第四話 ヴァンパイアを倒そう(レイ視点)
前回のあらすじ:
マグナスとレイで話し合った結果、ノーブルヴァンパイアを討伐することに。
「ヴァンパイアの生息地は世界的に分布している。だから、吸血鬼伝承というのは、たいがいどこの土地にもあり、似通っている」
何も知らない僕に、マグナスは教えてくれた。
「血を吸った相手を同胞にする、姿が鏡に映らない、銀や魔法の武器以外効き辛い、コウモリを使役する、自身もコウモリに変化する、狼や霧にも変化する、日の光を浴びると火傷を負う、川を渡ることができない、斃してもいつかは蘇る――これらは全て真実だが、ただし王侯種が持つ特殊能力だ」
「今から僕たちが戦う、貴族種は違うってことですね」
「そうだ。例えば、血を吸われても奴の〈MP〉に換わるだけで、犠牲者がヴァンパイアになることはない」
「じゃあ、吸われても平気ですね」
「できれば無傷で斃したいがな」
僕の冗談に、マグナスは屈託なく笑ってくれる。
エルドラたちと旅をしていた時は、こういう会話はなかった。エルドラが「騎士は人前で笑ったりしない」とイヤがったから。彼がパーティーを抜けた後は、ギスギスして談笑どころじゃなかったから。
「そういうわけだ。あのノーブルヴァンパイアの支配下に置かれた村が、レッサーヴァンパイアだらけということはないから、安心しろ」
『家畜扱いされている可哀想な村民の皆様を、解放して差し上げましょう!』
「がんばります!」
僕はマグナス、ショコラと一緒に、村へ乗り込んだ。
時刻は真昼間。
マグナス曰く、ロード種と違って、ノーブル種はお日様を浴びてもダメージを受けたりはしないらしい。ただ、きらっているのは間違いなく、だから普通は昼夜逆転生活をしているものらしい。
じゃあお昼に襲撃をかければ、人間でいうところの夜襲に当たる効果が見込めるだろうねって話し合って、僕たちは来たんだ。
村の中、家々の扉は固く閉ざされていて、家人が息をひそめている気配が感じられた。
多分、ヴァンパイアに他者との交流を禁じられているのだろう。
毎晩、モンスターに呼び出されて、エサとして血を吸われるだけの生活は、さぞや恐ろしくて屈辱的なものに違いない。
可哀想に。ショコラの言う通りだ。一刻も早く助け出してあげたい。
「それと、ヴァンパイアを逃さないようにするのも大事だな」
「ノーブル種でも、コウモリか狼か霧か、どれか一つには変身できるんでしたね?」
「そうだ。この村を支配している奴が、どれに変身できるかは未知数だがな」
マグナスの言葉に、僕はうなずく。
そして皆で、村の中心部へと向かい、歩いていく。
「ヴァンパイアは気位の高いモンスターだ。十中八九、居場所はあそこだろう」
マグナスが指したのは、村にある唯一のお屋敷だ。多分、村長の邸宅だろう。……邸宅だったというべきか。
玄関に鍵はかかってなくて、僕たちはこっそりと忍び込んだ。
といっても、誰も隠密系の〈スキル〉は持っていないので、完璧に気配を殺せたわけじゃない。
「なに。見つかったら、その時はその時さ」
と、マグナスは全く気負った様子がなかった。
僕たちが向かったのは、地下室だ。
日光をきらうヴァンパイアにとって、快適な寝室はどこかって考えれば、きっとそこだって話になるよね。
その推測は当たった。
地下に、元は貯蔵庫として使われてたらしき部屋があって、今は代わりに棺桶が置いてあったのだ。
ヴァンパイアが使う、ベッドに違いない。
「――余の安眠を妨害する、不届き者は誰だ?」
棺桶の中から、おどろおどろしい声が聞こえた。
かと思うと、重苦しい音を立てて蓋が開いていく。
寝ている間に不意打ち! とできれば最高だったけど、さすがにそんな甘い話はなかった。
「罪のない村の安穏を脅かす、不届き者こそ誰だ?」
マグナスが皮肉ってやり返す。
あはは、上手い! って思わず噴き出しそうになる僕。
でもおかげで、〈レベル〉が僕より3も上のボスモスターと戦う、緊張がほぐれた。
一方、ノーブルヴァンパイアは、目を真っ赤にして怒り狂い、棺桶を跳び出すと、
「ほざけ! 人間など我ら吸血種からすれば、劣等な家畜にすぎんわ! 豚や牛がどうなろうと知ったことかよ!」
「そうか。しかし、ヴァンパイアなど俺たち人間からすれば、害獣にすぎない。豚や牛の方がずっと役に立つというもの」
「黙れ、劣等種がァァァ!!」
さらに皮肉を返したマグナスへ、激昂したノーブルヴァンパイアが襲いかかる。
両手の指全部から、刃物のように鋭い爪が伸びて、つかみかかろうとする。
速い! それに力強さがこれでもかと伝わってくる!
