第二話 脱思考停止!(レイ視点)
前回のあらすじ:
光の戦士レイは、魔弾将軍を討つための旅に出るが、同じ光の戦士たちに裏切られまくる。
そしてマグナスと出会う。
目を覚ますと、僕はベッドの上にいた。
まだ意識がぼんやりとしたまま、独り言を言う。
「ここは……?」
「モンリバーの町の宿だ」
返事があって、僕はハッとなった。
意識もしゃっきりとして、声がした方を向く。
窓際の二人掛けのテーブル席で、マグナスさんが何やら分厚い本を読んでいた。
向かいの席には、あのいかがわしい格好のメイドさんも腰かけている。
「モンリバー!? そんなに遠くに!?」
僕は驚いて、上体を跳ね起こす。
あのアースドレイクが外れに棲みついていた村から、モンリバーまでは、歩いて二日くらいかかる。それだけの距離を、意識を失った僕を運んでくれたのだとしたら、大変な労力だ。
『〈タウンゲート〉で一旦、ラクスティアに跳んで、サリーマさんに回復魔法をかけてもらった後、もう一回〈タウンゲート〉でモンリバーまで来ただけですよ』
「えっ? すみません、もう一度」
メイドさんに聞き慣れない単語の羅列を早口で言われて、僕は聞きとることができなかった。
でも、答えてくれたのはメイドさんじゃなくて、マグナスさん。
「君には回復魔法が必要だったから、悪いが運ばせてもらった。気の利いた〈僧侶〉なんて、大きな町の神殿にしかいないからな」
『ワタシが口移しで、〈ハイポーション〉を飲ませて差し上げたと思っちゃいましたか? 残念ですが、ワタシの唇はマグナス様のものですので!』
「……ショコラ。そういう冗談を、初対面の相手の前で言うな……」
『……冗談ではないのですが。しょぼーん……』
という喜劇みたいなやりとりを、二人はしていた。
ちなみにメイドさんは、ショコラさんというらしい。十四の僕と同い年くらいかな?
マグナスさんは五つかそこら、年上に見える。物腰とかしゃべり方とかは、羨ましいくらい大人びているけど。
「あの村からモンリバーまで、大変だったでしょう?」
「修行の一環だと思えば、大した苦労じゃないさ」
マグナスさんは恩着せがましいことは一切、言わなかった。
そういえば、〈武道家〉だったんだっけ。
「重ね重ね、そして改めて、助けてもらってありがとうございます。おかげで一命をとりとめました」
僕はベッドから抜け出ると、マグナスさんたちへ深々と頭を下げた。
「構わないさ。俺もあの魔物を退治しにいったんだ。そうしたら、たまたま君がいた。間に合ってよかったよ。君は幸運の星の下に生まれたんだな」
「それで……あの……言い出しにくいんですが……」
頭を下げたまま、僕はモゴモゴと続ける。
「ん? どうした?」
「……今、ちょっと持ち合わせがなくって」
助けてもらったのもそうだけど、マグナスさんにはここの宿代を立て替えてもらっているはずだ。神殿の回復魔法だって、高い喜捨を要求されたはずだ。
それくらいはせめて返したいんだけれど。お金は全部、ラッドが管理していた。多分、テレサに剣を持ち逃げされたのが、ショックだったからだろうけど……。
「それも気にするな。俺が勝手にやったことだ」
マグナスさんはあくまで恩に着せてこなかった。
いったい何者なんだろうか?
この宿の部屋……パッと見でわかる。僕たちのパーティーじゃ一度も泊まったことがないくらい、高そうな部屋だった。しかも個室なんて、贅沢すぎ。
それをポンと気前よく出せるなんて……。
よっぽどすごい人なんだろうか?
それともやっぱり、何か裏があるんだろうか?
