第五話 強い人を見習おう(レイ視点)
前回のあらすじ:
ノーブルヴァンパイアと戦うも、レイがいきなりピンチに。
「ぐっ……うううぅ……!」
苦しさに、僕はあえぐ。
ノーブルヴァンパイアに背後から首を絞められ、息ができなくなる。
しかもヴァンパイアの奴、僕の首筋に牙を立てて、血を吸おうとしてくる。
恐い!
ノーブル種に吸血されても、ヴァンパイア化はしないって聞いていたけれど。本能的な恐怖や生理的嫌悪感が、どうしようもなく込み上げてくる。
でも――
「今、フォローする」
マグナスが横合いから、ノーブルヴァンパイアを殴り飛ばす。
どうも脇腹に入ったらしい。そこで体をくの時に折り曲げた格好で、ノーブルヴァンパイアは吹き飛んでいった。
「た、助かりました、マグナス!」
「パーティーだからな」
マグナスは僕の方を振り返らず、油断なくノーブルヴァンパイアをにらみ、拳を構えたまま、でもうれしいことを言ってくれた。
ちなみに総ミスリル製の杖は、部屋の外で待機するショコラに預けていた。
一方、吹き飛ばされたノーブルヴァンパイアは、よろめきながら立ち上がると、
「バカな……。たかが拳が、なぜ貴族種たる余に通用する……?」
「ただの拳ではない。〈武道家〉の拳だ」
マグナスは淡々と答えた。
ただの戯れ、言葉遊びかと僕は思ったけど――違った。
どういう原理かはわからないけれど、マグナスが構えた右拳が、うっすらと輝きをまとっていたんだ。
それが、物理攻撃に〈耐性〉を持っているはずの、ノーブルヴァンパイアにダメージを与えられた秘訣ってことかな?
「ア・ウン・レーナ」
マグナスが口中で、何かを唱えた。
すると、彼の拳に宿った輝きが、さらに強いものに変わった。
それを構えて、マグナスがまるで滑るような武道家独特の足取りで、ノーブルヴァンパイアとの距離を詰めていく。
「ちぃっ」
ヴァンパイアは舌打ちすると、再び無数のコウモリに変身する。
散開して、マグナスの拳から逃れようとする。
しかし、マグナスはそれを読んでいたようだ。
「哈ッ!!」
肚の底からほとばしるような、重く大きな声で喝破。
僕は思わず、剣をにぎってない左手で耳を庇う。これも武道家の〈スキル〉なんだろうか? 鼓膜が破れるかと思った。
そして、無数のコウモリたちもまた、バタバタと床に墜落していた。
よたよたと寄り集まって、ノーブルヴァンパイアの姿に戻っていった。
「き、貴様……っ、本当にただの武道家か……?」
「ああ。本物の武道家だとも」
マグナスが謎の輝きをまとった拳を打ち込む。
ノーブルヴァンパイアももうコウモリ変身回避は諦め、伸ばした爪で応じる。
拳と爪、使う部位は違えど、両者の肉弾戦が始まる。
互角の戦いだ。
凄いな、マグナスは……。
レベルが1つ上らしいボスモンスターと、あんなにやり合えるなんて。
特殊な鍛え方をして、〈ステータス〉が普通より高いって言ってたから、そのおかげなのかな……?
――って、感心してる場合か、僕!
互角の戦いってことは、マグナスが負けてもおかしくないってことでしょ?
じゃあ、今度は僕がフォローに入る番じゃないか!!
「ふう……っ。ふう……っ。ふう……っ」
僕は深呼吸をくりかえした。
フォローに入らなくちゃいけないけど、慌てるのはダメだ。
さっきパニックになって、ノーブルヴァンパイアにあっさりバックをとられた、反省だ。
実際、マグナスの戦いぶりを見ていればわかる。
彼はずっと冷静なままだ。
あれこそが真の強者だ。
あれこそが見本だ。
だから僕はマグナスを見習い、心を落ちつけさせる。
じっと戦いの様子を観察する。
マグナスが力強い踏み込みとともに、拳を打ち込む。
ノーブルヴァンパイアは飛び退ってそれをかわす。
すぐ後ろは壁だった。なんと奴は、その壁を足場に蹴って高く跳び上がり、さらに今度は天井を蹴って跳躍の軌道を変えて、頭上からマグナスに襲いかかったのだ。
今だ!
ここだ!
「〈シャインブレード〉!」
僕は空中から強襲をかけるノーブルヴァンパイアへ斬りかかる。
しかし、
「ははは、引っかかったな!? 空中なら身動きとれないと思ったか!?」
尊大なる吸血種は、僕の考えなんてお見通しだ! とばかりに嘲笑した。
そして、空中で無数のコウモリに変身して、僕の〈シャインブレード〉を回避した。
一方、すかされた僕の剣は、勢いがついて止まらない。
さっきは勢い余って、壁を叩いてしまった。
今度は勢い余って、マグナスを斬ってしまいそうになる。
『マグナス様!? レイ様!?』
と部屋の出入り口の外で、ショコラが悲鳴を上げた。
でも――マグナスは慌ても騒ぎもしなかった。
さすが、冷静極まりなかった。
僕の勢い余った太刀筋が、マグナスに当たりそうで当たらないことを、最初から見切っていたのだ。
そう、僕だってバカじゃない。
同じ失敗を繰り返すもんか!
コウモリ変化でかわされることも、勢い余ってマグナスに当てないことも、ちゃんと計算のうちに入れていた。
そして、マグナスと一瞬のアイコンタクト。
「哈ッ!!」
マグナスが再び大音声で喝破した。
コウモリの群れが、ボトボトと墜落した。
堪らず寄り集まって、ヒイコラとノーブルヴァンパイアの姿に戻る。
今度こそ本当の隙アリだ。
「〈シャインブレード〉!」
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
ヴァンパイアの弱点は〈光属性〉。
僕の一撃がとどめとなって、断末魔の悲鳴とともに消滅した。
「いいフォローだ、レイ」
「マグナスも上手に合わせてくれて、いい連携になりました。よね?」
「ああ。初めての戦いとしては、お互い上出来じゃないか?」
「マグナスを見ていて、勉強になることが多かったです」
「ほう。しかし、君も戦いのセンスがズバ抜けているという気がするな。今まで、活用しようともしなかっただけで」
「そう……なんですかね……?」
わからない。実感がない。
でも、ともあれ――
僕は初めて誰にも指図を受けず、自分で考えて、自分で工夫して、戦うことができた。
勝てたのはほとんどマグナスのおかげだけど。助けられてばかりだけど。
でも、とてもうれしかったんだ。
言葉にならないくらい達成感があったんだ。
僕たちはノーブルヴァンパイアを斃したことで、マグナスはレベル13に、僕は一気にレベル12まで成長していた。




