第三十話 VS魔海将軍
前回のあらすじ:
戦いの前、ナーバスになっていたショコラを、アリアが励ます。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ショコラと並んで甲板から、海原を眺めていた。
大昔から、カジウには九つの海があるといわれている。
九つの群島周辺の海域を、その島と同じ名で呼び表しているのだ。ネルフ島周辺なら「ネルフ海」という具合に。
そして“魔海将軍”バーラックは、コルセア海とリャヌー海、ジャンナップ海という三つの海がちょうど交わる中心部に、潜んでいた。
海底に眠る沈没船を根城とし、そこから配下の魔物たちを後方指揮し、果ては内通者を通して人間たちをも操り、密やかにカジウの支配を目論んでいるのだ。
俺たちは取り戻した“希望のマリア号”に乗り、〈攻略本〉情報を元にその場所を目指す。
道中の操船は例によって、バルバス船長とその部下たちに任せておけば、何も問題はない。
船室ではロレンスが、静かに戦意という名の牙を研いでいる。
そして俺とショコラも、戦いの時を待っているというわけだ。
「いい顔つきになったな、ショコラ」
『お褒めに与り光栄です、マグナス様。これもアリア様のおかげです』
「そうか。それはよかった」
俺はうなずく。成長期の娘を持った父親の気分とは、こんなものかもしれない。
内容まではわからないが、二人が台所で何やら話し込んでいたのは知っていた。お母さん役のアリアに感謝だな!
『ところで、マグナス様」
「うん? なんだ?」
『殺戮メイドというのは基本ほぼ無表情なのですが、よくワタシの顔つきが変わったと、気づいてくださいましたね!』
「む。そうか。では俺の気のせいかもしれんな」
『いえいえ、気のせいなどでは決して。うれしいです。それだけマグナス様が、ずっとショコラのことを見守ってくださっているということですね』
「……まあ、おまえとも長いつき合いになってきたからな」
他人の心情の機微には疎い俺だが、それでもこれだけ毎日ずっと一緒にいれば、今何を考えているのか、何を喜んでいるのか、何を不安に思っているのか、その変化に気づけるようになるものだ。
『来年の今ごろには「キスして……」って口で言わなくても伝わっちゃうかもしれませんね!』
「伝わってもしないからな!?」
『十年後くらいには〈Yes/No枕〉も不要になっちゃうかもしれませんね!』
「すまん……そのネタはわからん」
ショコラは五百年前に生まれているので、時々話すネタが古すぎるようだ。
ともあれ――
目的の海域が近づくにつれて、俺たちの口数は少なくなっていった。
決して臆したわけではないが、さすがに緊張を禁じ得なかった。
◇◆◇◆◇
「この辺りですぜ、マグナス様」
俺が〈攻略本〉から書き写した海図を頼りに、バルバス船長が報告した。
「ありがとう。では、小舟を出してくれ」
「アイアイ」
“希望のマリア”号に搭載された小舟を、船員たちが海上に降ろしてくれる。
港のない島へ上陸するため等で使うもので、大きな船には必ず積んである。
俺、ショコラ、ロレンスの三人は、縄梯子を使って小舟に移動する。
「無事のお帰りを待ってます!」
「勝ってくださいよ!」
「祝い酒をたっぷりと用意しておりますからね!」
「ガハハ、そりゃテメエが飲みたいだけだろぉ?」
“希望のマリア”号の甲板から大声で、バルバスや船員たちが激励してくれる。
その間にも“希望のマリア”号は帆をふくらませて、離れていく。
戦いに巻き込ませないため、必要な措置だった。
その大きな船影が、充分に小さなものとなるのを待って、俺はショコラに命じる。
「使い方はわかるな? 頼んだ」
『はい! いっぱい練習してきましたから』
ショコラは元気よく返事すると、〈海嘯の剣〉を鞘から抜いて、天へと掲げた。
『海さん、ちょっとどいてください! えいっ』
そして、虚空を断つように振り下ろした。
入手にさんざん苦労させられたこの神秘の剣の、効果はまさに覿面であった。
海原のど真ん中にもかかわらず、まるで潮が引くように、水位が恐ろしい速さで低くなっていく。しかも留まるところを知らない。海面に浮かんだ俺たちの小舟ごと、どんどん海底が近づいていく。
しかもその現象が起きているのは、俺たちの周囲半径五百メートルほどのみ。まるで海の一か所を筒状にくりぬいてしまったかのように、そこだけ水が完全に除去されていったのだ。