ああ、いやだな……。こんな考え方をするのなんて。人を疑わなきゃいけないなんて。とってもいやだ。
……いやだけれど、もうあんな悔しい想いは、したく……ない……。
「僕はレイっていいます。一応、〈光の戦士〉をやってます」
「おお、君がそうだったのか。村人のためアースドレイク退治に向かうとは、およそ只者ではないと思っていたが」
「“魔弾将軍”を討つために、旅をしていました。もし、僕が晴れて凱旋した暁には、きっと国中に知れ渡ることになると思います。その時、大公殿下のお城までご足労願えませんか? あるいは、マグナスさんの居場所がわかれば、僕が伺います。大公殿下がくださる恩賞から、マグナスさんへお返しできることがあると思うんです。助けていただいたご恩は、決して忘れません」
「気にするなというのに。律儀だな、君は」
マグナスさんが苦笑を浮かべた。
僕も愛想笑いを浮かべる。
律儀……。律儀か。
村にいたころ、皆にもよく言われたな。
実際そうなのかもしれない。
だって、こんな状況になっても、僕はやっぱり“魔弾将軍”を討とうと考えているんだから。
エルドラが結婚して、テレサが逃げて、僕だけそんな危険な真似をする義務は、どこにもないとは思うけど……。
ラッドが、故郷を“魔弾将軍”に滅ぼされたって教えてくれた、あの時の目が忘れられない。溢れ出すような憎悪が忘れれらない。
“魔弾将軍”を放置すれば、いつかは僕の生まれた村も滅ぼされてしまうだろう。
僕はあんな目をしたくない。
しなくてすむように、神霊プロミネンスは僕に力を授けてくれたんだと信じたい。
だからこれは、誰かに言われてやることじゃなくて。
初めて、自分で決めたことだ。
「そういうわけなんで、僕はもう行きます。お世話になりました」
「まあ、待て。今の君の実力では“魔弾将軍”には勝てんぞ」
「アースドレイクにも勝てないくらいですもんね……。何か対策を考えます」
「俺にいい考えがある」
マグナスさんはそう言い出した。
別段、自信をみなぎらせるでもなく、まるでそれが当たり前のことのように、泰然と。
僕は思わず、喜んでしまった。
そんなものがあるのか。ぜひ聞かせて欲しい――釣られて言いそうになった。
でも、ハッと我に返って思い留まる。
いけない。これじゃ今までと何も変わらないじゃないか。
「ごめんなさい、マグナスさん。僕はもう、誰かの意見に流されるのが、懲り懲りなんです。命の恩人のマグナスさんに、こんな失礼なことを言うのは、本当に心苦しいんですが……」
「む。何か、よほどのことがあった様子だな」
マグナスさんに聞かれて、僕は事情を説明した。それが恩人への、最低限の礼儀だと思った。
僕たち四人の光の戦士の、ひどい旅の経緯。
退屈な話だろうに、マグナスさんはじっと耳を傾けてくれた。
本当に真剣に聞いてくれているのが、伝わった。
だって、マグナスさんの表情が、どんどん変わっていったから。
僕の境遇に同情……ううん、ちょっと違うな。共感? を覚えているような顔つきになった。
同じ、ひどい事故に遭った被害者に、初めて巡り合った……みたいな。
「そうか……そういうことだったか……」
「わかってくださるんですか、マグナスさん?」
「ああ。それに、君の意思を尊重しよう。確かに、自分の頭で考えることは大事だ。本当に大切なことだ」
噛みしめるように、マグナスさんは言った。
「その上で、俺から君に頼みがあるんだ。命令でもなんでもない、だから君自身で考えて、吟味して、場合によっては断ってくれていい。その時は俺も諦める」
「お願い……ですか? わかりました、聞かせてください」
命の恩人の頼みなんて、無下にできるわけがない。
「俺はずっと、噂に名高い光の戦士たちを探していた。俺もまた“魔弾将軍”を討とうと思っているからだ。しかし、一人では心許ないからだ。仲間が欲しかったんだ」
「マグナスさんも……ですか……?」
「ああ。どうだろう、レイ君? 俺とショコラと、パーティーを組んでくれないか?」
ぜひお願いします!!
――と、また跳びつきかけて、僕は自重する。
危ない、危ない。悪い癖だ。
たとえお願いするにしても、ちゃんと考えてからにしなくちゃ。
マグナスさんとパーティーを組むメリットは、数え上げてもきりがないよね。
じゃあ、デメリットは?
マグナスさんが何かを企んでいて、光の戦士である僕を利用しようとしている……とかか。
でもそれは、都度都度僕が気をつけていれば、回避可能なリスクだよね。
実際、マグナスさんは何も企んでないかもしれないんだし、エルドラやテレサがそうだったからって、人間不信に陥ったり、誰ともパーティーを組みたくないだなんて、それこそ愚かなことだ。と思う。
一つ明らかなのは、マグナスさんは僕の命をとろうとは、全く企んでいないこと。だってその気だったら、僕は今ごろとっくに天国だ。
少なくとも命をとられることがないんだったら、また失敗しても、やり直しはきく。よね?
うん、決めた。
「僕からもお願いします。ぜひ、パーティーを組んでください、マグナスさん。ショコラさん」
「ああ。そうこなくてはな」
『皆でがんばって、“魔弾将軍”をやっつけましょうね!』
こうして僕は、再びパーティーを結成することにした。
おっかなびっくり。
今度こそ失敗しないように。
がんばろう。




