第二十八話 海原の神霊 サイレン
前回のあらすじ:
十の商会が協力し、ついに海賊王の財宝を手に入れることに。
天然の洞窟を削って整えた、下り階段。
神霊サイレンのおわす海食洞へと至るその道を、俺たちは歩いていく。
俺の他にアリア、ショコラ、ロレンス、パウリ、ネビスというメンバーだ。
『ワタシ、神霊様とお会いできるなんて、初めてです!』
「やだ、ショコラさんたら。普通みんなそうですよ」
と、女性陣のうち二人はかしましい。
遠足気分というよりは、しゃべっていないと、あまりに空気がいたたまれないからだろう。
ロレンスは俺に輪をかけて寡黙な男だったし、パウリも今は思い詰めたような顔で押し黙っていた。普段はウザいくらい軽口がやまない奴なのだが。そして、「キュジオ」様がそんな様子では、忠実なネビスとて口をつぐむしかない。
結果、せめてアリアとショコラが談笑していないと、ただでさえ暗く重い洞窟内の雰囲気が、ますます息苦しくなってしまうというわけだ。
そう、洞窟内に満ちる神聖で静謐な空気感は、重苦しさと紙一重だった。
俺は敬虔さとは無縁の男だが、それでも階段を一歩下るごとに、身の引き締まる思いになる。
そして、俺たちは神霊サイレンの御座所に到着した。
海へと繋がる海食洞の行き当たり。
同時に俺たちが下りてきた階段も、ここで合流するも足場は途切れている。足元の先に目を向ければ、海水が満ちており、深さはどれほどか想像もつかない。
潮の匂いが鼻腔を衝く。
そんな場所で、パウリが前に進み出ると、呼ばわった。
「サイレンよ! 母なる海の神霊よ! 汝の御前に参拝した我らへ、お姿を見せたまえ!」
すぐに応えがあった。
「そのように畏まらずともけっこうですよ、パウリ。久しぶりですね」
威厳を保ちながらも、おっとりとした口調。慈愛に満ちた優しげな声。
それが聞こえたかと思うと、サイレンが海中より現れた。
伝承に謳われる通りの、三叉の矛を携えた人魚の姿。
だが聞き伝わるより遥かに美しい、まさしく神々しい、その顔。
そして、やはり超常の存在ということなのだろう。サイレンは海中より跳び出すと、そのまま空中の一点にピタリと留まった。
浮遊したまま、眼下の俺たちへと慈母の如き眼差しを向けてきた。
「私のことを憶えていてくださったとは、光栄です」
パウリがサイレンを見上げ、まるで少年のように頬を紅潮させながら言った(傍でネビスがその様子を見て、複雑そうにしていた)。
「もちろん、憶えていますとも。わたくしたち神霊は太古の昔より、全ての記憶を有しているのですから」
サイレンはなんでもないことのように、首をゆっくりと左右にした。
一切を忘れることができないというのは、それはそれで心労が絶えなそうなものだが……。まあ、俺がそう思ってしまうのは、所詮は人の身の尺度というもので、神霊たちにとっては平気なのだろうな。
パウリが、サイレンの言葉にはっきりうれしげにしつつも、訴えを続ける。
「ぜひ、つもる話をしたいところですが、まずは我々の用件をすまさせていただきたい。せっかちな奴が二人もいるものでして」
だんだんと調子を取り戻してか、おどけて肩を竦めるパウリ。
ふたりとはいったい、だれとだれだろうな。
「わかっておりますよ、パウリ。ついにアンドレスの後継者が、生まれたのですね」
サイレンもまた喜ばしげに微笑んだ。
なおこの場合のアンドレスとは、この島の名前ではなく、“南の海賊王”の本名である。
「よく顔を見せていただけますか?」
「はい、サイレン様。ロレンスと申します」
その後継者が名乗り出るとともに、パウリの横に並んだ。
「確かに彼の血筋ですね。でも、ふふっ、アンドレスとは全然似ていませんね。あなたの方がずっとハンサムだわ」
「……恐縮です」
意外と人間臭いユーモアも使う神霊に、ロレンスが反応に窮する。
このサイレンは神霊の中でも、特別人間寄りの気質だと伝承にも詳しいが、いざ接してみると戸惑うのは必然か。
一方、サイレンは急に顔つきを変えた。
神霊に相応しい、透明な表情になって告げる。
「アンドレスの後継者が果たしていつか、本当に現れるのかどうか、神霊たるわたくしにも、わかりかねることでした。それがついに現れて、きっとアンドレスも本望でしょう」
「……オレが“海賊王”の望み通りの後継者かどうか、正直自信のないところですが。なにしろ、自分で金貨を稼いだわけではありませんので」
