第三十三話 さらば、カジウよ
前回のあらすじ:
パウリが警察官になったり、ゼール商会の党首が行方不明になったり。
俺たちは“希望のマリア”号で、最後の航海に出た。
“魔海将軍”バーラックは斃した。俺がカジウで今やるべきことは全て終わった。だから次の目的地である、東の大陸へ向かうのだが――その前にグァバ島へ寄港することにした。
バゼルフに預けたグラディウスの修理に、二週間は必要だと言われたため、どうせならバカンスと洒落込もうと思ったのだ。今回、門外漢である俺の商売をずっと支えてくれた、アリアへのプレゼントにもなるしな。
「私にとってはこのカジウでの数か月間、マグナスさんと一緒にいられて、それがもうバカンスみたいなものでしたけどねー」
船縁で、強い潮風に髪を押さえながら、アリアがうれしいことを言ってくれた。
同時に、お互いしんみりしてしまう。
カジウでの旅が終われば、アリアはラクスタのマルム商会に戻り、俺たちは再び「休日」でしか会えないことになるからだ。
『アリア様も、これからもずっと一緒に旅をなさればよいではございませんか』
「あら、ショコラさん? どういう風の吹き回しですか?」
『別に下心なんてありませんよ! 親切心ですよ!』
「うふふ、冗談です。ありがとうございます。でも、私はラクスタに戻ります。マグナスさんにずっとついていこうかって、何度も考えはしたんですけどねー」
『どうしてですか!?』
「私たちがカジウで始めた商売、バーラックを斃したんでもう終わりー、用済みーってわけにはいきません。今やたくさんの人の生活がかかってるんですから、責任を持たないと。でも、マグナスさんには魔王を討つ使命があるんだから、そこは私がやらないと」
『なるほど、未来の奥方様の使命なわけですね!』
「それに、マグナスさんはもう商売をする必要がないとなると、私がついていっても、役に立てることが本当にないんですよ。むしろ、最悪ただのお荷物でしょう? それはさすがに私もプライドがあるっていうか、重たい女になるのは本意じゃないっていうか」
『ううっ。なんと立派なお心掛けでしょうか……。このショコラ、感激いたしました』
「とかなんとか言って、イエーお邪魔虫が消えたぜイエーとか思ってるんでしょう?」
『そんなことはありませんよ! 昔だったらどうかわかりませんけど、今のワタシはアリア様のことも本気で敬愛しております! 仕えるに足る、立派な未来の奥方様です!』
「ありがとうございます。じゃあ、私の代わりにマグナスさんのこと、よろしくお願いいたしますね?」
『この命に換えましても! ――というのはやめろとご命令されたので、とにかく全力を尽くします! あと、変な女が寄り付かないよう、そちらもしっかりガードいたします!』
「マグナスさんに限って、そこは安心だと思いますけど……でも、頼りにしてますね?」
『はい! お任せください!』
と、女性陣二人で話をつける。
当の本人である俺も傍にいるんだが、まるで蚊帳の外だ。
男なんて立場が弱いもんだな……うん……。
昼間なのに俺が黄昏ていると、バルバス船長がやってきた。
「お疲れ様、船長。航海は順調か?」
定時報告だろうと踏んで、俺から先に確認する。
この船長は豪放磊落だが、一方でこういう細やかな仕事を怠らない男なのだ。
ところがそれは早とちりで、バルバス船長はいつもと様子が違った。
妙に改まった態度で切り出す。
「この航海が無事終わり、マグナス様を東の大陸に送り届けた後、オレたちはお暇をもらいたいんです、アリア嬢」
「あれれ、マルムのお給金や待遇にご不満が?」
「滅相もございやせん! お嬢や旦那様には本当によくしてもらってます。ただ……」
どう切り出していいものかと、言いよどむ船長。
だから俺は助け舟を出した。
「ゼール商会に戻らなくてはならないんだろう?」
「えっ、どういうことです!?」
『裏切――ヘッドハントされたわけじゃなくてですか?』
アリアが目を丸くし、ショコラが不穏な台詞を口走ろうとした。
一方、船長は脱帽した様子で、
「いやはや、さすがマグナス様は何もかもお見通しですな……」
いや、お見通しなのは〈攻略本〉であって俺じゃないんだけどな? さすがにそんな千里眼の人類はいないんだけどな?
でも、事情を打ち明けられないので、「ふふ、やはりか」という態度をとっておく俺。……か、格好がつかない。
「オレは元々、ゼール商会の人間なんです。お嬢」
「ああ……元海賊って経歴、そういうことだったんですね!」
「自分でいうのもなんですが、それなりに責任のある立場でした。……もっと言えば、パウリの前に裏の組織を任されていたのは俺です。……もっと言えば、パウリはオレの甥で、先代党首はオレの兄です」
『エエエッ!?』
「じゃあ、ゼール商会のご党首一族ってことですか!?」
「正直に申し上げれば、そういうことです」
バルバス船長は神妙な顔で告白した。
ゼールの裏の顔――海賊商会の優れたるは、つい先日まで隠然と生き残っていたことからも明白だ。その組織を率いていたバルバス船長や、彼が見込んだ船員たちが優秀だったのも、むべなるかな。
『そんな偉い人が、どうしてマルム商会なんかの一船長に落ちぶれたのですか?』
「ショコラさ~~ん?」
『ひぃアリア様! 笑顔で凄まないでくださいませ!』
「いや、マルム商会にひろっていただいて、オレは感謝しかありませんよ。ゼールの裏の首領なんて、大していいもんじゃございません」
バルバス船長は当時のことを思い出したのか、苦い顔つきになって話してくれた。
「オレは親父――ゼールの先々代に憧れて、海賊稼業をやってたわけですが、親父が引退させられて、兄貴がゼールを仕切るようになって、これも時代って言うんですかね……組織の在り方がまるで変わってしまったんですよ。
そりゃ海賊なんざ、ただの悪党ですよ?