そうして俺たちの小舟は、海底に軟着陸した。
海水の壁に囲まれた、直径一キロの筒状空間に立っていた。
〈海嘯の剣〉の、神秘の力の雄大さを、これでもかと目の当たりにしていた。
そして、完全に露出した海底に、目的の沈没船を発見した。
朽ち、腐った、ボロボロの船体を持つ、不気味な戦艦だ。
“魔海将軍”バーラックの城だ。
その“八魔将”の一角が、とうとう舳先に姿を現した。
簡単に形容するならば、海賊船長の格好をした骸骨の怪物だ。
その全身からは、青白い炎のような幽体が溢れ出し、踊っている。
また、物騒極まる巨大な湾刀を二振り、両手に構えている。
「いやはや追い詰めてくれたものだな、偉大なる魔法使いよ! さすがは我が同胞を、二将も屠っただけのことがあるではないか、クカカカカ!」
さすがは“八魔将”だ。そうは言いつつも、笑っていられる器量と余裕がある。
〈攻略本〉の情報によれば、こいつの〈レベル〉は40ぴったり。
深海という地の利がなければ、俺が斃した“魔拳将軍”デルベンブロと同格ということ。
しかしそれでも、レベル38の今の俺より二つも上なのだ。
〈海嘯の剣〉を用いて、たとえ地の利を剥ぎ取ってやったとはいえ、決して油断していい相手ではない。
「事前に伝えた通り、特性や搦め手が厭らしいタイプのボスモンスターだ」
『はい、マグナス様! 常に留意いたします』
「了解だ。同様に、オレがどんな窮地に陥ろうとも、無理して助けようとはしないでくれ。貴殿らもそこに留意して欲しい」
「承知した。ロレンス殿の覚悟、受けとった」
俺たちはうなずき合い、ショコラとロレンスが沈没船へ突撃していく。
「グラディウス! 待たせたな、ようやくおまえの出番だ!」
俺は〈魔神の壺〉から、頼もしき相棒であるミスリルゴーレムを顕現させ、護衛を任せる。
「クカカカカカ! そら! 者ども、かかれい!」
バーラックも迎撃せんと、舳先から跳び下りてきた。
俺が遠距離戦の得意な魔法使いだから、籠城はしないということだろう。
しかも沈没船に乗っていたのは、バーラックだけではなかった。“魔海将軍”の後から後から、海賊船員の格好をした骸骨の魔物パイレーツ・スケルトンが姿を現し、露出した海底へと跳び下りてくる。無数の軍勢と化して、襲いかかってくる。
ただでさえ、レベル40の最高峰ボスモンスターと戦わなくてはならないのに!
パイレーツ・スケルトンの数の多さに、突撃中のショコラとロレンスが、さすがに身を強張らせた。事前に言い含めておいたが、聞くのと実際に目の当たりにするのとでは、話が違うということだ。
「安心しろ! 作戦通り、俺が活路を開く!」
二人を鼓舞するため、俺は敢えての大言壮語を口にする。
そして、呪文を詠唱する。
右手に〈大魔道の杖〉を構え、左手に〈天界の宝石:雷閃〉を握り締め――
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
通常よりやや呪文を長くし、〈範囲拡大化〉した〈サンダーⅣ〉。
爆撃じみた稲妻の嵐で、迫り来る骸骨軍団を掃射し、さらにバーラックへもダメージを与え、たたらを踏ませる。
“魔海将軍”バーラックの弱点属性は〈光〉。
たちの悪いことに、極めて攻撃手段の限られる〈属性〉だ。レベルは同じでもデルベンブロより厄介な理由その一だ。
実際、魔法使いたる俺が習得できる攻撃魔法の中に、光属性のものは一つもない。
〈聖騎士〉だとか〈除霊師〉だとか、レア職ならばお手の物だろうが、当然そんな知人などない。
周りのパイレーツ・スケルトンどもならともかく、俺がバーラックにダメージを与えることは、難しいということだ。
本来は。
しかし、俺は〈天界の宝石:雷閃〉を持っている。
アラバーナで、ヘイダル・ジャムイタンを討った時に得た、戦利品だ。
これを装備していれば、バーラックに対する〈雷属性〉攻撃が、光属性と同等のダメージを与えるという特殊効果があるのだ。
そう、“魔拳将軍”デルベンブロから〈ドロップ〉した〈天界の宝石:赤青〉が、“魔嵐将軍”ジャムイタンを弱体させる特殊効果があったように。
ジャムイタンからドロップしたこの〈雷閃〉は、バーラックに有効なのである。
ゆえに俺はアラバーナの次に、このカジウへ来たのだ!