「よいのですよ、ロレンス。アンドレスが望んでいたのは、再び『強力な一個人』がカジウに現れることか、あるいは自分の子孫たちが一致団結できるか、そのどちらかなのですから。あなたは間違いなく、アンドレスが望んだ後継者です」
「……恐縮です」
口が達者ではないロレンスは、芸のない返事を繰り返す。
しかしサイレンは、そんな朴訥な青年もまた好ましいとばかりに、微笑みかける(それを見たパウリが横でハラハラしている)。
「では、ロレンス――このサイレンの『眼』にかけて、あなたをアンドレスの後継者と認めましょう。受けとりなさい」
サイレンが軽く三叉の矛を振った。
たちまち、海中から三つの財宝が跳び出してくる。
なんの変哲もない古びた金貨である〈海賊王の証〉。
年代を感じさせる〈海賊王の日記〉。
真っ青な刀身を持つ〈海嘯の剣〉。
全て、海中から出てきたにもかかわらず全く濡れてはおらず、ロレンスの眼前で、ピタリと宙に留まった。
「この日記の知識と、剣の武威。必ずやカジウの未来に役立てましょう」
ロレンスは恭しく、〈海賊王の日記〉と〈海嘯の剣〉を受けとった。
だが、〈証〉には手をつけない。“連盟”党首たちとの約束通りに。
「どうしました、ロレンス?」
「この〈海賊王の証〉は、御身に受けとっていただきたい、神霊サイレン」
「まあ。よいのですか?」
「ぜひ、“海賊王”の形見代わりに」
「……わかりました。その言葉に甘えましょう」
サイレンが再び三叉の矛を振るうと、〈海賊王の証〉はひとりでに、彼女の胸元へと宙を飛んでいく。
サイレンはそれを片手で受け止めると、ひどく大切そうににぎりしめる。
そんな彼女の表情を、パウリがじっと見つめながら言った。
「伝承では……あなたはやがて現れる後継者と、かつて“海賊王”とそうしていたように、愛を語らうという話でしたが……」
「ふふふっ、それはまさしく『尾ひれがついた』というものですね」
サイレンはまたもユーモアめかし、人魚の姿を活かし、自前の尾ひれをぴちぴちと振ってみせた。
「後世の創作でしかなかったというのですか……っ?」
「そもそも、わたくしとアンドレスは、恋仲などではありませんでしたよ」
なんと、そこから既に創作だったわけか。
「では、なぜあなたは“海賊王”の、墓守のような真似をしていらっしゃるので?」
パウリが、この神経の図太い男が、もう衝撃に打ちのめされたような顔で訊ねた。
「それはアンドレスが、わたくしにとって子どものようなものだったからです」
「ええっ!?」
「あの子もパウリと同じ、船が難破して海に投げ出されたところを、わたくしがひろい上げたのです。ただ、パウリと違ってアンドレスはまだ子どもでしたし、救助が間に合ったのもあの子だけでした。ですから、あの子が一人前になるまで、わたくしが育て上げたのです」
神霊の英才教育を受けた青年アンドレス。
後に“海賊王”となったのも、半ば必然だったというわけか。
「ただ、あの子は見栄っ張りなところがありましたからね。わたくしと母子だというより、恋仲だと吹聴した方が、格好がつくでしょう? それでそういうこととなったのでしょう」
「……衝撃的な事実だ」
パウリがぐったりとなって肩を落とした。
『神話級の壮大なロマンスだと思っていたのに、夢がないのですぅ……』
なぜかショコラまでしょんぼりしていた。
サイレンは申し訳なさそうに告げる。
「わたくしは全ての人間を、等しく愛しております。ええ、等しくなのです」
人は塩と水がなければ、生きていけない。
ゆえにその両方を育む海は、やはり慈母の象徴なのであろう。
「でも、あなた方の持つ恋愛感情というのは、そういうものではないのでしょう?」
「仰る通りですね。この人だけが私にとって特別で、この人にも私のことを特別だと思って欲しい――そういうものですから」
サイレンの問いかけに、アリアが答える。
俺の顔を見つめながら。
「ならば、わたくしには恋愛をする資格がありません」
サイレンはきっぱりと告げた。
きっぱりとパウリの想いを断つ、これも慈悲の一つの形であろう。
パウリは苦い苦い笑みを浮かべていた。
頬の傷が、これでもかと歪んでいた。
それでもどこか憑物が落ちたような、さっぱりとして見える笑顔だった。
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