でも、親父の時代は、堂々と胸を張って悪党をやっていた。海洋警察と丁々発止やり合って、負けたら縛り首っていう、潔さだけは誰にも否定させねえ生き様です。
でも、兄貴の時代は違った。とにかくまず、悪事を見つからないことが第一です。船倉のネズミみたいにコソコソとして、小さな獲物だけ狙って回るんです。
まるで性に合わなかった。だから、ここにいる奴らと逃げ出して、名前も変えて生きることにしたんですよ」
船長がここまで赤裸々に話してくれるのは、いきなりマルム商会を辞めてしまうことへの、せめてもの詫びであろう。筋を通す男なのだ。
「一度は捨てたゼールですが、党首のエリスまで出奔したって聞きました。パウリも海洋警察になっちまったと。このままじゃ商会が立ちいきません。随分と変わっちまったとはいえ、大好きだった親父の残してくれた商会がです」
だからバルバス船長は、ゼールに出戻りして、党首としてやっていくつもりなのだ。せめて後継者が育つまでは。無論、海賊稼業はもうなしで。
「お家のことなら仕方ありませんねー。わかりました。父には私から上手く伝えておきます」
「重ね重ね世話になります、お嬢」
バルバス船長は丁重に一礼した。
こうして――この最後の航海は、同時に門出となったのだ。
俺にとっても。バルバス船長にとっても。
◇◆◇◆◇
カジウに来てもうどれほどか。
さすがに俺も、海水浴の楽しみ方というものを心得た。
無心になって泳ぐもよし。疲れたらビーチでごろごろしながらココナッツジュースを飲むもよし。腹が減ったら海鮮料理に舌鼓を打つ。特にこのグァバ島のレストランは名店揃いだった。そもそも自分で釣ってきてもいいしな。最初は釣り糸を垂らして待つだけの何が面白いのかと疑問だったが、釣り場や水深を工夫したり、エサをいろいろ試したり、一種の知的遊戯だと気づいてからはハマった。
そして、そんなことを考えていると、腹が減ってくる。
「そろそろ昼食にするか」
まったり泳ぎを楽しんでいた俺は、一旦その場で立ち泳ぎになって止まり、アリアとショコラに相談する。
「今日はなんにするかな?」
「私は『青の潮騒』亭のエビとカニのサラダが食べたいですねー」
「ははっ。アリアは本当に甲殻類が好きだな」
「だ、ダメですか?」
「いいや、それにしよう。あそこはアワビのステーキも絶品だからな」
などと、すっかりマリンレジャーを満喫しきっている俺。
アリアやショコラの水着姿を見ただけで狼狽したり、アクシデントで素肌と素肌が直に触れ合っただけで卒倒しかけていたころが、今や懐かしいではないか!
「じゃあ、岸に戻るか」
「はーい」
アリアが笑顔で返事をして、俺たちは砂浜目指してまた泳ごうとする。
『お、お待ちください!』
ところがショコラが、妙に切羽詰った声で言った。
何かトラブルだろうか? けっこう食いしん坊のこいつが、昼食の話題に乗ってこなかったので、変だとは思っていたのだが。
「どうした、ショコラ?」
『水着の上が外れて、流されてしまいました……』
「はぁぁぁ!?」
半泣きになって訴えるショコラに、俺は「そんなことって起き得るのか!?」と思わず、海面の下のショコラの体を見ようとする。いや、水の上からだと見えないし、見ちゃいけないんだが、本当に咄嗟のことだ。
というか、見えなくてもつい想像してしまってマズい! 二人の水着姿なんかもう慣れっことか言ってた余裕が! 余裕が!
「……いやらしい。ショコラさんはそうやってさりげなく誘惑するんですね」
『誤解ですよぅ、アリア様。アリア様と違って、ショコラの体型は引っかかるところが少ないんですぅ』
「どうだか! 私がいなくなった後、マグナスさんとの二人旅で、ショコラさんが事あるごとに誘惑するんじゃないかと心配です!」
『未来の奥方様に疑われるのは、サーヴァントとして辛いです……クスン』
アリアとショコラが言い合っていたが、俺はもうそれどころじゃなかった。
溢れる鼻血を押さえるのでいっぱいいっぱいだった。
「す、すまんっ。俺は先に岸へ戻る……っ」
『置いていかないでください、マグナス様ぁ。ショコラはこれでは砂浜に上がれません。なんとかしてくださいぃ』
「俺には無理だ! それはアリアになんとかしてもらえ!」
「つーん。ショコラさんのことなんか知りませんよーだ」
『ふぇーん、お二人に見捨てられたら、ワタシは世を儚んで、このまま入水するしかありませんよぅ』
「――って言いながら俺にしがみつくな! 抱きつくなそんな格好で!」
余裕が! 余裕が!
「つーん。じゃあ私、先にエビとカニのサラダ食べてますので、お二人はごゆっくりイチャイチャしててください」
「待ってくれ、アリア!」
『お待ちください、マグナス様!』
「つーん」
「アリア!」
『マグナス様!』
――と。
結局、俺が余裕を持って海水浴を楽しめたことは、一度もないままカジウを去らなくてはならないのだった。
読んでくださってありがとうございます!
今夜はもう一話、短い「終章」もUPしております。
続けて読んでくださるとうれしいです!