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
二発目の〈サンダーⅣ〉。今度は逆に〈単体攻撃化〉のカスタマイズで威力を激増、バーラックのみを叩く。
「ククク……カカカカ! 雷如きで焼かれるとは、屈辱よな!」
バーラックは尊大に言い放つが、余裕にわずかに翳りが見える。
うん、効いているな!
「今だ、ショコラ! ロレンス!」
『お任せください!』
「――シッ」
俺が一撃目の〈サンダーⅣ〉で、骸骨の軍勢に開けた突破口を通り抜け、ショコラとロレンスがバーラックに肉薄する。左右から挟撃する。
ショコラがかなりサマになった所作で斬撃を放ち、〈海嘯の剣〉を打ち込む。
神霊サイレンの霊力が宿ったこの剣もまた、バーラックには有効だった。同じ海に属する超常の存在ゆえにだろう。
ショコラが〈海嘯の剣〉を叩き込むと、バーラックの全身を包む、青白い炎のような霊体が、激しく揺れる。
“魔海将軍”の厄介な点その二だが、こいつはいわば〈HP〉を二重に有している。骸骨部分である本体と、白炎部分である霊体の、両方の〈HP〉をゼロにしなくては完全に斃すことができないのだ。
そして、この霊体部分の〈HP〉を削ることができるのが、弱点である光属性攻撃と、〈天界の宝石:雷閃〉でフォローされた雷属性攻撃、そして〈海嘯の剣〉のみなのである。
しかも〈攻略本〉情報によれば、霊体部分の〈HP〉を削り取る効率は、〈海嘯の剣〉がダントツで高いという。
地の利を剥ぎ取った効果も含め、俺が必死で商売を始めてまで、この剣を求めた理由である。
〈海嘯の剣〉を携え、勇敢に大立ち回りを演じるショコラ。
バーラックが湾刀を振り回して反撃するが、小柄な体躯を活かして、ひらり、ひらりとかわしてみせる。
さらにそこへ、ロレンスの〈フラッシュブレード〉が炸裂する!
ロレンスからは〈海嘯の剣〉を託された。
代わりというわけではないが、俺からは彼に〈蒼雷の剣〉を貸与した。
ラクスタでずっと昔に入手した、ランクA装備の強力な剣だ。
〈雷属性〉を帯びる特殊効果はバーラックには通じないが、素の〈攻撃力〉の高さは折り紙つきである。
その剣を以って“天才”剣士ロレンスが、光属性攻撃の〈フラッシュブレード〉を突き入れれば、レベル差を超えてバーラックにダメージを与えることは可能だった。
俺の計画表にはなかったことだが、ロレンスの加勢は確かに助かった。
「ええい、小癪な奴らよ! 者ども、出会え出会えぇぇい!」
バーラックはとうとう苛立ちを隠せず、大声で号令した。
すると沈没船から、さらなるパイレーツ・スケルトンどもを呼び寄せ、大軍の第二波が押し寄せてくる。
“魔海将軍”が厄介な点、その三だ。
さらに立て続けに、その四も仕掛けてきた。もはや出し惜しみしなかった。
二本の湾刀でショコラやロレンスと斬り結びながら、大声で歌い出したのだ。
「オレたちゃ海賊、魔物の中の魔物!
奪え! 殺せ! 焼け! 犯せ!
この世の海は全てオレたちのもの! 魔王サマにだって口出しはさせねえ!
海原の神霊だってオレたちにかかりゃあ、ただの獲物!
さあ、あの美しいサイレンを、オレたち全員の慰み者にしてやろうぜ!」
品のない猥歌だ。
しかし、これこそがバーラックの持つ特殊能力、〈海賊たちの戦歌〉だ。
これすらも凌ぐことができたら、俺たちの勝ちはもはや揺るがない。
だが、凌ぐことができなければ――
読んでくださってありがとうございます!
そして、ついに3章も30話に突入いたしました!!
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