通の初恋だった。心を通わせ、信頼を深めた。

 だが、決定的な何かが欠けていた。

 

 それは性愛だ。


 唇を重ねた夜。何も感じなかった。

 そう、何も感じなかったんだ。何かあったとすれば、彼女の覚悟が伝わったくらいで。

 結局、なけなしの金で買った避妊具は、ゴミ箱の中に沈むこととなった。


 その日の就寝前、自分は性的に不能なのだろうか、という悩みを抱えた。

 

 だが、それも違うと、次の日にあっさりと判明した。

 目が覚めたとき、シンプルに元気だったのだ。

 というより、寝起きは毎朝元気だし、何より、発散も毎日している事から、むしろ旺盛だと言って良い。





 問題の所在は、決まってその発散の先が一人の女性だということだ。


 それから、今度はしばらく考えて、一応の結論に至った。


 男の本能として、種をばらまきたいと思うのが健全である。

 そういう意味では、一途な僕は間違いなく不健全で、大変に変態だということ。


 だが、それすら、自分の"おかしさ"を誤魔化す為のカバーストーリーに過ぎなかった。


 そして、3年前。とうとう、自分が真の性的少数者であると認めざるを得なくなった。















 何でもない、昼下がり。

 夏休みで、暑くて、二人ともかなりの薄着。

 居間には他に誰もおらず、テレビすら点いておらず。

 それがなんだか、退屈というよりも、開放的に感じられた。


「お兄ちゃん、暑くて死んじゃうぅぅ。」


 まるで、岸壁に打ち上げられた海藻のようにソファにだらっと寝転がる。

 ばたばたと手足を振ることで、余計に熱を帯びてゆく身体。

 座る場所を占領された僕は、床に座り、ソファを背当て代わりにした。

 

 横目で、その身体を眺めていた。

 禁断の果実を味見するかのように、恐る恐る視線を這わせる。


 うっすらとシャツに滲む汗。

 そして、何といっても、我慢ならなかったのは、決して"快"とは言えないその香り。

 シャンプーの、あるいは洗剤の香りと共に。  


 僕は、不覚にも、性的興奮を覚えた。

 それが彼女から発されるものだと思うだけで、静まる事を知らなかった。

 第二の精通と言っても過言ではない衝撃。背中の下辺りが緊張する感覚。


 そうして、ようやく僕は、女体を求める獣と化す事ができたんだ。


「ユキ、お兄ちゃんの身体冷たいぞ。」


 













 回顧から抜け出した頃には、頭上にあった太陽は落ち、帰り支度をしていた。


「やば。」


 ユキを迎えに学校までダッシュ。

 息は白い。まだ冬である証拠だ。


 同じ季節に産まれた奇跡で、寒空の道中、僕は暖を取った。

 もっと暖かくなりたい。

 きっと、彼女と結婚できたときに、熱すぎて心が汗をかくのだろう。

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