さすがはレベル13のボスモンスターだ!
にもかかわらず、マグナスは冷静にミスリル製の杖を使い、リーチの長さを活かして、ノーブルヴァンパイアの足を払った。
それでヴァンパイアは面白いくらいにつんのめり、元貯蔵庫の石壁に激突する。というか、体が半ば埋もれる。自分の突進力が仇となって、手ひどいダメージを負う。
そうか! ヴァンパイアの呪われた体は、武器が効き辛いそうだけど、自爆だとちゃんとダメージが通るのか。
しかもマグナスは最小限の力を用いただけで、相手の力を利用してダメージを与えている。
うう、勉強になるなあ……。
『レイ様! 感心していらっしゃる場合ではございませんよ!』
「そ、そうだっ。ボケッとしてすみません!」
ショコラに叱咤激励され、僕は腰の〈鋼の剣〉を抜いた。
原理は自分でもよくわかっていないんだけど、〈光の戦士〉のスキルを用いて、刀身に輝きを集め、漲らせる。
レベル10で習得できる、〈シャインブレード〉だ。
〈光属性〉が弱点のヴァンパイアには、きっと有効なはず。
「やあぁぁぁっ」
僕は気勢を上げて、壁にぶつかって半ば埋もれるようになっているノーブルヴァンパイアの、背中から斬りかかる。
すると、とても硬いものを斬るというか、剣が弾き返される感触がした。
柄をにぎった手に、刀身から衝撃が伝わってきて、手首がバカになるかと思った。痛かった。
え、ヴァンパイアってこんなに硬いの!? とびっくりしたのは早計。
僕の〈シャインブレード〉はヴァンパイアにかわされ、代わりに壁を叩いてしまっていたのだ。
「人間風情が――」
「あまり調子に乗るなよ――」
「さもなくば――」
「死よりも苦しい責めを与えてやるぞ――」
「ファハハ――」
「ファハハハハハハハハハ!」
ノーブルヴァンパイアの声が、嘲笑が、何重にもなって貯蔵庫に木霊した。
奴は僕の〈シャインブレード〉をかわすのに、身をひねるとか咄嗟にステップするとか、そういう当たり前の回避動作をとったわけではなかったんだ。
その体が、いきなり何十匹ものコウモリに変わってしまったんだ。
そして四散して、僕の剣をかわしてみせたんだ。
その何十匹ものコウモリが、よってたかって僕らを嘲弄したんだ。
「コウモリに変身するってこういうことおおおおお!?」
てっきり、一匹のコウモリに化けるんだと思ってたのに!
「ファハハハハハ――」
「どうした、人間――」
「こっちだ――」
「余はこっちだぞ――」
僕はコウモリを叩き落としてやろうと、メチャクチャに剣を振り回す。
だけど的が小さすぎるのと、連中がすばしっこいのとで、まるで命中させられない。
どころか何十匹のコウモリが、一斉に僕に群がってくる。
「わわわわっ」
僕は泡を食って、さらにメチャクチャに剣を振り回した。
そんな情けない限りの僕の、すぐ背後でコウモリが寄り集まって、再びノーブルヴァンパイアの形になった。
「しまっ――」
こんなにあっさりとバックをとられてしまった!
僕は思わず悲鳴を上げかける。
そして、そんな僕のパニックをさらに煽り立てるように、ノーブルヴァンパイアが後ろから首を絞めてきた。
こいつ――強い!?